第14話 まごころの花束

 メリーはアラミスの言葉を心に受け止め、次第にその重みを感じるようになった。最初は不安と疑問で満ちていた心も、アラミスが語る「芸術祭」の理念や意義に触れるうちに、少しずつ変わり始めた。


「芸術祭は、ただの展示ではありません。」アラミスは静かに語り始めた。「ここでは、作品が生きる場所を提供し、才能を発見し、支援することが最も重要なことだと考えています。あなたの飴細工は、他のアーティストたちと同じ舞台に立つことで、さらにその美しさが引き出されるでしょう。」


 メリーはその言葉に耳を傾けながら、ふと心の中に湧き上がる気持ちを感じた。これまで、自分の作品が誰かに見てもらえる場所があることに対して、どこかで遠慮していた部分があった。しかし、今はその気持ちが少しずつ変わりつつあった。自分の作品を、もっと多くの人に見てもらいたいという気持ちが芽生えたのだ。


「私の飴細工を、他のアーティストたちと並べるのは…正直、怖いです。」メリーは素直に告げた。「でも、もしかしたら、これを機に、もっと多くの人に私の作品を見てもらえるかもしれない。それが、私が望んでいたことだと思います。」


 アラミスは優しく微笑み、メリーの手を軽く握った。「その気持ちが、あなたの作品をより一層輝かせるでしょう。芸術祭での展示が、あなたの次のステップになることを楽しみにしています。」


 その言葉に、メリーは少しずつ自信を取り戻していった。自分の作品が他の才能あるアーティストたちと一緒に展示されること、その瞬間がどこか遠いものではなく、現実のものとして近づいてきていることが、彼女にとっては新たな刺激となった。


 その後、店のドアが静かに開き、セシルが入ってきた。彼は普段通りの冷静な表情で、メリーの姿を見ると少し驚いたように眉をひそめた。


「メリー、何かあったのか?」セシルの声には、いつもの慎重さとともに、少しの心配が感じられた。


 メリーはセシルの顔を見て、嬉しそうに微笑んだ。「セシル、アラミス伯爵が、私をヴェルドニア芸術祭に招待してくれることになったの。」


 セシルは驚き、目を見開いた。「本当に?それは素晴らしい…でも、遠くまで行くとなると、何かと心配だ。」


 メリーは少し戸惑ったように言った。「私は大丈夫よ。芸術祭に参加することに、少しワクワクしているわ。」


 セシルはメリーをじっと見つめ、彼のいつも冷静な目が少し柔らかくなる。「それなら、私が同行しよう。」彼の声には、いつもの理知的な口調の中に、わずかな優しさがにじんでいた。「遠出だし、何かと助けになるかもしれないから。」


 メリーはセシルの申し出を聞き、心から感謝した。彼が常に自分を気にかけてくれていることに、胸が温かくなる。もちろん、彼の言葉には確かな意図があることもわかっていたが、同時に彼の存在が安心感をもたらしていた。


「ありがとう、セシル。あなたが一緒にいてくれるなら、少し安心できるわ。」


 セシルは小さく頷き、メリーを見守るように微笑んだ。「それでは、準備を整えておこう。」





 セシルとメリーは、ルミエール・ヴェールの街を後にして、馬車に乗り込んだ。メリーは大事に梱包された飴細工を確認しながら、少し緊張した面持ちで窓の外を眺めていた。広がる緑の風景が、少しずつ彼女の不安を和らげていく。


 セシルは隣に座り、何度も手を動かして馬車の揺れに身を任せながら、静かな時間を楽しんでいるようだった。彼の表情にはいつもの冷静さが漂っていたが、その内心ではメリーが無事に芸術祭に向かうことを心から応援している気持ちが強くなっていた。気づかれないように、彼は少しだけメリーの方を横目で見やった。


 道中、広がる野原を抜け、森の中へと進むうち、ふとセシルの目に入ったのは道端に咲く野花だった。鮮やかな色合いの花々が、風に揺れる姿を見て、彼は何となく心が動いた。普段は感情を外に出すことのない彼が、今だけは勇気を振り絞った。


「ちょっと待ってて。」セシルはメリーに声をかけ、馬車から降りて花を摘みに向かった。いくつかの花を慎重に手に取り、丁寧に束ねる。その瞬間、彼は少し照れくさく、自分の行動がどう思われるのかを気にしながらも、メリーに向けて花束を持って戻った。


「これ、君に。」セシルは淡々とした口調で花束を差し出したが、その心の中では少しの不安も抱えていた。恋心を持つつもりはないのだが、何かが彼を動かした。メリーが喜ぶ顔が見たくて、それだけが彼を動かしていた。


 メリーは花束を受け取ると、驚きと嬉しさが入り混じった表情を浮かべた。「セシル、ありがとう!こんなにきれいな花束、嬉しいわ。」その声は明るく、心からの感謝を表していた。彼女は花を近づけて深呼吸し、まるで花の香りに癒されるように目を閉じた。


 セシルはその反応に何も言えず、ただ静かに頷いた。心の中では、思った以上にメリーが喜んでくれていることに安心し、少し照れくささを感じながらも、嬉しそうに見守っていた。しかし、彼の胸にはまだ一抹の疑念が残る。メリーが自分の好意に気づいているのかどうか、全くわからなかったからだ。


「本当に、ありがとう。」メリーは花束を胸に抱え、再び馬車に乗り込んだ。その言葉には素直な感謝が込められていた。


 セシルはしばらく黙ったままだったが、やがて口を開く。「気に入ってくれてよかった。」


 その言葉に、メリーは軽く微笑みながら頷いた。「もちろんよ。セシルの優しさにはいつも助けられてるわ。」


 その後、馬車は静かに進み続けた。途中、少し風が強くなり、木々の間を抜けると、次第に空は広がり、遠くの山々が薄く見えるようになった。メリーは花束を手に持ちながら、道中の風景を楽しみつつ、少しずつ心を落ち着けていった。


 セシルもまた、少しだけ心が温かくなっているのを感じていた。しかし、彼の胸の奥にある感情がどこに向かっているのかを、まだよく理解できていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る