【01-3】田村薫の回想―ジギタリス(3)
田村薫の回想は続いている。
それを聴いている緑川蘭花の傍らには、既に半分空になったテキーラのボトルが置かれていた。
弓岡恵子も口を挟むのを止めて焼酎ロックをぐびぐび飲み干しているし、
***
勿論中学3年の私たちに、料理の味とマイのお父さんの死亡の因果関係なんて分る筈もないですし、今でも分かってる訳じゃないんです。
マイの話を聞いた私はちょっと変だなあと思ったくらいで、その時はそのまま終わってしまったんですよ。
ただどうしてもお通夜の時に見たマサヨさんの笑顔が気になって、ずっと引き摺ってたんです。
そして高校はマイと別々になって、以前ほど親密な付き合いはなくなったんですけど、それでも年に数回は会って、お互いの近況を話してたんですよ。
マサヨさんはどうなったかと言うと、お父さんが亡くなってから暫くして家を出て行かれたらしいんです。
やっぱり血の繋がりのないマイと、二人きりで暮らすのは気まずかったんでしょうね。
マイはそのままお父さんの住んでいた家に残って、親戚の叔母さんが成人するまで後見人として面倒を見てくれることになったそうなんです。
なのでマサヨさんはマイの家の籍から抜けて、親子関係も解消されたみたいです。
その話をマイから聞いて、その先は私も段々気にしなくなって、忘れかけてたんですよね。
でも薬学部に進学して薬理学の授業でジギタリスの薬効と副作用について学んだ時、突然マイのお父さんのことが思い浮かんだんです。
それで気になって色々と調べていくうちに、凄く恐ろしい仮説を思いついてしまったんです。
単なる私の妄想かも知れませんが、もしかしたらマイのお父さんは病死ではなく、マサヨさんに殺されたんじゃないかと思ってしまったんです」
***
「いやそれ、怖すぎるでしょ。
大体そのマサヨさんって人がマイさんのお父さんを殺して、何の得がある訳?」
そう言って弓岡恵子が、田村薫を嗜めるのを聞いていた蘭花がぽつりと呟いた。
「もしかして遺産?」
その呟きに弓岡恵子と栗栖純子がドン引きし、田村薫は困惑してしまう。
「マジですか」
「いえ、マサヨさんにどの程度の遺産が渡ったかどうかまでは、流石にマイには訊けなかったんですけど」
「でも結構な資産家だったんでしょ?
マサヨさんが入籍してたのなら、それなりの遺産が渡ってる可能性はあるんじゃない?」
蘭花に言われた田村薫は、困った顔で黙り込んでしまった。
「あ、ごめん、ごめん。
そんなシリアスにするつもりじゃなかったの。
もう話はこれで終わりにしない?」
蘭花は慌てて場の雰囲気を戻そうとしたが、最早手遅れだった。
「ここまで話したんで、最後まで聞いて下さい」
田村薫はそう言って、話を続けたのだった。
***
私が何でそんなことを考えたかと言うと、やっぱりマサヨさんの造る料理の味の変化なんですよ。
何故マイのお父さんは、マサヨさんの造る料理の味を急に美味しく感じたのか。
さっき言いましたけど、もしマイのお父さんがジギタリス系の薬剤を常用していたとすると、死因の低カリウム血症の原因は食事にあったんじゃないかと思うんです。
どういうことかと言うと、マイのお父さんが亡くなる前に食事に含まれるカリウムイオンが急激に減少して、それが低カリウム血症に繋がったんじゃないかって。
何故そう思ったかと言うと、低カリウム血症を引き起こす大きな原因の一つが、高血圧の治療に使われる利尿剤なんですよ。
フロセミドのような塩排泄系の利尿薬を服用すると、血中のカリウムイオン濃度が減少することがあります。
なのでもしマイのお父さんがジギタリス系の強心剤と塩排泄系の利尿剤を併用していたとしたら、低カリウム血症で亡くなるというのはあり得ることだと思うんです。
じゃあ、何故急に低カリウム血症になったかということを考えた時に、私はマサヨさんの料理の味が関係してるじゃないかと考えたんです。
つまりマサヨさんは料理を作る時に食塩、塩化ナトリウムの代わりに、塩化カリウムを使ってたんじゃないかと。
勿論それだとマイも味がおかしいと感じたと思うんです。
なのでまず料理の下味は最低限の食塩を使って、マイとお父さんに出す特に、マイの分には食塩を足して、お父さんの分には塩化カリウムを足してたんじゃないかと思たんです。
その方法だとマイの食事の味は薄味程度で変じゃなくて、お父さんの方は塩化カリウムのえぐ味が勝って美味しくなかったんじゃないかって。
一方で塩化カリウムを料理に使えば、お父さんの血中カリウム濃度がある程度保たれるから、利尿剤を服用しても低カリウム血症にはならなかった。
そんな理屈が成り立つんですよね。
そしてお父さんの血中カリウム濃度が一定になった時に、調味料を塩化カリウムから食塩の変えるんです。
すると料理の味が美味しくなるのと同時に、血中のカリウムイオン濃度が下がって、さらに利尿薬の塩排泄作用が重なって、低カリウム血症を引き起こしたんじゃないかと思ったんです。
勿論こんなのは私の妄想かも知れないんですけど、どうしてもお通夜の夜のマサヨさんのあの笑顔が忘れられないんですよね。
すみません。
何か深刻な話になっちゃって。
***
そう締めくくった田村薫の話に、場は静まり返ってしまった。
その沈んだ雰囲気が嫌だったのか、蘭花が口を開いた。
「それでそのマイって子は今どうしてるの?」
「ああ、マイは元気でやってますよ。
昔ほどじゃないですけど、今でも付き合いはあります」
「じゃあお父さんが亡くなった後は特に問題ないんだ」
「そうですね」
その時二人のやり取りを聞いていた弓岡恵子が割って入る。
「これって鏡堂さんとか於兎子さんに言って、調べ直してもらうことって出来ないんですかね?」
「うーん、それはさすがに難しいんじゃないかな」
そう言って首を傾げる蘭花に田村薫が追随した。
「さすがにもう15年経ってるし、いまさら蒸し返すのもね。
マイのそんなこと望んでないと思うし。
ただ単に私が引っかかってるだけだから」
「まあ、そうかもね」
「ちょっとシリアスな話になってしまいましたが、私の話は以上となります。
では次は、純子さんでいいですか?」
田村薫が気を取り直して指名すると、栗栖純子は3皿目の料理を平らげながら、「えー、私?」と言って皆を見回した。
そして皆の期待の視線を受けて、
「じゃあ話しますけど、あんまりおもしろくないかも知れませよ」
と前置きして、
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