宝物
第19話
「何を考えてるんだお前は!」
太陽がハルの手を握った翌日の夜。
鏡華は風呂から上がってきた太陽に吠えていた。太陽は何食わぬ顔で牛乳を飲んでいる。
「勝手に望月のボンボンに手を貸したと思えば、今度は元風紀委員長の手助けをして! 何がやりたいのだお前は! 説明しろ!」
本日。
太陽の独断による望月加勢によって、とりあえずは確保された練習場として第二体育館を使おうとすると、野球部の二軍が筋肉トレーニングをしていた。
「いや、自分らもわからないんす。上からここで筋トレしろって言われたんで」
新クラブ活動監視委員長に殴り込むと、「望月正之がそうしろって言ったから」の一点張りで、「文句あるならあいつに言ってくれ」と情けない一言。
「貴様に職務への責任感はないのか!」
と怒鳴ると、「ねぇよ」の一言が帰ってきて、正之に牛耳られている監視員達の士気の低さには驚かされた。が、もっと驚かされたのは自分達剣道部が何故このような憂き目に遭わなければならないかを知った時。
「本当にお前は何がしたいんだ。何を考えてるんだ……」
一頻り怒鳴り散らした後、鏡華は頭を抱えた。
太陽はきな粉を取り出し、「タンパク質補給」と牛乳に混ぜている。
「色々あるが、これだけは聞かせてくれ。どうしてそうもころころ転身する。お前に義理はないのか?」
「望月に刃向かったのが不味かったか?」
「望月に義理立てしろと言ってるわけじゃない。ただ仰ぐ旗をすぐすぐ変えているのが感心しないというのだ。天津家に代々伝わる訓戒を、お前も心得ているだろう」
「なんだっけ?」
「一所懸命」
悪びれもなく忘れている太陽に、ねじ込むにようにして告げる。
「一所懸命――この言葉は一所(ひとところ)に留まりて、命懸けで守るという、武士(もののふ)のあるべき姿を現しているのだ。天津に生きる人間はこの言葉に生きなければならない。そもそも、天津家、天琉の祖は頼朝公に仕えた――聞いているのか?」
牛乳を飲み干してから、太陽はゲップで答えた。
「この……!」
「たまに思うんだが、あんた自分の話に退屈することはないのか?」
「なに!」
「仰ぐ旗は変えちゃいないさ」
「変えてるじゃないか」
「元から望月なんて仰いでない」
「ならどうして望月などに手助けした。言っただろう。天津と望月のことは私達子供とて慎重にならねばならないと」
「すまん。餌に釣られてしまったのだ」
「餌って言うのは――」
胸の内がざわつくのを感じる。胃のあたりがギュウと苦しくなった。
この件に関して、鏡華は嫌な噂を聞いているのだ。
「結局、約束を破られて叶わなかったけど」
「その餌っていうのは……つまり――なんなんだ」
「ん? ああ、望月セ――」
「まてぇ!」
「ふん?」
「待て……」
鏡華は犬を止めるように手を突き出し、己の心中を整える。
深呼吸し、ふっと息を吐き、覚悟を決めた。
「望月セイラか」
「おう」
「なんでだ!」
整え、覚悟を決めた心中は無残にも砕け散った。
「なんでよりにもよって望月セイラなんかを――あんな女のどこがいい!」
「あんな女って、あんたの友達だろ」
「上っ面だけの付き合いだ! 言っておくがあの女、最悪だぞ。人を人とも思っていない。自分以外、価値を認めてない、全世界を見下ろしているような女だ。そりゃ、見てくれはいいが、それでもあんな中身を抱えてるのなら羊頭狗肉もいいところだ」
「見てくれがよければ問題なし」
「その見てくれがあっても余りある中身を持っているんだ、あの女は!」
「中身なんか関係あるか。女は顔と体だ」
「なっ!」
「なにも仲良くおつき合いしたいと言っているわけじゃない。俺はあの女を抱きたいと言っているんだ」
「な、う、ぐ……!」
鏡華は窒息しかけた。
「言うなればこいつは決闘だな」
「……決闘?」
「男は叩き切る。女は抱く。それが俺の剣だぜ」
だから今回、賀来隼人を切れたから半分満足なのだと言う。
(こいつはなんて……)
単純な生き物なのだろう。
世界を真っ二つにする線を引き、勝つか負けるかで人を二分しているのだから。
「それで……今は元風紀委員長と一緒にいるのは、今度はあいつが望月セイラとのことを約束したのか? また懲りずにそれを信じたのか?」
鏡華は目の前の少年につきあうことに疲れを感じながらも続けた。
「いんや」
「なんだ、あいつは約束しなかったのか。ならどうして」
「俺はまだあいつを切っていないからな」
何か思い出すことがあるようで、太陽が楽しそうに笑う。
「切ってないって……あれは別に強い者でもないだろう。賀来隼人に守られていただけの存在では?」
「いやぁ、あれは中々切れん」
太陽はあくまで一人楽しそうに笑っていた。
■
太陽の裏切りを知って正之が最初にしたことは、風紀委員長室兼クラブ活動監視委員長室から、ハルの私物を締め出すことだった。それもわざわざ何もかも壊した後に。
そのように使える物をゴミに変えてから部屋の前に積み上げ、ハルを呼びだして引き取らせようとした。
「ガキの癇癪につきあってられるか」
だがハルが自分のものではないと主張したために、引き取り手もなく、ハルに引き取らせる強制力も欠き、結局、積み上げた風紀委員達が廃品回収の手配をさせられた。
「くそう!」
正之は苛立ちにまかせ、唯一締め出さなかったハルの私物であるデスクを叩いた。他の物は怒りのままに全て破壊してしまったので、デスクの上は妙にこざっぱりしている。
「正之くん、まずいよ。天津太陽をとられたら、僕達まで狙われちゃうよ」
「どういうことだよ! あいつが寝返るなんて聞いてねぇぞ!」
デスクの向こうには顔面蒼白のトコロテンと、腕を吊った原田が半狂乱に迫ってきている。
「春乃風太は性格が悪いことで有名だからね。必ず仕返しをしてくるはずだよ!」
「天津太陽はお前が手懐けたんじゃなかったのかよ!」
「あー襲われちゃう! 襲われちゃう! どうしよう、どうしよう!」
「天津がいたんじゃあいつに手が出せねぇよ! どうすんだよ!」
「うるさああああい! 黙れええええ!」
二人に喚かれて、正之は破裂した。
「天津太陽がなんだ、春乃風太がなんだ! 僕は望月だぞ! 僕に指図するな! 僕に怒鳴るな! 僕は望月なんだぞ! 僕に逆らって良いと思ってるのか!」
正之の怒声――と言うよりは癇癪に、トコロテンと原田が目を点にする。
「言いつけてやる」
「へ?」
トコロテンが目を丸くしたまま首を傾げる。
「言いつけてやる! 皆お母様に言いつけてやる! お前も、お前もだ!」
「ええ! どうして!」
「なんでだよ!」
「うるさい! うるさい、うるさい、うるさい! 何ででもだ! 言いつけてこの町から消してやる! 追い出してやるんだ!」
正之は半狂乱になって喚き散らしながら、何か手にとって投げられるものを探した。が、何もかもハルが憎くて捨ててしまい、手元で掴めるようなものはない。
「うわあああ!」
正之は怒りが収まらず立ち上がり、戸棚に資料を綴じて並べてあるファイルを無造作に掻き出して、中身を手にとって破いていく。
「ま、正之くん……」
「お、おい……」
「うるさい! 僕に逆らうな! 僕に指図するな! 言いつけてやる! お母様に言いつけてやるんだ! クズ共め! 虫けらのくせに! くそおお!」
三冊のファイルを切り裂いたところで、正之は息を切らし、手をとめた。だが怒りは収まらない。どころか体が疲れてついてこなくなったせいで、余計に腹の底は怒りに満ちた。
ただし、それはもう癇癪を起すだけの怒りではなく、目標を傷つけずにはいられない憎しみに変わっていた。
「トコロテン」
「な、なにかな」
「あいつを殺す作戦を考えろ」
「え?」
「春乃風太を殺す作戦を考えろ! 今すぐ! ボクシング部、お前もだ!」
「そ、そんなすぐに言われても」
「そうだぜ、あいつには天津が――」
「今すぐと言ったんだ! 黙ってやらないとお前達も痛いめにあわせるぞ! 早くやれ!」
正之が怒鳴ると、二人は目をあわし、それぞれウンウンと唸り始める。
「思いついたか」
「ま、待ってよ正之くん」
「そんなすぐには出ねぇよ」
「だったら無駄口叩いてないで早くしろ! 鈍間、愚図ども!」
「…………」
「…………」
「何を見てるんだ! さっさとしろ! でないとお前達からお母様に言いつけてこの町から蹴りだすぞ!」
「だったらその自慢のお母様に頼めばいいじゃねぇかよ、最初から……」
原田が横を向いて漏らす。
「なんだと!」
「なんでもねぇよ」
「もう一回言ってみろ! お前、僕を馬鹿に――」
「正之くん!」
トコロテンが遮る。
振り返ると、トコロテンが目を輝かせていた。
「かなり良いこと思いついちゃったかもしれないよ」
「ほう……どんなだ」
「うん。これが成功すればね、春乃風太にとても大きなダメージを与えられると思うよ」
心に、とトコロテンはつけ加えた。
その日の放課後、正之は賀来を見舞い退学処分を解いた。
自らの〝懐刀〟とするために――。
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