私の知らない思い出
授業が終わり放課後、帰り支度をしていると、真人と夏の声が耳に入った。
二人は机を挟んで話しているようで、私はつい会話に意識を向けてしまう。
「まーくんは部活とか入ってるの?」
「一応、入ってるよ。」
「何部?」
「美術部。」
「あ、そういえば昔から絵が上手だったもんね、まーくん。」
「そうでもないけど。」
真人は満更でもなさそうに頭を掻く。その仕草に、無性に苛立ちを覚えた。
「鼻の下なんか伸ばしちゃって、本当にいやらしい奴。」
思わず嫌味を口にすると、真人が慌てて振り向く。
「別に伸ばしてないし!褒められたら普通に嬉しいだろ。」
「ふん、調子に乗んなよな。」
真人が何か言い返そうとしたが、私はそっぽを向いて知らん顔をする。夏がその場を和らげようと話題を変えたのが聞こえたが、もう耳を貸す気にはなれなかった。
支度を終えると私は立ち上がり、教室を出る。背後で真人と夏の笑い声が響く中、誰も私を引き止めようとはしなかった。
軽音部の部室
部室の扉を開けると、瑠璃が中にいた。
「よっす。」
「ん。」
そっけない返事をする私を見て、瑠璃は何かを察したのか、お菓子の袋を鞄から取り出して差し出してくる。
「食べる?」
「いらない。」
瑠璃は気にする様子もなく、自分でお菓子を食べ始めた。
「翔先輩は?」
「あっち。」
指をさした先には椅子に座った翔先輩――軽音部の部長、古市翔の姿があった。逆さまの雑誌を真剣な顔で読んでいる。
「何してるんですか?」
「文字が逆さまに見えるんだ。」
「普通に本が逆さまなんですよ。」
「……。」
和也先輩はしばらく考えたあと、何を思ったのか、自分の首を傾けて雑誌を読もうとした。
「ほんと、変わらないなあ。」
この人は一言で言えば「ちっちゃな変人」だ。でもその容姿は非の打ち所がなく、黙っていれば歩くたびに注目を浴びるほどのイケメン。それだけに、この残念な部分とのギャップがひどい。
ギターを手に取ると、瑠璃が言う。
「なんか弾いてよ。気分転換になるでしょ?」
「……うん。」
弦を一つ一つ調整しながら、心が少しだけ落ち着いていくのを感じた。翔先輩も雑誌を放り出し、演奏の準備が整うのを待っている。
ギターの音が部屋に響く。柔らかく、穏やかなメロディーが空間を包む。
演奏しながら、私は自然と幼い頃の記憶に思いを馳せていた。
あの頃、真人と私はいつも一緒にいた。私が内気で話しかけられないときは、真人が声をかけてくれた。泣き虫だった私を励まそうと、真人が必死で笑わせてくれた日々が脳裏をよぎる。
夏が現れたのは、小学校三年の頃。真人と同じクラスになり、自然と私も二人と遊ぶようになった。けれどその関係は、中学を前に夏が転校したことで一度途切れた。
夏が去ったあの日、真人はひどく落ち込んでいた。あの様子を思い出すと、胸の奥がざわつく。あの二人には、私が知らない特別な何かがあったのだろうか。
「比呂?」
瑠璃の声で、我に返る。
「なに?」
「いや、良いところで演奏が終わったから。ありがとうね。」
瑠璃は優しく微笑む。その顔を見るのが少しだけつらくて、視線をギターに落とした。
ギターの弦を軽く弾くと、小さな音が空間に響く。
真人と夏の楽しそうな姿が、どうしても頭から離れない。
あの二人は、昔からきっと――。
私はその先の考えを振り払うように、もう一度ギターの音に集中した。
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