第18話

「えらく熱心に追いかけてきたな。俺に会いたかったか? モヒカン」


「な、なんで天津が……」


「あいつは何処行ったんだよ!」


「これどういうことっすか、原田くん!」


(あの角だ……)


 最後の角で、入れかわったのだ。


「嵌められた!」


 原田は叫ぶと急旋回し、仲間を押しのけ、入り口へと駆け戻った。


(殺される……!)


 何としてもここから脱出しなければ。入り口から二十メートルほど離れている。

 たった二十メートル。

 逃げ切れる。

 が、その希望は塞がれる。


「な……!」


 入り口の明りが、月が欠けていくように閉じていく。切り通しの中に、錆びた金属音が響きわたる。ガシャン! とけたたましい音を立てて、入り口は閉じられた。


「誰だ! ふざけんな! 開けろ!」


 取りつき、分厚い鉄の扉を殴る。扉はビクともせず、ただ切り通しの中に原田が殴る音が虚しく響きわたった。それは雨天時に通行禁止をはかる扉であった。


「なんだよ原田、どういうことだよ!」


「早く開けろって! 後ろから来てんだよ!」


 カツ、カツ、と太陽が歩み寄ってくる足音が聞こえる。


「おいふざけんな! 誰だ! 殺すぞ!」


 原田は思いっきり扉を殴った。


「届かないんだよ」


 聞こえてきたのはハルの声。


「言っただろう。あんたらがはしゃげるのはあの日が最後だとな。忘れたのか?」


「テメェ! コラ! 開けろ! 出せえ!」


「出してやるさ。ただその前に二三骨を折ってもらえ」


 ガ、と再び鈍い音が聞こえ、仲間の悲鳴があがる。追撃があるようで、悲鳴はエコーを繰りかえし、切り通しの中を震わせた。


「お前、こんな、こんな……! 酷すぎる!」


 原田は必死になって扉を叩いた。仲間達も扉にとりつき、叩き、蹴りあげる。


「あいつに木刀で殴られたら、本当に骨が折れちまうよ!」


「だからそうしてもらえと言っている」


「そんな、お前、そんなの……! あんまりじゃないか!」


「安心しろ。頭は避けてやるように言ってある。死にはせん」


「おい! 頼むよ! 頼む、許してくれえ!」


「無論、許すさ。あんたら如き、いつまでも相手にしてられんからな」


「じゃあ開けてくれ! 頼む! 天津に止まるよう言ってくれ!」


 ぎゃあ! 新たな悲鳴のあと、再び誰かが滅多打ちにされる音が背後で聞こえてくる。

 原田は恐怖で唇が震え出すのを感じた。真後ろにある黒い暴力。それが背中の皮一枚先に迫っているのを感じるのだ。

 残った仲間と二人で、狂ったようにドアを叩く。


「頼む! 頼む許してくれぇ!」


「お願いします! お願いします! お願いします!」


「原田、前を向け」


 ハルの声が言った。


「頼む! 頼む!」


「背に刀傷なんてうけるな。前を向いて切り捨てられろ」


「頼むううう!」


「うっ」


 隣にいた最後の一人が短い悲鳴をあげ、転がる。ガ、ガ、と追い打ちの音も続く。


「頼む! 許してくれ! 助けてえええ!」


 恐怖で足が震え、立てなくなってきた。


「原田、一度だけ言う。俺はあんたを許さん。ちびった小便に塗れて土下座したって許すことはできん。言ったかどうか忘れたから、改めて言ってやるから聞け」


 扉の向こうのハルの声は、抑制がきいて冷たい。自分が殴られ、痛めつけられるのを悟っていたあの日と同じように、ただ淡々と告げてくる。


「俺はやると言ったらやる。俺の絶対は絶対だ。俺は自分の言葉を濁しはしない」


「そんな……」


「前を向け、原田。お前も男なら格好をつけろ」


「いやだ! いやだ! いやだああ!」


「前を向け! 原田! 背中を殴られるな!」 


「いやだあ――うっ」


 原田の泣き声は途絶えた。


 ■


 太陽が原田を打ちのめすと同時に、目の前の扉が開いた。スッと涼しい風が香る。切り通しから出ると、月がでていた。


「いいのか、この程度で」


 太陽はハルに尋ねた。

 ハルは扉の開閉に力を使い果たしたようで、ぐったりと腰をおろしている。不機嫌な「どうでもいいさ」という声が返ってきた。


「骨に響いたか? 腕と脇腹はいかれてるだろ」


 ハルの歩き方を見て太陽は悟っていた。隠そうとしても、痛みに体が反応してしまっている。


「まぶたの腫れは血を抜いたのか。化粧もしてる」


「……黙ってろ」


 太陽の読みでは、ハルは病院に行っていない。折れた骨の処理もしていないはずだ。

 折れた骨を継ぐより先に、ハルは腫れた顔を切って血を抜き、化粧をはたいて見た目を繕った。何事も無かったように見せるために。

 虚勢。

 普通の感覚から言えばあまりに馬鹿げている。ただ、太陽にはその感覚がわかった。

 それでこの男達が釣れたのだから、ハルの虚勢は虚ではなく実を得たのだ。

 ハルが立ちあがる。立ちあがると倒れる原田を見下ろした。


「結局、背中を切られやがったか」


 ハルがぽつりと漏らす。その声はどこか寂しそうでもあった。


「あんたも殴ればいい。倍返しするって言ってただろ?」


「もういいさ」


「殴られっぱなしでいいのか?」


「お前がやったんだ。雑魚の十発や二十発よりよっぽど痛かったはずだ。俺は〝本物〟ってやつが、偽物の何倍も痛いってことを知ってる。賀来の蹴りもそうだった」


「まぁな」


「しかし実際、どうしてあんなに痛いものかな? 本物の一撃ってのは」


「簡単なことだぜ。俺も奴さんも、殴られたことがある。やられたことがあるから、どうすれば人間の体が痛むのかよくわかってるんだ。俺は十を数えるまでに、ほとんどの骨をクソジジイに叩き折られたものだ」


「ふん、なるほど。だったら俺の一撃も痛いものかな?」


「あんたの? そりゃどうかな。あんたはよわ――」


 い、と舌の上では続けていた。

 だが、それが目の前に散った火花によって打ち消される。

 鼻の奥のしびれがあふれ出す。太陽は尻餅をつき、鼻血を垂らしながら、自分を殴ったハルを見上げていた。


「痛いか?」


 ハルが問うてくる。


「俺の一撃はどうだった? 弱くて話にならんか? 理屈ではわかっているが、腹の虫が治まらん。賀来の分だ、釣りはとっておけ」


「あんた、俺を殴って大丈夫かよ」


 鼻血を拭うのも忘れて、太陽は純粋に驚き尋ねた。虎に猫が噛みついたようなものだ。噛みついた後、どうするつもりなのだろうか。


「仕返しするか? やりたきゃやるがいい」


「簡単に言うがな、俺の一撃はあんたの小突きと一緒じゃないぜ? ただじゃすまない」


「ただで済もうって腹づもりなら、お前を殴ったりするかよ」


「覚悟の上ってわけか」


 太陽は飛び起きて、剣を構える。ハルは逃げる様子もなく、じっと睨んできた。


「痛いぜ」


 太陽は唇にたれてきた鼻血を感じながら、にやりと笑ってみせた。


「痛いだろうよ」


 だがな、とハルが続ける。


「所詮、痛いって程度だ。お前の剣は」


「ふん?」


「骨は折れるかもしれんし、気は失うかもしれん。脳天に振りおろされれば死ぬことだってあるだろう。だがな、やっぱり痛いって程度だよ、お前の剣は」


「…………」


「お前じゃ人は切れん」


「何を言ってる」


「お前の力はただの暴力で、人の表面を傷つけるばかりだ。命には届かん」


「御託はいらん」


 太陽は構えを大上段に移す。


「証明してみろ」


 天を指していた切っ先を、ハルの額めがけて打ち下ろす。

 ハルの目がカッと見開かれ、体が震えるように強ばるのが太陽には見えた。

 太陽は本当に打ち下ろすつもりだった。もし、ハルが少しでも避ける素振りをしたならば、その動きを打ち砕く勢いで。

 ハルの額が割れる。

 ピッと鮮血が夜の闇に飛び散った。

 額を割られたハルが、太陽を睨み続ける。

 噛みしめた歯をむき出し、瞳を震わせ体を硬直させながらも、その場を退かなかった。

 ハルの額からは血が流れ続ける。しかしその血は皮膚一枚を切り裂いた傷からのもの。太陽はギリギリで、右足を引いて間合いを広げていた。


「やるな、あんた」


 太陽は構えを崩した。もう刀を振るう気はなかった。


「当たり前だ」


 ハルがうなり声のようにして告げてくる。


「ここが要とわからんヌケ作なら、お前を扱えるかよ」


 昨日の夜更け。

 太陽のもとにはハルから電話が入っていた。


『俺の仲間になれ。お前を使えるのは俺だ。あいつじゃない』


 太陽は眠たかったのもあって、その電話は適当に返事をして切った。

 翌日の今日。

 確かに前雇い主である正之は器でないことはわかった。だが、太陽はハルがそこまでの男とも思っていなかった。自分を刀として、その柄を握らせる相手ほどとは。

 だから試してやるつもりだった。

 ハルはそんな太陽の心中をわかっていたのだろう。

 だから、これが〝要〟だったのだ。自分達の関係をはっきりさせるための。ハルはあくまで主導権を譲るつもりはない。自分が刀の柄を握る。例え殺されても。そう言ってきたのだ。


「格好つけだな、あんた」


「男は格好をつけるもんだ」


「命をかけて格好をつけたか」


「格好は命をかけてつけるもんなんだよ」


 ハルの物言いに、太陽は可笑しくなって笑ってしまう。


「まぁそうかもしらん。だけどそれだけの価値あるものを手に入れたよ、あんた」


 ハルに手を差し出す。


「俺は天下の名刀だぜ」

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