第8話

 まだ空に星が煌めく頃、ルナたちは来栖亜人共生の前に立っていた。

「ねぇ、アンタたちここのこと詳しくないの?」

「なんだよ、作戦会議かぁ? それともここにきて怖くなっちゃったか?」

「あー、間違えた。アンタじゃなくていずみさんに聞いたんだった」

「あぁん⁉」突っかかるキョンを制し、ため息交じりに答える。

「どれほどの部下がいるのか正確なことは分からないが少なくないことは確かだ。俺たちもここには二度ほど訪れただけでな」

 建物内の構造すらほぼ情報が無い状態だがそれでも止まるつもりはなかった。

「はッ、とにかく全部やっちまえばいいんだろ」

「あの、できれば命を奪うことは……」

「それは相手の出方次第だ」

 その言葉にしゅんとして俯くひかりを見た泉はやれやれといった顔をする。

「だが、できる限りのことはしよう」

「優しい泉サン!」茶化すキョンはやはり無視される。

「それでどこから入るの? きっとアタシたちが来ることはバレてるよね」

「だろうな。きっとどこも守りを固められていることだろう」

「どこから入っても待ち構えているのならどうすればいいのでしょうか……」

「そんなの決まってんだろ?」

「だからこそ――」



「――正面突破だ」

 泉の言葉にキョンがエントランスのドアを蹴り破る。

 やはり待ち構えていた大量の警備たち。それぞれが別の種族であったが皆共通して銃を手にしている。

「よっしゃ、やってやるか!」

「待て、上を見ろ」

 泉の言葉に三人は吹き抜けになった二階部分を見上げる。他の警備とは異なりただひとりベージュのスーツに身を包む男、一目でこの人物こそが来栖くるす京也きょうやなのだとわかった。

「やはり君たちふたりは裏切ったか。まぁいい、よく来てくれた。……成長したものだな、“C-9シーナイン”」

「あなたが来栖京也……」

 来栖は四人を見下ろしながら続ける。

「君はその『血』の呪いのせいで、あの施設で生まれそして人生を終えるはずだった。親の顔も知らずにな」

「呪いなんかじゃありません。この血は人を助けることができる力です。あなたには――」

「わからない、か?わかっていないのはお前の方だ。理解などできないだろうがな」

「もういいよ、あんなやつの話なんて聞くだけ無駄!」月が割って入る。

「同意だな、あいつには聞きたいことがあるんだが……上から見下ろされながらじゃぁ気分が悪い」

「そんじゃそろそろ暴れてもいいってことか?」

 三人はそろって光の前へと一歩踏み出す。

「ふっ、まぁいい。あとでじっくり話は聞こう、生きて会えればだがな」

 来栖はくるりと踵を返しエレベーターの中へと消えていく。

 それと同時に周りを取り囲んでいた部下たちが銃を構え撃ちだす。

「光‼」

 月は影を使い光の盾になろうとするが、それより早く泉が光を抱え柱の陰へと隠れる。それを見たキョンはすぐさま代わりだというかのように月の後ろへ隠れる。

「ちょっと、なんでアンタが隠れるの‼」

「私なんか前に出たら一瞬でハチの巣だわ‼ アンタらみたいに銃弾なんか弾けるかっつーの!」

 片や影を体を覆うように自分の前に出し銃弾の雨を受けつつ、片やその盾に守られながら、ふたりは不毛な言い争いを続けていた。


 一方柱の陰へと逃げ込んだ泉たちは冷静に話し合う。

「やはりこいつらは数の利がある。少しずつこっちを追い詰める気だろう」

「でもこっちはのんびりしていられませんよ、月さんたちは動けそうにありません」

 月は先のルーポとの闘いで暴走したことにより影の使い方が体に叩き込まれていた。それもありなんとか持ちこたえていた。だがそれも時間の問題だった。

「痛たたたッッッ‼ ヤバいヤバい、マジでそろそろ影がもたないかも!」

「は⁉ 絶対に私は血なんか飲ませないからな、誰があんなこと‼」

「飲まないわ‼ てかあの時の……ア、アレは違うし!」

 集中砲火を浴びながらもギャーギャーと言い合うふたりに、「意外と平気そうだぞ」と泉が冗談交じりに言う。

 だが月の纏う黒い影は弾丸を受けるごとにだんだんと色が薄れ消えていく。

「どうしますか、泉さん?」

 二階をちらりと見上げた泉は刀に手を添え、「二階を片付ける、ここにいろ」と言い残し柱の陰を利用しつつ光の目では追いきれないほどの速さで駆けていった。


「私良いこと思いついたんだけどさ、私が月ちゃん抱えてあいつらんとこに突っ込んで行きゃいいんじゃね⁉」

「アタシのことなんだと思ってんの!」

「じゃあこの状況どうすんだよ!」

「アンタが勝手にアタシを盾にしたんでしょ!」

 言い合い続けていたふたりは突如弱まった弾幕に気付き二階を見上げる。そこには来栖の部下たちを刀でばったばったと倒す泉の姿が見えた。

「さすが泉サン、やるじゃねぇか」

 キョンはニヤリとして月の後ろから飛び出す。

「月ちゃんは左側な!」

「ちょっとキョン!」

 無鉄砲に飛び出したかのように見えたキョンは前回月を苦しめたあの身体能力の高さを生かし銃を持つ相手を次々と倒していく。

 月も加勢すべく言われた通り左側の敵を倒しに行こうとするが、一度光へと目をやる。泉のおかげで無事だったようで目が合うなり静かに、だが力強くうなずいた。

 光の思いに答えるべく、月も弱まった弾幕の中を突き進む。

 かなり影を削られていたとはいえ、これまでの戦闘で戦い方というものを理解し始めていたこともあり苦労することなく制圧する。

 月はふう、とため息をつきながら「これで全部?」と他のふたりに問いかける。

 もちろんふたりもすでに警備たちを一網打尽にしていた。

「おいおい、こんなんじゃ準備運動にもなんねぇよ」

 キョンが愚痴をこぼすとエレベーターがひとつ開き中からふたり降りてきた。

 トカゲの様な見た目をした亜人と鎧を身に着けた骸骨、どちらも強者の風格が漂っていた。

「おっ、ようやく強そうなのが出てきたか」とキョンは敵意をむき出しにしながらも嬉しそうにする。

「ったく、しゃーねーな。泉サン」

「吸血鬼の――いや、幸守こうもり。光を連れて上に行け。おそらくやつは最上階だ」

「でも、こいつらは――」

「いいから行けって。それとも私たちが負けるとでも思ってんのか?」

「……ありがとう。絶対に来栖を捕まえてくるよ」

「殺すなよ。俺もあいつには用があるんだ」

 当たり前でしょ、そう言い残し光の元へ駆け寄る。

 来栖はあの施設の関係者、それどころか管理経営をしていた人物。おそらく自分の出生に深く関わっているのだろう、光はそれを確かめたかった。自分はどのように生まれ、なぜ生まれてきたのかを。

「行こう、光」

「はい、月さん」

 月は光の心情をどれほど理解していたかはわからない。それでも光の隣で、どんな結果でも受け止める覚悟でいた。




 ふたりは最上階へ向かうためエレベーターを目指す。しかしまた何人もの警備がいたるところから出てくる。

「これじゃ上に行けない……!」

「上……ッ!」窓に目を向け「月さん、私の血を! 影の翼で飛ぶんです‼」

 月はポケットに手をやり「わかった、でも使うからには短期決戦だよ」握られた手の中で血液の入った小ビンがきらりと光る。

 工場を出発する際、麗子にすぐ血を飲めるようにと渡されたものだった。敵の本拠地へと突入した後では光から血を摂取する時間は無いだろうと踏んでのことだったが、おそらく麗子には月の思いはお見通しで光を傷つけなくても血を飲めるようにしてくれたのだろう。

 月は麗子に感謝しながら一気に小ビンの中身を飲み干す。

 たちまちに赤の混じった黒い影が体を覆っていく。

「光、ちゃんと掴まっててよ!」

 光を抱えたまま影の翼を羽ばたかせて窓へと一直線に飛んでいく。そのまま窓を蹴破り外へと飛び出す。

 吸血鬼としてひとつ強くなった月は満天の星空の下でビルの壁面を翼で翔け登る。

 来栖がいると思われる最上階を目指し最短距離で上を目指す。吸血での強化時間は飲んだ量で長さが変わるため急いで来栖の元へと向かわなければいけない。

 何度も追跡者を送り今度は警備に銃まで撃たせた。相手がいかに本気かは十分に理解した。だからこそ、きっと穏便には済まないであろう。

 一番上まで登りきり、少しビルから離れた位置で来栖を探す。

「月さん!」

 光が指をさす方向に来栖はいた。やはり最上階、他の部屋と比べるとひと際大きく見える部屋に彼は立っていた。外から来ることを知っていたというかのように窓から離れた位置でこちらを見ている。

「光、一気に行くからね。ちょっとの間我慢してて」

 大き目に作り出した影で光の体を包み込む。光の安全を確保し、彼のいる部屋の窓へと向かって風を切り突き進む。決して減速することなく、それどころか次第に加速していく。

 バリン‼ と大きな音を立て割れたガラスが部屋中に飛び散る。

 しかし来栖は身じろぎひとつすることなく月たちを見下ろす。

 そして来栖は静かに話し出す。

「よく来たな、“C-9”。そのままおとなしく新しく移設した施設へと来てもらおう」

「お断りします。私はもう戻るつもりなんてありません。それより子供たちを解放してください」

「解放……ふっ、あれはすべて商品だ、必要とされる場所に売る」

「子供たちをなんだと……ッ!あなたはたくさんの種族が共に暮らせるような社会を作ろうとしているのではないのですか⁉」

「だからこそ、彼らはそのための道具だ。そもそも人ではない、全員作り出された存在。どう使おうが私の勝手だ」

「……私もそのうちのひとつだというのですか?」

「……あぁ。“C-9”、お前は私が作った」

 黙って聞いていた月が口をはさむ。

「“光”。“C-9”じゃない、この子の名前は光だよ。それにどう生まれたとかは関係ない、どう生きていくかでしょ」

「光……そうか」来栖は小さくつぶやき、

「自分から戻るつもりがないのなら連れ戻すまでだ、“光”」

「やっぱり戦うしかないのでしょうか」

「最初からマジでぶん殴るつもりだったからちょうどいいよ」

 月は影を体に纏い直し戦闘態勢をとる。それを見た来栖も首元を緩め髪をかき上げる。

「さぁ全力で来い。なに、気にするな。私は見た目より少々丈夫でな」

「光は下がってて、アタシが光の分までぶっ飛ばしておくから‼」

 部屋の隅へと移動する光は途中、窓の外をちらりと見る。今いる部屋は五十八階にあり、下にはミニチュアサイズの街頭や街路樹が散らばっていた。

 次に部屋の中を見た時にはすでに月は来栖の目の前まで迫って拳を突き出すところだった。

 しかしその拳は当たることなく空を切る。来栖は見た目にそぐわず戦い慣れしているようで、次々に繰り出される攻撃をことごとく躱していく。

 自分の繰り出す攻撃のどれもが当たらず攻めあぐねる月は、それでも自分の身軽さを活かし上下左右と攻め方を変えていく。

「この程度で私に挑むか……おとなしく光を渡してくれれば見逃してやるぞ」

 本音と挑発の入り混じったような言葉を軽く受け流す。

「ならアンタもおとなしく捕まってくれれば一発ぶっ飛ばすだけで許してあげるよ」

 来栖はふっ、と少し呆れるように失笑する。

「面白い子だ。見た目も悪くない。どうだ、うちの会社でお茶くみとして雇ってあげよう」

「アンタこそ客人にジュースのひとつくらいよこせ‼」

 側にあったオフィスチェアを影を使い来栖へと飛ばしながら自分自身も前へと駆ける。来栖はオフィスチェアを片手で弾き飛ばしそのまま裏に隠れながら進む月へ右拳を突き出す。

 だが月はオフィスチェアに隠れながら既に来栖の後ろへと回り込んでいた。来栖はそれに反応するが一瞬遅く、月の影を拳に集めた重い一撃を横腹へと打ち抜く。

 来栖は体をくの字に曲げながら壁へと勢いよくたたきつけられる。

 それでも顔を上げた来栖は涼しい顔をして立っていた。

「君は吸血鬼、だったな。まだ私の商品の中に吸血鬼はいないんだ、こんなにも素晴らしいのならぜひとも欲しい」

「その時はアンタの血、全部吸い尽くしてやるから」

「血が欲しいならくれてやろう。ただ、少々

 来栖はスーツを手で払いながら、

「さて、次は私の番だな。教えてあげよう、あまり大人を舐めないことだ」

 瞬間、来栖の体が蜃気楼のように揺らいだ。

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