ep.113 これって許されますか?
パンツ騒動によって、束の間であったが、思いもよらない聖樹様との再会ができた。そして、パンツも無事、穿き替えることができた。
うん、これだけ聞くと、なんだか俺が聖樹様と、木の陰で良からぬことを致しちゃったみたいに聞こえるな……。ぶるるっ、なんか寒気がしてきた。
あれっ!? もうこんな時間か? そういや最近、あんま時計を見なくなってたか。うっかりしてた。それにしても随分と日が長くなったもんだ。
町の人たちにしても、日の傾き加減で行動を決める感じの生活だったからね。いつの間にか俺も釣られてた。
さて、どうすっぺ? もう十分いい時刻ではあるんだけど……。ここでシェルタードームを造るとなると、さっき木の陰で着替えたのが馬鹿みたいに思えてくる。
でも、ここなら聖樹様がまた顔を出してくるかもしれないし……。いや、あんなことがあった後だ。さすがにそれはないか。んじゃ、もうちょこっとだけ先に進んでおこう。
といっても、ここから先、もう平らなようだ。またスキーを外しての歩きだな。
プラウドさんの話だと、山を下りきってから次の街までは、馬車で二日程度と言ってたから、俺たちの歩みでも大体同じくらいか。なら、あんま無理して進むこともない。
もう少し先に進めば、なだらかな平地が広がってるみたいだし、今夜はその辺りで良さげなところを見つけて泊まるとしよう。
『ユタンちゃん、スキーを外しちゃうからちょっと出てきてくれる?』
「らじゃー」
んじゃ早速、【歩いてくボックス】を平地仕様に戻しちまおう。
──こんなもんかな。接合部も元通りのきれいな状態になった。
ほんのちょっとだけだけど、また旅の再開だ。
野営地に相応しい場所を探すべく、しばし歩きで進む。
おお、この辺からいい感じで開けてるなぁ。
でも、あんま先まで行くと、畑に突入しちまう。あの畑のちょっと手前くらいの空き地で、今日の旅は終わりにしよう。
はてさて、この辺では何を栽培しているのやら。ある程度育っていれば、葉っぱの形とかで、なんとか予測がつくものもあったりするんだけど。ああいった作付けしたばかりの畑を見ても、俺なんかじゃ、さっぱりだ。
こうやって【水反鏡】で拡大してみても……って、ラッキー! あの双葉の分厚い感じ、あれならわかる。きっと枝豆……いや、大豆畑だ。
枝豆ならベランダで育てようとしたことがあったからな……はあ、あんときは水の遣りすぎか、掛けっ放しにしたビニールシートのせいで、葉がめっちゃ黴びた。大失敗した経験あるから、よ〜く覚えてる。
しっかし、ここいらにしても、随分と大規模な農地なんだな。こんなだだっ広いところをいったい何人で管理してるんだ? はあ、大変だねぇ。ほんと農家さんには頭が上がらないよ。ありがたや、ありがたや。
一度でも野菜を育ててみると、その手間の多さが身に染みる。そういや、あれ以来、単なる金銭価値だけで、野菜を粗雑に扱うことも無くなったな。
それでも、スーパーで野菜を買うとき、値段がちょっと上がると、ついつい「高くなったなぁ」なんて愚痴っちゃうんだけど……。実際、自分で作るとなると、手間もコストも馬鹿にならないのに。
とはいえ、あまりにも価格が高くなってしまえば、こちらとしても生活が苦しくなるから、それはそれで困るんだよな。なんとか需給バランスが取れて、ウィンウィンの関係が維持できればいいんだけど……なかなかね。
農作物は天候に左右されるから、豊作になったり、凶作になったりと、工業製品と違って供給が安定しないから難しいよな。豊作になったらなったで潰される作物を見ると、悲しくなっちゃう──世の中、ほんと上手くいかねぇって。
農家さん、いつも美味しい食材、ありがとうごぜえますだ。
さてと、そんな農家のみなさんから警戒されないよう、この辺で歩みを止めておかないと。畑泥棒じゃないっすよ。
「お疲れさん」
「結構いいペースで進めたわね」
「かいちょう」
そうだよな。快調も快調、怪鳥ロプ■スだね。とはいえ、海が遠いから、さすがに海潮は感じられないし、海鳥もこの辺では見かけない。
「……」
いや、わかってますって! スプライト会長。ユタン係長が大好きなのが、パステルカラーの階調だってことくらい。
それにしても、さっきお会いした聖樹様の快い諧調の御声をまた聞きたい。それでも、俺が本当に欲しているのは、スプライトの秘ぶつのご開帳なんだけど。
「……」
うん、さすがにやりすぎた。
はは、快調の方ね……思えば、旅の最中、雨に降られたのって、今まで一度っきりか。夜寝てる間に降られたことなら、何度かあったようだけど。
こんな長距離の移動中に一度きりだなんて、僕ちゃんったら、な〜んて晴れ男なんでしょう!
いや、どっちかって言うと、スプライトかユタンちゃんが晴れ女のイメージ強いか。
あっ! 晴れと言えば、晴れ着なんかも絶対に似合いそうだよな、二人とも。
んっ!? 晴れ着って、別に着物とは限らないのか……でも、振り袖着たスプライトなんか、凄まじいまでのきれいさだろう。ユタンちゃんのちっちゃな振り袖姿だって、負けず劣らず猛烈なかわいさだろうし。
だ、だめだ。着物のつくりに関して、なにがどうなってるのかワカラン。
そもそも、着付けなんて知らんから、着物があったところで、俺には着せることもできん。必然、脱がすことも……む、無念だ。くぅ、もっと勉強しとくべきだったぁ。
あ、これって、成人式のときにも思ってたやつだ。ははは、なんも成長しとらんのぉ……俺って、やつは。
「あぁーれぇーっ」とかの帯をほどく遊び、スプライトとしたかったのにぃ。まあ、適当に頭の中だけで楽しんでおこうっと。ムフフ、イメージ、イメージ。
「また嫌らしいこと考えてるんでしょ。ほんと、しょうがない人ねぇ」
「ひとねえ」
「いやいや、これは、魔法の訓練の一環でもあるから」
「またそんなこと言って……そんなわけ」
「あるの。それに、君たちのせいでもある」
「なんであたしたちが悪いことになってんのよ!?」
「てんのよ」
「いや、別に悪いとは言ってない。きれいすぎるせい、かわいすぎるせいだと言ってるだけ。そこは、俺にはどうすることもできないから致し方がない」
「まあ」
「あま」
ったく、なに言わせるんですか? なに、はにかんじゃってるんですか? かわいいじゃないですか? 襲っちゃいますよ。今は襲えませんけど。
「あほ」
う、巧い! ユタンちゃん、まさかこの前教えたばっかの平仮名の形をここまで理解した上で操るとは……天才か!? 天才だ。完敗でござんす。
「ぶい」
さて、シェルタードームぶっ建てて、ゆっくり休もう。
いや、待てよ。今日は魔物に遭遇したんだった。全身しっかりと汚れを落としておかないとダメか。魔物化の原因もワカランことだし。なら、いいよな?
ということで、お風呂タ〜イム!
さて、今回は、なにで楽しもう? 汗や汚れは、きっちり落とすとして……そうだ! ユタンちゃんを泡まみれにしてやったら喜びそうだな。それに、スプライトを泡まみれにするのもいい。すんごくいいじゃん。
あはは、楽しそう。
さあ、風呂入ろ。
──結局、風呂中、泡まみれにして遊んだ。結構、泡切れが悪くて、後始末が大変だったけど。
スプライトの泡装備が強烈だったことだけは付け足しておく。まじ心臓破裂するかと思ったよ……。
気持ちよく汗を流した後は、よく冷えたコーヒー牛乳がめっさ旨い! うん、杖から出したミルクにコーヒー加えて急速冷却したやつだ。
でも、ちゃんと牛乳瓶は作ったもんね。雰囲気はばっちりだもんね。
「あはは、ユタンちゃん、ほらっ、鏡を見てごらん。口の周りに立派なお髭ができてるぞ」
ユタンちゃんをドレッサーの鏡の前に掲げ、顔が見やすいようにしてあげた。
目をぱちくりさせてるのが、なんともかわいい。ふふ、満更でもなさそうな顔してるけど、それ気に入ったの? でも、拭いちゃうからね。
「いやいや、そんな悲しそうな顔しないでぇ。放っておくと、たぶん顔が痒くなっちゃうよ。それに雑巾みたいに臭くなってきちゃうから」
「むう」
「ほらほら、ユタン怒らないの。本当に臭くなると思うわよ。この人だって、こういうことでは嘘は言わないでしょ」
「わかい」
若い? まあ、立派なミルクお髭は拭っちゃったからね。今まで通り、若い……って、違うか。ああ、和解の方ね。
「それじゃあ、仲直りの握手しよっか?」
俺の差し出した手のひらをユタンちゃんが首を傾げながら眺めてる。
おっと、これも説明必要なのね。
「俺のいた世界では仲直りをするときとか、協力するときの証に、互いの手を握り合う習慣があるんだよ。他にも、普通に挨拶のときだったり、親愛とか友好を示す印としてもね。それが握手」
「あくしゅ」
俺の小指をちょこんと握り返してくれたユタンちゃん。
はは、まるで赤ちゃんに手を握られてるみた〜い。ふふふ、これで元通りの仲良しさんなぁ。
「んっ」
な、なんですか? スプライトさん、その手は。えっと……間違いなく俺と握手したいということですよね?
「んっ!」
ほんとにいいのかな?
「んんっ!!」
な、なんか、こうして改まると、もの凄く緊張するんですけど……たかが握手なのに……。
「なによ!? あたしとじゃ、嫌なの?」
「いやいや、スプライトと握手をするのが嫌なわけないじゃない。むしろ、したいです。でも、なんか恥ずかしいじゃん? ほらっ、おまえだって、顔真っ赤だぞ」
差し出した手まで震えてるやん。めっちゃ、かわええがな。
「もう、焦らさないでよ。早くぅ」
いいねぇ、その言葉。ああ、もう一回言って欲しい、できたらベッドの上で……って、この辺までかな。仕方ない……あ、握手しちゃいますよ? くっ、まじ恥ずかしいな。まるでモテなかった中坊の頃みてえだ。
「んじゃ、握手な」
「ぅん」
うひゃっ!? なにこれ?
女の子の手のひらって、こんなにも柔らかいもの? ……いやいや、嘘だね、そんなわけあるか。今までだって女の子と手ぐらい繋いだことあるわい……でも、まるで違う。ふっひゃあ。
ちょっと触れただけで、こんなにも……これほどの感触って……まじか? ああ、放したくない! これ絶対に離れたくないやつ。
こりゃ、たまらん……なんとか、もう少しの間だけでも、このままで。ど、どうすれば……考えろ、俺。ああ、そうだった!
「ここをこうやってだな。指同士を互い違いに握り合うのが恋人繋ぎって言うんだよ」
って、俺、なにしてんの? は、はずっ、恥ずかしぃんですけどぉ……。
おい、スプライトもなんか言えよ。気まずいだろっ!? ……って、ズルいぞ。なんだよ? その表情……まじ、きゃわいい。
はあ〜、なんか学生時代を思い出す。俺にも初初しかったときぐらいあったんだぞ。
身体が若返ったせいか、こんなことでドキドキしちゃうなんて。でも、こんな新鮮な感覚だったんだな。そういや、ずっと忘れてたよ。
にしても、結婚してなくてよかったぁ。老いらくの恋とかって大変らしいからね。もし日本に奥さん残してきたのなら、これなんかも浮気と見なされちゃうかも。
手を握っただけでも、奥さんなら怒りそうだもんな。下手にエッチするより、恋人繋ぎの方が精神的な繋がりが強そうな分、むしろ気持ち的な裏切りとしては、こっちの方が罪が重かったりして……。
こんな感じで物思いに耽る振りをしつつ、ずっと手を握ったままなんですけど……これって許されますか? 怒られるやつですか?
……この辺が潮時か。もういい加減、手を離しておかないと。
「あっ」
いやいや、離した瞬間にそんなの……反則だよぅ。そんな残念そうな表情浮かべるなんて。
ああ、こういう初な反応って、きっと今だけだ。女の子は心の成長も早いから、すぐに見ることができなくなっちゃう。ちゃんと記憶しておかないと。
そういや、学生時代の男なんて、女の子に恋愛で置いてきぼり食ってばかりだったものな。
まさか、おっさんとかが若い女の子に目が行きがちなのって、そんな学生時代のトラウマか!? それを取り返そうとした結果だったりして……。いや、それはないか。単に俺と一緒で、スケベなだけだ。
あぁ、でも、あおはるな体験させてくれて、ありがとな。スプライトさんや。
「ばかぁ……知らなぃ」
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