君の妹を愛してしまったんだと夫は言った。

重田いの

君の妹を愛してしまったんだと夫は言った。

「だから、わかってくれ。僕はメリルを妻にしたいんだよ」


「ヴィクトルさまああ」


 異母妹、メリルは泣きながら夫に抱き着いた。多分口元はにやあと歪んでいるのだろうな、と見当がついて、オフィーリアはお茶のカップで表情を隠した。


「なるほど。お話はわかりました。滅多にお帰りにならないあなたが急に両親とともにいらっしゃるのだから、何事かと思いましたけれど……」


「だって、こうでもしないと僕の話なんて聞いてくれないだろ?」


 応接間の空気は冷えていて、紅茶も冷えていた。でも使用人は出てこない。だがおそらく物陰で数人どころではない人数が聞き耳を立てており、明日には領地じゅうにこの話が面白おかしく出回るだろう。


 嫌になる。


 彼のきちんと後ろに撫でつけた栗色の髪を、メリルは赤ちゃんのようにつまんでひっぱる。夫は愛し気な視線を彼女に注ぎ、しいーっと赤ちゃんにするように人差し指を立てた。


「つまり、離婚してくれとおっしゃるおつもりですの?」


 オフィーリアは固い声で言った。父と義母、夫ヴィクトルは固まったが、メリルはきゃふぅんと甘ったるい鳴き声を上げてさらに彼にしがみついた。


「こわぁい。ヴィクトルさまあ、おねえさまが睨むぅ」


「辛抱しておくれ、可愛いメリル」


 と目の前のくだらないイチャイチャにも、オフィーリアはもはや感情が動くことはないのだった。両方のくるぶしが、鈍く痛んだ。


「いや。離婚はしない。我が領地と会社は君の経理能力でもっているのは自明の理だからね。離婚したあと、僕とメリルはこの家で暮らすから、君は別宅で暮らして、今まで通り領地と会社の面倒をみておくれ」


「本気でおっしゃってますの? どこの世界にそんな扱いを受け入れる女がいるとお思い?」


 オフィーリアは目を見張った。


 まあまあ、と猫なで声を出したのは父である。


「そんな目で睨むんじゃないよ。ただでさえ顔が悪いのだから、より人相を悪くしてどうする」


 そうよ、と義母も参戦した。


「うちの領地のことも考えて。借金のせいでずうっと大変で。あなたの支度金だってかかったし。かわいそうに、若いメリルにオーダーメイドドレスも作ってやれなかったわ!」


「そうよお。おねえさまのせいであたしたち、ずっとずっと不幸だったのよお!」


「オフィーリア! 僕はともかくとして、メリルを睨むな!」


 オフィーリアはずっとカップの中身を見つめているのに、どうしてか睨む睨むと皆が口を揃える。この痩せた容姿と、三白眼のせいだろうか?


 そもそも、とオフィーリアは足の指をぎゅっと丸めた。


 (借金は私のせいじゃない。お父様とお爺様の経営が下手くそすぎたせい)


 見栄を張っていらないものまで買い、領民と国王の両方にいい恰好をするために地域のお祭りから出兵まで気前よくカネをばらまけばそうなるのも納得である。他の貴族たちはもっと堅実に、締めるべきときは財布のひもを締めている。だが一部の男にとって、他人にカネを渡せない事態に直面することは死よりも屈辱らしい。


 夫の領地だって似たようなものだった。それをオフィーリアが立て直したのである。経営がなんとか普通の貴族並に戻ったと一息ついていたら、今度はこれである。


 室内のオフィーリア以外の全員が、喧喧囂囂に彼女を非難した。話は次第にそれていき、夫と異母妹がどれほど愛し合っているかという話から、オフィーリアの顔のつくりの悪いところや身体つきが貧相なことまで責め立てる。


「な? わかってくれよ。この領地が君なしじゃ立ちいかないのは、君が一番よくわかってるはずだろ? 領民を見捨てるのか? ええ? 貴族は平民に尽くすものだろ。そんなことしていいと思ってるのか?」


 夫の口調が聞いたことないほど優しかった。オフィーリアの機嫌を取るように顔を覗き込む。内容は恫喝そのものだが、美形な男だけあってそれはそれは素晴らしい顔と声だった。メリルはそれに不満げである。


「――わかりました」


 オフィーリアはカップを置き、立ち上がった。


「やっとわかったか。馬鹿な女の腹から生まれただけあって、強情だったな」


 と父が憎々し気にオフィーリアの母をあてこすり、義母につねられていた。いっけん義母は冷静であるように見えるがこれは二人の前戯のようなものであって、今夜、オフィーリアに余計なこと言ってと義母になじられ謝るまでの過程で父は興奮するのであった。


 オフィーリアはそれを知っている。実家は古い屋敷で声が筒抜けだったから。決して母を愛さなかった父の愚かしさ、義母が母を死に追いやるためにどんな手段を使ったか。オフィーリアは知っている。


「一晩、考える時間をください」


「はあ? あんた今わかったって言ったじゃん! ウソついたの? ウソつき!」


「しぃーっ、いい子のメリル。そんなこと言うとまた睨まれちゃうよ」


 部屋を出るオフィーリアに夫は真綿のように角のない声をかけた。


「あ、今月の僕の小遣い、ちょうどいいから明日にでももらえない? メリルと湖畔に行きたいんだよね」


「きゃあん、ヴィクトルさまあ。あたし嬉しいっ」


「おとうさんとおかあさんも一緒にどうですか?」


「アラァン、いいのお?」


「おや、嬉しいね。義理の息子から旅行のプレゼントか。あははは」


 ――ばかばかしすぎて反吐が出る。


 オフィーリアは自室に戻った。とはいっても、そこは元々使われていなかった小さな部屋で、最初にここに来たときは埃が落ちてきたくらい汚かった。掃除をしてきちんと使えるようにするのにまる一か月かかった。


 彼女はベッドに腰かけ、頭を抱えた。ゆるゆると絶望が這い上がってきた。


 足首がつきんつきんと痛んだ。左右のくるぶしに、小さな鳥の形の入れ墨が施されている。呪いを刻む、魔法刻印だ。本来なら囚人だけに入れられるはずのものだったが、オフィーリアはこの刻印を入れられ、そして実家と婚家に囚われている。


 これを入れたられたのは母が亡くなってすぐの頃だった……オフィーリアはまだ何もわからない八歳の子供だった。


 魔法刻印はオフィーリアに二つの呪いを刻んだ。


 ひとつ、生まれ持った魔力を【主人】がいいと言うまで封印すること。


 ふたつ、【主人】の命令に絶対に従うこと。


 そして魔法刻印に定められた【主人】、絶対的な呪いによってオフィーリアが服従させられている相手は、夫ヴィクトルだった。


 だから、さっきまでの話し合いという名のオフィーリアの晒上げ集会は茶番だった。夫はその気になればいつでもオフィーリアを好き放題にできたのだから。


 彼らはたんに、『まったく不要な存在であるオフィーリアにも優しい常識的な自分たち』という虚像を守りたかっただけだ。


 オフィーリアはこの家から出ることをヴィクトルにより禁じられている。外出するときは必ずメイドが付き従い、仕事以外のことをするのは許されない。きっと今も彼らは油断しているだろう。オフィーリアが逃げ出すことなど決してないと。


 ――でも。自分の足で逃げる以外の方法で逃げ出すことは、禁じられていない。


 (こことももうおさらばね)


 彼女は跪くと、ベッドの下を探った。


 これから先は、地獄だろう。これまでも地獄だったがそれ以上に。使用人たちは夫に愛されない妻であるオフィーリアを軽蔑している。


 ヴィクトルの妻がメリルに? そしてオフィーリアは妻の座を追われる? その上家を出ることも許されず、会計係として領地と会社のために生きるだけの存在になる? ――今まで以上に過酷な扱いを受ける羽目になるに決まっている。


 古い木箱は実家から持ってきた少ない荷物のうちのひとつだ。メイドに盗まれないように小さな南京錠がかかっているが、彼女は胸元から鍵を取り出し、それを開けた。


 中には母の形見の古着が何枚か。そしてドレスの間にはさまるようにして、小瓶があった。


 黒いガラスでできたそれをオフィーリアは躊躇なく開けた。つんとくる刺激臭。彼女以外の人たちと使用人たちが、声を合わせて笑う振動と音が聞こえる。


「次があるなら、もっと幸せに生きたいわ」


 彼女は苦く笑った。自嘲だった。そうするしかなかった。


 毒は苦しかった。心臓が破裂しそうだった、実際、した。


 そのようにしてオフィーリア・スワロウテイルの人生は終わりを告げた。






 そのはずだった。


 オフィーリアは目を覚ました。足元には大理石の墓がある。一番安い石を使った簡素な墓だ。スワロウテイル子爵家の夫人の永遠の寝床にはふさわしくない……。


 母の墓だった。結婚してから一度も墓参りをさせてもらえなかった、夢にまで見た母の墓だった。


 墓石がまだ真新しく苔が生していないことも、スワロウテイル家の先祖が眠る霊園にただ一人でいる自分の身体が覚えているより小さいことも、全部意識の外だった。


 彼女は母の墓に取り縋り、声を枯らして泣いた。


「気はすんだか?」


 と声がして、振り返ると父がいた。父は記憶にあるより若返っており、そこでオフィーリアは気づく。自分の手も小さく、子供のようになっているということに。


 父はとても冷めた目をしていた。まるで目の前の我が子が本当に母の死を悲しんでいるのではなく、自分にあてつけるため泣いたのだといわんばかり。いや、実際に腹の底ではそう考えているのだろう。人の、とくにオフィーリアの言動を曲げてとるのが父という人間だったから。


 (ここは、どこ? まさか――過去? 私は過去にいるの?)


 いったいどういう魔法だろう。オフィーリアは混乱する。母の墓石を盾にしてじりじり父から距離を取ると、彼の後ろに不気味な黒いローブ姿の人物がいるのに気づいた。


 よみがえる、記憶。


 (あ……っ)


 オフィーリアは思い出した。父に従うその人物こそ、オフィーリアの足に呪いの入れ墨を入れた魔法使いだった。八歳のオフィーリアは何をされているかわからず、父が雇った魔法使いに魔法刻印を入れられ、そして……。


 (また、奴隷にされる……っ)


 そして領地のため、会社のため、ひたすら帳簿と書類と睨めっこする機械のようにされた。誰からも愛されることなどなかった。


「ねえー、まだ終わらないのお?」


 とキャピキャピした声がして、記憶よりもっと若い義母が現れた。父は見たことがないほど嬉しそうな顔をした。


「おお、きたか! オフィーリア、お前の新しいおかあさんだぞ。きちんと敬え。できるな?」


「きゃーきったない子っ。なんでこんなボロっちい喪服を着ているの? この子にはこんなヘンな恰好はさせないんだからあ」


 父は両腕を広げて義母、この時点ではまだ義母ではないが、長年の愛人であった女を抱きしめる。彼女も嬉しそうに頬を染めて父を見上げた。そのお腹は膨らんでいた。


 (メリル)


 思った瞬間、オフィーリアの硬直は解けた。これから先、彼らにすべてを奪われる前に。


 オフィーリアは逃げ出した。


「あっ!? なんだこいつ!」


「うきゃあ。きも」


「……」


 父と義母、魔法使いは子供を止めようともせずに見送った。どうせ遠くまではいけないだろうと思っているのだろう。


 事実、オフィーリアは彼らの呪縛から離れる距離までいけたためしがなかった。今も。前のときも。


 けれどひとつだけ、前と違うことがあった。ここには霊園を管理する教会がある。オフィーリアは小さな足を動かして全力疾走し、教会の敷地に逃げ込んだ。


 もちろん、ファーザーもシスターも父の味方である。運営費を出しているのはスワロウテイル家なのだから。


 彼らに見つからないように裏口から教会に入り込むと、聖堂にくっついた粗末な小屋に近づく。息が荒かった。額の汗をハンカチで拭い、オフィーリアは身なりを整える。


 小屋からは人の話し声が漏れている。粗野な男たちの声である。オフィーリアは深呼吸した。


「――こんにちは! 経理係をお探しではありませんか、【暁の傭兵団】のみなさん!」


 ドアをバン! と開けてずかずか入り込んできたどうみても小さな女の子の姿に、傭兵たちは目を丸くした。






 傭兵たちはなんとかして彼女を追い出そうとしたが、オフィーリアはその小屋の持ち主である年老いた治療師の腕に齧りつき、


「責任者呼んでください。お話だけでもさせてもらえるはずですわ。【暁の傭兵団】は来るもの拒まずでしょ!」


「どこでそんなこと知ったんだ、お嬢ちゃん」


 と彼らは呆れ果てながらも、団長を探しにいってくれた。


 小さな小屋の日の当たる窓際で小さなスツールに腰かけながら、オフィーリアは出された薬草茶を飲んだ。


「おいしい」


 喉が渇いていることにも気づいていなかったようである。ごくごくお茶を飲む少女を眺め、治療師は白いひげを撫でてほほ、と笑った。


「スワロウテイル家のお嬢さんじゃな? いったいどうしてこんなところに」


「父が新しい母を連れてきたのですが、ろくなことにならなさそうな気がしたんです」


「ははは。逞しいのう。こんな小さな子供がのう……」


 しんみりと頭を撫でられて、泣きそうになる。だが涙はすぐに引っ込んだ。他の傭兵たちに連れられて団長がやってきたからである。


 彼はとても身体が大きく、背が高く、まだ十代だというのが信じられないくらいだった。鍛え上げられた筋肉のついた身体。しなやかな身のこなし。黒髪を短く刈り込んいたが、昼寝でもしていたのだろうか寝ぐせがついていた。日焼けした顔にめんどくさそうな表情を浮かべている。


「俺を呼んでるガキってのはお前か?」


 声も低くて豊かだった。オフィーリアがもし死ぬ前の年齢だったら、どぎまぎして話せなくなっていたに違いない。だが彼女は今ただの子供であり、これから言うことには生死がかかっていた。


「はじめまして。オフィーリアです。さっそくですけど、経理を見てくれる人がいなくて資金繰りが大変ですよね? お役に立てると思います。だから、連れていってください」


 きょとんとした顔、周りの傭兵たちに目で何だこれ? と聞く姿。まったく覚えているままの様子に、オフィーリアは嬉しくなった。


「ガキ、俺が【紅蓮の】ローガンだって知ってて言ってるのか?」


「はい」


「寝言言ってないで早くママのとこに帰りな。送ってってやるから」


「いいえ!」


 オフィーリアは力強く反発する。


 死ぬ前……オフィーリアは二つの領地のあらゆる計算と数字を担当していたが、その中で目を引いたのがこの【暁の傭兵団】の経理書類だった。他の傭兵団や会社と、彼らは明らかに違っていた――嘘をひとつもついていないのだった。


 通常、どんな団体だって少しくらいは数字を誤魔化したり名称を変えて税金を浮かせたりするものだ。けれど【暁の傭兵団】にはそれがなかった。どうやら経理に詳しい者がおらず、入団しても居着かないらしい。その理由は団長のローガン・ブラックにあった。


 彼は若干十六歳で戦場で武勲を立て、王立騎士団の騎士に取り立てられた。だがその後、性に合わないといって騎士団を出奔。彼を慕う傭兵や元騎士の部下たちを引き連れて【暁の傭兵団】を設立したものの、一度騎士の名誉を受けたくせにと貴族たちの目の仇にされてしまう。


 だが貴族は表立って気に入らない誰かをいじめたりはしない。オフィーリアだって家族にはさんざんな扱いをされたが、殴られたことはない。ただ食事の質に差をつけ、陰口を言い、山ほどの仕事で押し潰されただけだ。それから妻の座を追われ、最後の最後まで利用され尽くす予定だった。――そのことを思うとぞっとする。


 貴族たちはローガンを貴族の陰湿なやり方で追い詰めた。危険な紛争地帯での仕事を回し、比較的安全な隊商の護衛などは自分たち好みの傭兵団で独占する。経理係が入ると辞めさせるのも、魔法使いを雇えないよう魔法使いギルドに手を回したのも、そうした嫌がらせのひとつだった。


 オフィーリアは胸を張った。


「私、魔力があります。母に教わって計算ができます。経理の基礎も仕込まれました。どうか雇ってください。役に立ちますから!」


 結論から言うと、オフィーリアは職場兼寝床を手に入れた。






 父はオフィーリアを探しにこなかった。お腹が減ったら帰ってくると思っているのだろう。あるいは義母とイチャつき、お腹の中のメリルを撫でるのに忙しいのか。寂しい、と思う暇もなかった。彼女は心を嚙み殺し、懸命に働いた。大見栄を切ったのだ、働けなきゃいる意味がない。


「団長、これは経費になりませんよ!」


「ええー? 商談のための会食だったよ?」


「ここは料亭登録されてない、旅館……というか、旅館の体裁を取った娼館じゃないですか! こういうところの領収書は受け付けてもらえないんですよ」


「いやだって、相手との関係を築くためにはこういう接待も……ていうかガキのくせになんで娼館なんて言葉を知ってんだよ!」


「父親が大好きだった場所なんで、なんでも知っておりますー」


「うわああ、貴族の闇!」


「はい、返します。次はまっとうな料亭でお食事されることですね。そしたら国の支援金を申請して、そしたら貴族のお客さんともうっかり『ばったり遭遇』できるよう人脈を広げることですわ」


「オフィーリア、君は本当に真面目だな。そんで、大人ぶってる子供だ」


「なんとでもお言いください。それが私の仕事ですから」


 そんなふうにして十年が経った。


 オフィーリアを失った実家のスワロウテイル家は、没落した。


 当たり前である。成長する中で人脈を広げ、下げる必要のない頭を下げてでも有利な条件を呼び込み、領地を盛り立てるため必死に駆けずり回ったオフィーリアがいないのだ。義母とメリルでは家計簿さえ満足につけられないだろう。


 また、ヴィクトルとメリルは恋に落ちることも結婚することもなかった。どうやらオフィーリアというスパイスがなかったため、お互いに興味を持たなかったようだ。オフィーリアをいたぶり、甘え、傷つけることで二人の絆は保たれていたのだから、当たり前の帰結と言えるだろう。


 オフィーリアはかつての故郷や、婚家のことを恨んでいない。あまりに毎日が忙しすぎて、恨む暇さえなかったのだ。もう過ぎたことだ、と思っている。苦しかった、悲しかった、でも、あの死とともに失われたことだ。


 恨むのは、よそう。自分自身のために。






「ガキだったのにいつの間にかいっちょ前になったよなあ……」


 とローガンが言い出したのは、いつの頃だったか。


 彼が遠征のお土産に、オフィーリアが好きな甘口ワインを買って来てくれるようになったのは? 彼女が好きだと言ったものを全部覚えていて、事あるごとに贈り物にしてくれるようになったのは。


 ピクニックに誘ってくれて、乗馬の仕方を教えてくれて。海にも山にも、オフィーリアが行きたいと言えば連れていってくれた。


 オフィーリアはお返しに、彼にセーターを編んだ。刺繡をしたベルトを贈った。


 彼らの距離はどんどん近づき、そのうち、【暁の傭兵団】はヴァルダニア帝国という大帝国の皇帝に気に入られた。ローガンは邸宅をもらった。


「そのよう、オフィーリア」


「ええ」


「ヴァルダニア帝国の都のお屋敷とか、興味ある?」


「管理の方法ならわかるわ。実家でやっていたから。それに、私もそろそろ落ち着きたいと考えていたの」


「それじゃ、俺の代わりに管理とか、してくんねえかな?」


「ええ」


 オフィーリアは慎重に頷いた。


「いいわ」


 傭兵団の面々は行きつけの旅館を貸し切って、盛大なパーティーを開いてくれた。年月の内に彼らの仲間として受け入れられていたことが、オフィーリアは涙が出るほど嬉しかった。






 犬を飼い始めた。正式に結婚した。――妊娠した。オフィーリアは幸せだった。


 ローガンはヴァルダニア帝国でどんどん出世して、今では将軍の位をかけてライバルたちと楽しく競い合っているそうだ。何について? それは――。


「おかえりなさい、怪我してない?」


「おうよ、俺を誰だと思ってんだ、傭兵から成り上がった皇帝陛下の【剣】。【紅蓮】の名を冠するローガン様でい」


 と、おどけてみせる夫の顔がオフィーリアはたまらなく愛しい。こんな気持ちをヴィクトルに感じたことはなかった。いいえ、他の誰にも。オフィーリアはこれほどの愛情を抱いたことはなかったのだ。


 ヴァルダニア帝国は、拡大路線を取っていた。旧弊な諸制度に阻まれて硬直した隣国を併合し、大陸唯一の覇権国となるために。ローガンがライバルたちと競っているのは、戦争での手柄の質量についてだ。誰がどれほどの国を平定し、産業を奪い取り、物品を押収し、そして貴族を奴隷にすることができたのか。


「なあ、オフィーリア」


 部屋着に着替えたローガンは、くつろいで妻の腹を撫でながら言う。


「お前の父親と後妻とその娘、奴隷にしたが、いるか?」


 オフィーリアはころころ笑った。


「いいえ、いらないわ。汚いもの」


「じゃあ鉱山にでも送るか」


「ろくに役立たないでしょう。養ってやるつもりなの?」


「そっか。じゃあ殺そう」


「そうして」


「ヴィクトルとかいう、没落貴族が命乞いしてきたんで殺しちまった。これはいったか?」


「いらない、いらない。もう何もいらないの、私には」


 オフィーリアはローガンの鎖骨に額を寄せて、甘く囁く。


「あなただけで十分。あなたとこの子がいてくれるだけで、私はもう十分なのよ」


「そうかい」


 彼らは笑い合い、口づけあった。






 そんなわけでスワロウテイル家はその国ごと滅亡し、家人は死んだ。


 使用人は奴隷になったが、オフィーリアは自分によくしてくれた者は引き立てて、扱いのよい貴族の家に紹介してやった。


 ローガンはかつてスワロウテイル家の領地だった土地を手に入れた。オフィーリアは母に豪華な墓と、よく手入れされた霊園と、頭がよくはきはきした聖職者たちを捧げた。


 ローガンは伯爵の位を手に入れ、初代当主としてその土地を再生させた。妻であるオフィーリアは彼をよく助け、たくさんの子供を産んだ。


 こうして二人はいつまでも仲良く、幸せに暮らしました、とさ。


 おしまい。


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君の妹を愛してしまったんだと夫は言った。 重田いの @omitani

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