【04-8】緑川蘭花の回想―キャンパス霊(8)

あの時の達哉は、本気で怒ってたわ。

後ろで見ていて、怒りのオーラが凄かったもの。


助教授は達哉の迫力に気圧されたようだけど、それでも言い返したの。

「だから何なの。

その程度のことで死なれて、返ってこっちが迷惑だわ」


「巫山戯ないでよ!

人の命を何だと思ってるの!」

助教授のその無慈悲な台詞を聞いて、上月さんが遂に切れた。


私も思わず拳を握り締めてたわ。

私たちだけじゃなく、後ろに立ってた研究室の人たちの顔色も変わってた。


一人を除いてね。

そいつは私たちが乗り込んだ時から、妙に落ち着かない態度だったの。


それを見て私はピンときたわ。

そいつが上月さんを唆した助手だって。


「あなたは本気でそう思ってるのか?」

その時達哉が押し殺した声で訊いたの。


でも助教授は完全に開き直っていた。

「当然でしょう。

きちんとデータを出せない人に、学位を授与する訳にはいかないじゃないの。

それよりあなたたち、下らない幽霊騒ぎで私を脅迫して、只で済むと思ってるの?」


「脅迫?

今脅迫と言いましたか?


それはおかしいですね。

あなたは何も後ろめたいことはないと言った。


大体、上月さんは〇田さんの白衣を着て、キャンパス内を歩いただけだ。

それが何故、脅迫になるんですか?」


達哉の反論に助教授は一瞬詰まったけど、またすぐに言い返したの。

「は、白衣だけじゃないでしょう。

私にあんな脅迫メールを送っておいて」


でも達哉には通じなかった。

「脅迫メール?

上月さんが送ったメールに、何か脅迫めいたことが書いてあったんですか?」


完全に正論だったわね。

でも相手も相当しぶとかったの。


「脅迫じゃなければ、嫌がらせだわ。

私に対する逆恨みの嫌がらせでしょうが。


大体、学生の分際で、教員にこんなことをして只で済むと思うの。

学校に申し出て、厳正に処分してもらいますからね」


「そんな脅しは通じないよ。

あんた、さっきから学生の分際なんて言ってるが、何様のつもりなんだ?


俺たちは確かに学生に過ぎないが、あんたもたかが大学の教員だろうが。

それがつまらん権力笠に着て、何を威張ってるんだ?


学生はあんたらの道具でも奴隷でもないんだよ。

ちゃんとした一個の人格なんだ。

あんたらの好き勝手にされる筋合いなんか、欠片もないんだよ!」


いやあ、あの啖呵には思わず聞き惚れたわね。

とてもこの間まで高校生だった奴の言う台詞じゃなかったわ。


流石の助教授も絶句してた。

でも達哉の怒りは、全然収まってなかった。


「あんたがすべきことは、先ず〇田さんとご両親に謝罪することだ。

人間としてその当たり前のことが出来ないというなら、俺にも考えがある。


あんたは小さな研究室の中で権力を笠に着てふんぞり返っているが、世間はそんなに甘くないぞ。

俺はこのことを、絶対に有耶無耶にするつもりはない。


もしこの大学があんたのやったことを隠蔽しようとするなら、洗いざらい世間にぶちまけてやる。

こっちは退学覚悟でやってるんだ。

あんたもそれなりの覚悟で来いよ!」


助教授はもう返す言葉もなくて、青ざめた顔で立ち尽くしてた。

教授はというと、騒ぎに気付いて教授室から顔を覗かせたんだけど、すぐに引っ込んで出て来なかったわ。

形勢悪しと思ったんでしょうね。


そして達哉はというと、最後に助教授の背後で挙動不審になってる男に目を向けたの。

「そこのあんた。

あんたが上月さんを唆して、幽霊騒ぎを起こしたんだろう?」


その言葉に助教授が鬼の形相になって振り返った者だから、その助手らしき男はビクンとして竦み上がったの。

そして達哉は追い打ちをかけるように言ったわ。


「あんたがどういうつもりで上月さんを唆したのかは知らんが、ちゃんと自分のしたことの責任はとれよ」

そう言い捨てると達哉は、「これでいいか」と上月さんに目を向けた。


そして彼女が頷いたのを見て、私たちを促して帰ろうとしたの。

その時後ろから助教授のヒステリックの声が聞こえたわ。


「世間に知らせるって。

あんたたち学生の戯言を、世間が信じると思ってるの?


私には助教授という社会的地位があるのよ。

あんたたちとは訳が違うのよ!」


その言葉に、流石に温厚な私も切れたわ。

そしてポケットに忍ばせていたマイクロレコーダーを取り出して、言ってやったの。


「残念ですけど、今までのやり取りは全部録音させてもらいました。

これだけ証人もいることだし、どちらの言い分を世間が信じるか、よおく考えて下さいね」


***

「鏡堂さんも蘭花先生もカッケー」

弓岡恵子の言葉に、田村薫と栗栖純子も頷いた。


「その後どうなったんですか?」

田村が興味津々で訊くと、蘭花はテキーラで喉を湿らせた後、口を開いた。


「まあ、大騒ぎになったわね。

何しろ1年生三人が乗り込んで、助教授締めあげたんだから。


でも、そのことが返ってよかったみたいなの。

事情に尾鰭がついて学校中に広まったものだから、学部を超えた教員たちの間でその助教授の対応を問題視する声が上がったのね。

マスコミにも洩れて、大学も対応せざるを得なかったみたい。


その結果、今で云う第三者委員会みたいなものが立ち上がって、私たちも呼ばれて事情を聞かれたわ。

そして助教授の行き過ぎた指導で、学生一人亡くなったことは、大学として真摯に対応すべきという結論になったの。


〇田さんのご両親には学長、学部長、それに当事者の教授と助教授が雁首揃えて謝罪に出向いたの。

その上で〇田さんに対して、大学が損害賠償をするということで決着したわ。


そして当事者の助教授と件の助手は、責任を取って直ぐに辞職したし、教授も監督不行き届きということで助教授に降格されて、翌年3月に奥さんの後を追うように辞職したの。

私たち三人はそれぞれの学部長に呼ばれて、目的は兎も角、方法が行き過ぎたということで、厳重注意を受けただけで済んだんだけどね。


以上、私の思い出話でした。

ちょっと生々しい話だったわね」

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