第15話 ヴェルドニア芸術祭

 馬車は音楽の街、ヴェルドニアに到着した。街の入り口からは、クラシックな建物が立ち並び、どこか荘厳で落ち着いた雰囲気が漂っている。


 石造りの街並みは、年月を経て色合いが深まり、風格を感じさせる。


 ところどころに音楽院の学生たちや芸術家たちが歩いており、手には楽譜やスケッチブックを持っている姿が見られる。通りを歩けば、誰かが楽器を奏でる音がふわりと耳に届き、音楽と芸術が生きている街だと感じさせる。


 ヴェルドニアの中心には大きな音楽院があり、その周囲には美術館やギャラリーが点在している。


 街の広場は賑やかで、カフェやレストランのテラス席で人々が談笑する姿が見受けられ、そこかしこで展示会やコンサートのポスターが掲示されている。夜には、街灯が柔らかく灯り、流れる音楽が道を包み込むようにして幻想的な雰囲気を作り出す。


 しかし、メリーが目指すのは、街の中心から少し外れた場所にある、ヴェルドニアの名門・アルデリオ伯爵家の邸宅だった。


 街を抜けると、少し開けた場所に、立派な門が見え始める。その向こうには、広大な庭園と荘厳な建物が姿を現した。伯爵家の邸宅は、周囲の景色に溶け込むように建てられているが、その重厚な石造りの外観は一際目を引く。


 屋根は青銅色に錆びついたような美しい色合いをしており、庭園に広がる木々の間には彫刻や池が配置されて、見る者を圧倒する。


 邸宅の中に入ると、廊下には巨大な絵画が並び、壁に飾られた楽器や彫刻が、いかにも芸術を愛する一族の歴史を物語っていた。


 時折、音楽の調べがどこからか聞こえてきて、その優雅な響きに心を奪われる。メリーはその荘厳な雰囲気に少し圧倒されながらも、アラミス伯爵の家族が主催する芸術祭での出展に胸を躍らせる自分がいることを感じていた。


 庭園に歩みを進めると、色とりどりの花が咲き乱れ、静かな池の水面がキラキラと光っている。その中に佇むように、古びた石造りの噴水があり、水の音が落ち着いた空気を作り出していた。周囲の景色はまるで絵画のようで、メリーはしばしその美しさに見入っていた。


「ようこそ、ヴェルドニアへ。」


 ふと振り返ると、アラミス伯爵が穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。その姿は、厳格でありながらも温かい雰囲気を持っている。メリーは少し恥ずかしそうに微笑み返し、改めて伯爵家の邸宅に来たことの実感が湧いてきた。


「ここでの展示が楽しみだわ。」メリーは心からそう思った。芸術祭の準備が本格的に始まる前、彼女は一度この美しい街を十分に堪能したいと感じていた。




 会場に足を踏み入れると、メリーはすぐにその華やかさに圧倒されてしまった。ヴェルドニア芸術祭のメイン会場は、豪華な装飾が施された大広間で、壁には高貴な家系を感じさせる絵画が並び、床には精緻なカーペットが敷かれていた。招待された貴族やアーティストたちが集まり、彼らの華やかな衣装が一層、会場の空気を緊張させる。メリーは一瞬、自分がその中で浮いてしまっているような気がして、思わず足を止めた。


「大丈夫、メリー。」セシルがすぐにその気持ちに気づき、彼女の肩を軽く叩いて励ます。「君の作品は、ここにふさわしいものだよ。何も恐れることはない。」


 セシルの落ち着いた声と温かな言葉に、メリーは少しだけ安心した。彼の存在が、周囲の華やかな人々や厳かな空気を少しだけ和らげてくれるように感じた。彼女は深呼吸をし、再び目の前の展示スペースに目を向ける。


 飴細工が並べられた展示台には、すでに万華鏡の作品とともにメリーの「光を宿す花」が飾られていた。透明な飴細工は、光を受けて繊細な輝きを放っており、その美しさはまるで一つの星のように、周囲の豪華な作品と競い合うことなく静かに存在感を放っていた。その隣には、万華鏡が優雅に回り、光の反射で幻想的な模様を壁に映し出している。音楽院のオーケストラがその中で奏でる優雅なメロディーが、作品たちと調和し、会場全体に優しく広がっていく。


 セシルはメリーの隣に立ち、彼女が見つめる飴細工に視線を移した。「見て、メリー。君の作品は、この音楽と完全に調和している。まるで音楽の一部のようだ。」


 メリーは言われて初めて、自分の飴細工がまるで音楽の流れに溶け込んでいるように見えることに気づいた。光と色が音楽と一体となって、彼女の作品をさらに引き立てていた。それは、彼女が自信を持てなかったシンプルな美しさが、まさにこの芸術祭の中で輝いている証拠だった。


「ありがとう、セシル。」メリーは彼に微笑んだ。彼の励ましが心に響き、ようやく彼女の中で自信が芽生え始めていた。


 セシルはその微笑みに少し驚いたように目を細め、続けて言った。「君は十分に素晴らしいんだ。今ここに立っている君の作品が、何よりの証拠だよ。」


 その言葉が、メリーの胸の中に温かいものを灯した。会場の華やかさや、周りの高貴な貴族たちの目線に気後れしなくてもいい、そう感じることができた。彼女は再び展示された飴細工を見つめ、心から自分の作品を誇りに思うことができた。

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