第14話 じゃあ似合ってる

 翌日。

 正華に言われた通り、俺は駅前のベンチに座っていた。


 時刻は午後の12時50分。

 ちょいとばかし早くに来すぎた気もするが、尾行するのならこんなもんだろう。


 チラッと辺りを見渡してみれば、正華らしい人物はどこにもいない。

 ……けど、俺なんかよりも先に到着している見知った人物がそこにはいた。


(いつ来たんだよ……)


 暗闇のスマホを何度も眺めては、髪をイジイジ。


 何度も服の同じところを触って、付いてるのか付いているのかもわからないゴミを払いのける。


 そんな人物は、言わずもがなのヒロイン。


 くるくると体を動かして身だしなみを確認しているが、親友キャラの俺から言おう。


「似合ってんな」


 ベースにしたジーンズに、半袖の白Tをイン。

 それだけでも様になっているというのに、さらに味をつけるのが白Tの上に着ている黒のニットベスト。


 耳についているのはイヤリングだろうか。

 光り輝く青の宝石が良い意味で目立つ。


 いわば今、あのヒロインが着こなしているのはボーイッシュコーデというやつだろう。

 長いはずの黒髪をポニーテールに結び、子供っぽさが溢れる中でのあの大人っぽいイヤリングなのだ。似合うといったらありゃしない。


 そして更に付け加えるのならあの手に持った黒いカバン――


「似合ってるって?ありがとう」


 まるで俺の思考を遮るように肩を掴んできたのは、あのヒロインの親友役。


「……お前じゃねーよ」


 誇らしげに胸を張る親友役――正華に目を細めてやれば、「いや?」と口を開いた。


「あれ、私がコーディネイトしたんだよね」

「その格好のやつが?」

「この格好は尾行用よ」


 いま目の前にいるのは、なんともまぁパッとしない格好の少女。


 黒色のワイドパンツに、文字が書かれた灰色のスウェットをイン。

 そして日焼けのためにか、マリンキャップを深く頭、薄い羽織物を肩にかけていた。


 別に似合ってないと言えば嘘になるのだが、それでもこの顔をもっと有効活用できたはずだ。


「あ、これってあれか?似合ってるって言ったほうが良いやつか?」

「うん」

「じゃあ似合ってる」

「ちなみになんだけど、失礼だとは思わないの?」

「思わん」

「あっそ。そんなのだから彼女どころか友達もできないんでしょ」

「え、いま俺皮肉言われてんのか?」

「言ってる。なんなら今ここで叩いてあげたいぐらいには怒ってる」

「お、怒りをものにしたんだな。おめでとう」

「ありがとう。ビンタしていい?」

「ダメだ」


 今か今かと手を擦り始めて準備を始める正華だが、当然のように拒否する。


 別に似合っているという言葉に嘘偽りはない。

 確かにもっと活かせるとは思ったが、それでもこいつは顔が良い。


 大体の服は様になるというものだ。


「あ、ついに主人公のお出ましだぞ」


 話を逸らすように五月女さんに目を向けてみれば、遠くから走ってくる水城の姿。


 さすがは学力の代わりに、運動に全振りした水城。

 息を切らせるどころか、颯爽と人と人の間を潜り抜け、一瞬で五月女さんの前へとたどり着く。


 パクパクと口を開いてなにを言っているのかは分からんが、多分『急がなくてもよかったのに』とかなんだとか言ってるんだろう。


 カバンからハンカチを取り出し、水城の首筋に当てる五月女さん。

 刹那に水城の頬が赤くなるが、照れくさそうにしながらもしっかりとハンカチを受け取った。


「――はい」

「……別に汗かいてないんだが」

「羨ましそうに見てたじゃん。それに真似よ真似」


 不意に首筋に当てられたのは花がらのハンカチ。


 その差し出された腕を目で追ってみれば、辿り着くのはあのヒロインのようにほほ笑みを浮かべる正華の顔。


「真似ならありがたく受け取っとく」

「ん。ちなみに今日はずっと真似するから覚悟しておいてね」

「あいよ」


 そのほほ笑みから発せられる、抑揚のない声。

 氷で鍋をしているような気分になるが、それでも美味しいのは素材がいいからだろう。


 ほんと、生まれる環境が違うかったらこいつがヒロインだっただろうに。


 遠くに見える水城と同じように、汗のない首筋を拭く。

 そうすれば、隣に腰を下ろす正華。


「幸せそうだね」

「ヒロインになりたかったか?」

「一応私も女の子だからね」

「まぁそうか」


 男子がヒーローになりたいと思うように、女子も夢のような恋愛をしてみたいのだろう。


 けど、ほんの少しの歪みで夢は呆気なく散る。

 正華と同じような生活を送ってきた俺だからよく分かる。


 よく分かるからこそ、俺がヒーローにならなくちゃいけない。


 ベンチに落ちていた手を拾い上げる。

 まるで指輪をはめ込むように、ゆっくりと。


「俺の中のヒロインは正華だから安心しろ」


 この世では、誰かを助ければ、その人は誰かのヒーローになる。

 運が絡めば誰だってヒーローになれるチャンスが来るし、運をものにすれば誰だってヒーローになれる。


 ヒロインだってそれと同じだ。

 その人がヒロインだと思えば、相手はヒロインになる。


 単純明快だけど、こんな締結をしなければ絶対に成し得れなかったこと。


 今日ぐらいは正華をヒロインに仕立て上げて過ごしてもいい。

 夢の国があるのだから、ひとつくらい夢を見せてあげてもいい。


「夏階くんもキザなこと言うんだね」

「ラブコメにキザなセリフはつきものだろ」

「それはそうかも」


 ふっと優しく笑った正華は薄く手を浮かせ、そして指を絡ませた。


「それじゃあよろしくね?主人公くん」

「任せろ」


 別にこれは優しさやら哀れみやらではない。

 ただ1人の女の子の夢を叶えてやるヒーロー譚。


 それ以上の気持ちもなければ、それ以下もない。

 正華もそのことはよく分かっているはずだ。


「まぁ最初からマイナスなんだけどね」

「なんでだよ」

「失礼なことばっか言ったから」

「褒めたじゃねーか」

「あれは褒めたうちに入りません」

「主人公役ムズすぎんか?」

「夏階くんが下手すぎるの」


 まるで手の温もりを確かめるように、力を込めたかと思えばすぐに力を抜く。


 なにがしたいのかさっぱりな行動をする正華は、不意に声を上げた。


「あ、今からじゃん」

「今から?」


 そうして正華の視線を追ってみる。


「あー……」


 そこに居たのは、俺達がいとも容易く披露してみせた恋人繋ぎを、真っ赤に顔を染めながら奮闘する2人の姿。


 どちらからともなく手を差し出しているものの、まるで結界が貼られたように近づけないでいる2人の手。

 そこまで行ったのならもう掴めよとは思うものの、これがあいつらのスピードなのだろう。


「真似するんだったら離すか?」

「んーまぁ、私達はいいんじゃない?今更でしょ」

「それはそう。今更あんな初心な反応しろって言われてもムリだ」

「んね」


 そんな小さな言葉を返した正華は、意味もなく手に力を込める。


 これもあのヒロインの『真似』なのだろうか。

 残念ながら俺はヒロインの言動はあまり見てない。


 故に真相は全く持って分からんのだが、腰をくっつけてきた少女を見るに、手を繋ぐ事自体は嫌ではないのだろう。

 というか――


「というかさ正華。最近よく腰くっつけてくるけどなんだ?欲求不満か?」

「……マイナスポイント加速」

「普通に聞いただけなんだが?」

「デリカシーがないからマイナス。でも腰くっつけてるのは無意識。欲求不満かも」

「素直に言うんかい」


 白状したからと言って正華が腰を話すわけでもなく、なんならもっと密着したいと言わんばかりに腰を押し当てる。


「素直に言わないと怒るじゃん」

「別に怒んねーよ。嘘つかれたら嫌なだけ」


 そんな正華を嫌がる素振りも見せない俺も、多分欲求不満なんだろう。


 まぁ、それもそうか。

 あんな家庭で育ったんだから、自分を求めてくれる人が近くにいるのなら甘えてしまうし、否定されないことを知ったらもっと近づきたくなる。


 小さい頃にされなかったことをもっとしてほしい。

 正華は分からないが、少なくとも俺にはその本願がある。


「じゃあ尚更素直に言わなくちゃね。私、口を開けば嘘を並べちゃうから」

「知ってる。でも最初から俺に嘘並べたことないよな」

「ないね。初めて会った時に『あ、この人も同じだ』ってシンパシー感じたから、私が嫌な嘘はつかないようにしてる」

「そりゃどーも」

「いえいえ」


 肩までもがくっついた恋人繋ぎは、今や正華と俺の太ももの上。


 顔なんて見ることはなく、やっと手を触れさせた主人公とヒロインに向けたまま。


 でも、甘えるように力が込められる手。

 そんな手に心地よさすら感じるのは、俺を求めてくれているからだろうか。


「今日こそは一緒に寝てくれる?」

「もちろん」


 その『寝る』という言葉に、どんな意図が込められているのかは分からん。

 分からんけど、ゴムは買っておいたほうが良さそうだ。


「ん、動き出した。俺達も行くか」

「ん?私ってヒロインじゃないの?」

「……ん?」


 ベンチから腰を上げたのは俺だけ。


 しっかりと手を握った正華は腰を上げるわけでもなく、真顔で俺を見上げるだけ。


「いま、私は夏階くんのヒロインなんだよね?」

「そうだな……っておい。まさかとは思うが、なんかキザな言葉を言えってか?」

「うん」

「あれ恥ずいんだよ。できれば言いたくないんだけど」

「ダメ。言って」

「いつもにも増してわがままだな……」


 小さくため息を吐いた俺は、正華の背中に手を回しながら紡ぐ。


「さっさと行くぞアホ」

「…………減点」


 強引に立たされた正華は、不服そうに言う。


 けれど気のせいだろうか?今日1番の力で込められた手の力は、自然と嬉しさを表現している様。


「俺に主人公らしい言葉を求めるんじゃない」


 抱きしめていた正華から離れながら言葉を返してやれば、そっぽを向いた正華は尖らせた口で呟く。


「私の主人公のくせに」

「残念ながらあいつみたいな主人公にはなれません」

「なんでよ」

「主人公適性がないから」

「じゃあなんで私をヒロインにしたの」

「雰囲気が出るかと」

「後先考えずに口走るのは夏階くんの悪いところだよね」

「なんも考えてないのは正華の前でだけだ」

「どうだかね」


 繋いだ手はそのままに、俺達は遠く離れた水城たちを追いかける。


 腰は当てていないものの、肩が触れ合うような距離で。

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