第11話 普通の反応

「おはよう」


 突然視界に入ってきた少女を前に、動きを止めた。


 俺の目がおかしくなければ、今の今までこいつはいなかった。

 じゃあ一体どこから現れたんだ?


「夏階くんの家の方面から来た」

「なぜに?」

「気分?」

「気分で遠回りしてくんな。親友らしくちゃんと五月女さんと2人で来い」

「なんか今日はめんどくさい予感したから先に出た」

「勘が冴えてて良かったですね。絶賛めんどくさい状況です」

「あー……。それじゃあ私は先に学校に――」

「おいごら逃さねーぞ」


 踵を返そうとする正華の肩を掴み、昨夜、見ず知らずの男にされたように肩を組む。


 あの男のように力は入れず、けれど逃さないように。


「あっ!正華ここにいたの!?」

「おはよう」

「おはようじゃない!インターホン押しても出てこないんだから心配したんだからね!?」

「私の記憶が正しかったら連絡したはずだけど」

「それ送られたのインターホン鳴してから!」

「それはごめん。早めに出たよ」

「もう遅いよ!?」


 そんな会話をしながらも、グググッと体に力を入れて逃げを試みようとする正華。


 だが所詮正華の力。

 野郎どもから逃げるために付けた俺の筋肉に適うわけもなく、観念したように腰と腰をくっつけてきた。


「それで?2人が付き合ったってほんと?」

「「……っ!?」」


 正華お得意のお話し逸らしにまんまと引っかかったのは、もちろん五月女さんだけではない。


 すっかり静かになっていた水城までもが息を詰まらせ、どちらからともなく真っ赤にした顔を逸らした。


「分かりやす」

「だよな。でもこう見えて、元々言うつもりだったらしい」

「え、ここで分かってなかったら惚気けられてたの?」

「学校で散々にな」

「ちゃんと気づいてほんとよかった。あと先に出て本当によかった」

「薄情なやつだな」

「ない?夏階くんは羨ましいと思わないわけ?」

「いや思ってる」

「じゃあお互い様じゃん」


 相変わらずの真顔で話し合う俺達に、昨日の気まずさなんてない。


 きっと、童貞処女を捨てたやつらの普通の反応は、今目の前で顔を赤くしてる奴らみたいな感じなのだろう。


 お互いの顔なんてまず見れず、会話すらもままならない。

 それが一般的な反応だと思うし、小説や漫画で身につけた知識でもそうだった。


「それで?付き合ったんだよね?」

「…………はい。付き合いました…………」


 正華が追い打ちをかけるように問いかければ、プシューッと頭部から湯気を出しながら答える五月女さん。


「おめでとう。やっと付き合ったんだね」

「や、やっと!?わ、私……昨日結構頑張ったんだからね……!?」

「昨日の話でしょ?それまでは勇気振り絞ってなかったじゃん」

「な、う……ひ、ひどい……!花王くん!正華がいじめてくる!」

「分かるぞ……!俺も同じこと絢斗に言われたからな……!!」


 そこに恥ずかしさはないのだろうか。

 なぞに身を寄せ合う2人は、威嚇する犬のようにガルルと剥き出した歯を向けてくる。


「同じこと言ったんだ」

「そりゃな。待ちくたびれたってことも言ってやった」

「うわっ、その言葉は言い淀んで正解だった」

「同じこと考えただけで吐き気がする。よかったな。相手が俺で」

「ほんとにね。私が相手で良かったよね。あれを許してあげたんだから」

「…………」


 シワを寄せた眉間を隣に向ければ、そこにあるのはこれ見よがしに釣り上げた頬。


 昨日の発言からして、このニヤつきは演技でもなんでもないのだろう。

 それが帰って苛つくんだが、揚げ足を取られたことのほうが更に苛つく。


「……お前がプロポーズ紛いなことをしたって言ってもいいんだぞ」

「別にいいよ?ダメージ食らうのは夏階くんもだし」

「無敵人間かよ」

「無敵人間です」


 いつか弱みを握ってやる、という決意を心で握った俺は、組んでいた肩を離して、未だに顔を赤くする2人に目を向ける。


「惚気けるのもいいんだが、そろそろ行くぞ」


 そんな言葉を欠けてやれば、グワッと顔を上げた2人は、


「別に惚気てない!」

「別に惚気てないです!」


 綺麗なハモりを奏でた。


 同じ言葉を紡いだ恥ずかしさからだろう。

 お互いの見開いた目を一瞬見つめ、そして地面に目を落とした。


「……行くか」

「そうね。ほっときましょ」


 呆れを抱く俺達は、学校へと繋がる道路へと踵を返した。


 きっと、この物語が本編なら、ここからの視点は2人きりになった、あいつら主人公とヒロインに向けられるのだろう。


 だが、俺は2人を見る読者でもなんでもなく、主人公の隣にいる親友キャラ。

 俺にもちゃんと人生があるし、主人公たちと別れたからといって学校にワープするわけでもない。


 だから俺は、この時間を使って正華にとある質問をする。


「なんで俺の家の方面から来たんだ?」

「さっき言ったじゃん。嫌な予感がしたんだって」


 確かにそう言われた。

 けど、違う。正華が幼馴染を置いて、1人で学校に来ることなど、これまでに一度もなかった。


 それに、わざわざ別の道を歩く理由なんてひとつもない。


「変な嘘は付くなって約束したよな?」

「別に嘘じゃない」

「じゃあなんで別の道から来た」

「夏階くんと会いたかったから」

「なんで」

「昨日一緒に寝てくれなかったから」


 言い淀むこともなく、素直に口にしてくれる正華。

 質問攻めした俺が悪いのか?と思ってしまうほどに、表情ひとつ変えずに紡いでくれる。


「ちなみにだが、俺達の結託条件は『主人公とヒロインの真似をする』だぞ?」

「知ってる。だからこの小説のヒロインみたいに会いに行った」


 そうして指さされるのは、カバンから取り出されたライトノベル。


 そのライトノベルは、俺が正華にオススメしたからよく覚えている。

 内容も、どんな挿入絵があるのかも、作者が誰なのかも。


 どうせ読まないだろうと思っていたのだが、こうしてヒロインの行動をまんまコピーしてくるのだから、どこかの時間で読んでくれたのだろう。

 けどな?


「俺が言ってるのはあの2人なんだが?穴を突こうたって無駄だぞ?」

「それも知ってる」

「じゃあなんで来たんだ?」

「…………」


 キュッと表紙を握った正華は黙り込んでしまった。


 なにか言いづらいことでもあるんだろうか?それとも他になにか用事があっただけ?


 色んな憶測が飛び交う中、おもむろに小説をカバンに戻した正華が、やっと口を開く。


「思ってたんだよね」

「なにを」

「私達ってさ、それぞれが大変じゃん?」

「そうだな」

「それで考えたんだよね。昨日色々教えてくれた夏階くんになにかしてあげようかなって」

「はぁ……?」


 止めた足と共に飛び出してしまったのは、ため息混じりの言葉。


 だってそうだろう?

 俺はこいつに言ったんだ。


『なにも出来ないんだから優しさは見せるな』って。

 そのことに正華も同意してくれたし、なんなら自分もするなって釘を差してきたほど。


 俺はそれをずっと守ってきたんだ。

 1年生の頃だって、昨日だって。

 でもこいつは破ろうとしているんだぞ?無許可で。


「分かってる。なにもできないんだから優しくするなって言われることは分かってる。けど、恩だけを与え続けられるのは釈然としない」

「……はい?」

「後々になって夏階くんが『あの時怒りっていう感情を味あわせたよな?』だとか、『初体験で愉しんでたよな?』って脅されたら嫌だから、先に恩を返そうと思ったの」

「…………」


 つまりは、将来の自分のために、俺に貸しを作らせないってわけだな?

 なるほど、なるほど。


 真顔で眺めてくる正華と同じように、真顔でその目を見つめ返す俺は、腕を組みながら口を開いた。


「本当に正華は良い性格してるよな」

「どうも。自分でも分かってる」

「そういうところだよな」

「知ってる。自負してるから」

「そうかそうか」


 これ見よがしに頭を何度も縦に振り、再度正華を見つめる。


「ちなみにだが、俺のことをなんだと思っている」

「揚げ足を取る人」

「ブーメランだろ。この人生で揚げ足取ったことなんてない」

「夏階くんに感情あったら絶対揚げ足取ってくる」

「偏見だろ。人を見た目で判断するな」

「じゃあ確かめるから感情出して」

「それができたら苦労しねぇよ」


 腕組を解除して歩き始める。

 そうすれば隣につく正華。


 まぁ、正華の考えていることはよく分かった。

 確かにこれは、優しさなんかではなく恩を返そうとするものだ。


 現に、こいつは変な言い訳を繰り出してきた。

 それは俺に気付かれずに恩を返すことによって、後々俺が揚げ足を取ろうとしたときに、逆に煽り返せるから。


 なんともまぁ性格が良いと言ったらこの上ないのだが、俺もアホみたいに引っ掛かるほど甘くない。

 というか、俺相手に優しさを見せたのが間違いだ。


「まぁそんなのはどうでもいいんだけど、なにしてほしいの。陰性だったし生でやっても良いんだよ」

「アホか。死んでもやるもんか」

「ってのは冗談。私子ども欲しくないし」

「子ども欲しかったら冗談じゃなかったんかよ」

「うん」

「そっすか。あいにく俺も欲しくないので絶対にしませんけど」

「でしょうね」


 俺達の利害が一致するのも当然。


 あんな親たちに育てられたら当然子どもも欲しくないし、結婚願望もなくなる。

 それにつくづく思う。


 俺みたいなやつが親になったところで、子どもは楽しくないだろうって。

 色んな小説の経験談を見て、水城の親を見て、よく分かった。


 親は明るければ明るいほど良い。

 毎日が楽しくなるように、高らかに話して、元気よく子どもの相手をする。


 そんな親を子どもは求めている。


 けど俺含め、正華はどうだ?

 明るさの欠片もなければ、声に抑揚なんてもってのほか。


 子どもを楽しませる話もなければ、楽しく遊ぶことなんて不可能に近いだろう。


 色々考えた結果、妻にも申し訳ないし、子どもの人生を踏みにじることになるから、俺は結婚しないことにした。

 どうせこいつも似たような理由を持っているんだろう。


 チラッと横目に見やれば、そこにあるのは相変わらずの真顔。

 たった今下ネタを言ったやつとは思えないほどに澄ました顔をしているが、こいつらしいと言えばそれまで。


「それで?なにがいいの?」


 俺の視線に気づいてか、沈黙が嫌だったのか。

 前を向いたまま紡ぐ正華。


「生でいいってことは相当なことは許してくれる認識で良いんだな?」

「うん」

「そうだな。じゃあ、そうだな……」

「なにも思い浮かばない?」

「なんも思い浮かばない。正華とやりたいことない」

「それはそれでどうかと思うけど、絶対にそう言うと思った」

「じゃあなんで聞いたんだよ」

「一応」

「そっすか」


 いざこうして聞かれると、なにも思いつかないのは当然のことだろう。


 ただ単に俺に欲がないというのも関係しているだろうが、それでもかなりの人はこの一瞬で思いつかないはず。


「だからそのために私が提案してあげる」


 果たしてそれは恩を返すに含まれるのだろうか?


 そんな言葉は、ニカッと笑みを浮かべた正華によって打ち消され、


「デート、行こ?」


 まるでヒロインのように、可愛らしく首を傾げた。


「……演技ではにかむな」

「雰囲気が出ていいじゃん」

「それはそうなんだけど、正華が笑うと違和感しかない」


 俺の言葉を聞いたからだろう。

 スンッと真顔に戻った正華だが、首は傾げたまま口を切る。


「可愛いってこと?」

「うん」

「即答なんだ」

「実際に、五月女さんがいなかったら正華がヒロインって思ってるからな」

「そんなに?」

「そんなに。だってその胸やら顔やら性格……は無理だけど、顔と胸だけはヒロイン級だろ」

「失礼だとは思わないの?最初に胸が出てくることを含めて」

「思わん。実際に頭も悪いし運動神経も悪いし可愛げのない性格してるし」

「もう一度聞くけど、失礼だとは思わないの?」

「何度でも言うけど、思わん」


 やっと見えてくる校舎を眺めながら、ビシッと言ってやる。


 そうすれば、俺の頭に飛んでくるのは小説が入っているカバン。

 昨日のみぞおちほどではないが、相当な痛みが頭全体に響き渡った。


「夏階くんもほんと良い性格してるよね」

「ありがとう。けど言動が一致してないぞ」

「一致させてないの。性格の良い夏階くんのために」

「ご丁寧にどうも」

「いえいえ」


 澄ました言葉が気に入らなかったのか、再度頭に衝撃を加えてきた正華は、相変わらずの真顔で速歩きを始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る