第1話 厳しくも優しい?
――頼むからこっちを見ないでくれ。
「萌花!」
親友の真っ直ぐな声に私はぎくっと振り向く。
見据えた先にはドリブルをしながらこっちに向かう、ショートカットの少女、真子がいた。
そのすぐ後ろに敵チームが風のように駆ける真子を追いかけていた。
全員視線は真子、ではなく私を見ていた。
……なぜだ、やめてくれないか。
「ちょ、ま、」
「パス!」
真子は私に鋭いパスを送る。
その瞬間、空気が変わる。
殺気を感じるのはなぜか、それは私がボールを持っているからだ。
やばいやばい早く動かないと。
……あああもう、何でこうなるかなぁ!?
……ただでさえ!目立ちたくないのにぃ!!
「萌花!行けー!!」
どこからか私の呼ぶ声。
ハッとして、私はゴールを見据えた。
ここからドリブルをしても、間に合わないかもしれない。
「っ〜!」
仕方ない、ここはやってやる。
さっきとは違い、敵チームは私を獲物を狙うかのような殺気に満ちた眼で睨んでいる。
「萌花!頼んだよ!」
真子からパスを受け取ったと同時に私はゴールへ駆け出す。
伸びてくる手をかわし、目の前に突然現れる同級生をフェイントで避けていく。
頬をかすめる弱い風がくすぐったい。
……気持ちいいぞ、この感じ!!
残り時間を見ると、10秒しか残っていなかった。
ゴールまであと数メートル。
ドリブルを続けると時間がまずいし、追っ手のチャンスになる。
……こうなったら、ここでやるしかない。
ドリブルをやめ、その場に立ち止まる。
ちょうど、コートのスリーポイントラインの上。
すぐさま、私は膝をしっかり曲げてからジャンプし、ゴールに向かってボールを突き出した。
「……ちっ。させない!」
急に立ち止まった私にわざとぶつかってから、追っ手はボールに手を伸ばす。
一瞬よろめいた私は、その同級生に視線をやった。
未だに殺気に満ち溢れた瞳で私をちらっと見ていた。
そんな彼女らはほっといて、ゴールを見上げた。
私が投げたボールは綺麗な弧を描き、しゅっとネットをすり抜けて地面に落ちた。
ピー!!!
タイマーのけたたましい音が体育館中に響き、あたりは静かになった。
「わーー!!!すごいよ、萌花!スリーポイントだよ!!」
「ぐええっ」
後ろから飛びついた真子はきゃっきゃ楽しそう。
……こっちはハラハラしたってのに……てか、苦しい!
それに、急にパスなんか送るんじゃないよ!
チラッと周りを見渡せば、同じチームだった子は目をまんまるにしながら手を叩いていて、敵チームの子は悔しそうにこちらを見ていた。
私と目が合うなり、彼女たちは気まずそうに視線を逸らした。
「ちょっと!あんたさっき、わざと萌花にぶつかったでしょ!」
真子が声を荒げる。
「ちょ、真子」
たぶん、敵チームのリーダーの子だっけ。
真子に聞き耳も持たず、隣のコートへ行ってしまった。
時計を見やれば、授業終了5分前だった。
楽しい体育の時間が終わってしまう。
内容が特技のバスケだから、ってのもあるかもしれないけど、この時間は私は好きだ。
「感じ悪!謝らないとか何なん!」
列に並ぶため、体育館の中心に集まりながらまだ真子は納得いかないそう。
「真子、もういいよ。慣れてるから」
「その慣れてるってのが嫌なんよ」
「それはごめん」
「いやあんたじゃないから」
「喋ってないで集合!」
女の体育の先生が怒った声で呼びかける。
体育館中に声が響き、ビクッと肩が震え、周りはそそくさと列を作る。
……ひえっ、怖い……
先生の視線は私たち……ではなく、私たちの前に歩く敵チームのグループだった。
横目で真子と視線を交わし、ふう、と一息。
先生のちょーっと長い、ありがたーい話が終わり、解散。
水筒を取りに行こうと、ステージの方へ向かうと先生に呼び止められた。
何を言われるのだろう、と思わず萎縮してしまう。
「大崎、さっきのスリーポイント良かったぞ」
さっきまでの怖い顔が僅かに緩んだけど、それだけを言い、体育館の外の教官室へ入って行った。
後ろ姿がとてもしゃきっとしていて、しばらくの間見惚れてしまった。
「え、あ、ありがとうございます」
「……反応おっそ。でも先生かっこええ……」
真子が隣で感心する。
私達の担当の体育の先生は学年の間では厳しすぎるって評判で苦手、という印象をもつ生徒がほとんどらしいけど、私はその厳しさが好きだったりする。
というのも、去年まで先生が顧問のバスケ部に入ってて、よく指導してもらったから。
本当はあまり思い出したくもないのだけど。
……なーんて、余韻に浸ってたら。
「早く出な!閉めるぞ!」
先生の一喝!!
「「はいいいっ!!」」
逃げるように体育館から飛び出た。
「全く……」と先生は呆れつつも、声が優しく聞こえた気がしたのは気のせいにしておいて、だんだんおかしくなって真子と大笑いした。
……そんな様子をあの子が見ていた、なんてことに気づかずに。
ナイスシュート! 陽菜花 @hn0612
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