第5話 やることやってる

 五月女さんの家とは違って、正華の家は若干薄暗い。

 カーテンがすべて閉じ切られているという影響もあるのだろうが、正華自信の雰囲気も相まっているからだろう。


 魔女がコソコソ薬を作る部屋のような、ネズミが住み着く家のような、そんな気味悪さを感じさせる。


 でもだからといって、ゴミが散乱しているとか服が散らばっているとかはない。

 あくまでも薄暗く、気味が悪いだけ。


「なんか夏階くんって私の家来る度に怯えるよね」

「実際怖いからな」

「どこがよ」

「雰囲気」

「はぁ……?夏階くんと久しぶりに意見の食い違いが発生したかも」

「自分の家だから分からんだけだろ。正華も俺の家来る時怯えてるし」

「それはまぁ……そうかも。意見がまとまってスッキリした。ありがとう」

「嫌味をどうも。さっさと部屋に案内してください」


「分かっていますよ」と紡ぎながらも、我ながら綺麗に揃えたはずの靴と自分の靴を丁寧に整え始める。


 正華に綺麗好きだとかそういう病というのはひとつもない。

 ないはずなんだけど、これも一種の『病』というやつなのだろう。


 腰を上げた正華は、数ミリも乱れていない靴を眺めて首を頷かせる。


「おまたせ。というか1回来たことあるんだから勝手に行っていいんだよ?」

「いや流石に女子の部屋に男1️人で行くわけにいかんだろ。俺が下着とか嗅ぎ回ってたらどうする」

「別にいいよ?別に減るもんじゃないし、私で欲求を満たせるのならどうぞお好きに」

「アホか」


 ベシっと正華の頭に軽くチョップ。

 さすれば尖らせた唇をこちらに向け、


「本願なのに……」

「本願でもダメだ。この結託をしてる限り俺が許さん」

「……ケチ」

「ケチでもなんでもないだろ」


 階段を上がりながらグチグチと言ってくる正華だが、自分が言ってる言葉の恐ろしさに気づいていないのだろう。


 こいつは鈍感でもあり、敏感。

 これまでの正華を見ていたら分かると思うが、『自分に対して鈍感』過ぎる。


 感情も分からなければ、今言ってる言葉の意味すらも深く分かっていない。


 それに対してこいつは、『自分に対して敏感』過ぎる。


 遠くで誰かになにかを言われれば身を縮こまらせ、不安と恐怖に駆られる。

 自分の悪いところを追い詰め、誰にも相談することなくただ身を震わせる。


 幼馴染の五月女さんですら、正華のことをあんまり理解していないようだが、1年そこらの仲の俺はよーくわかる。


 結構見栄を張っているが、俺も自分の感情にも疎いし、正華と同じように陰口に弱い。


 まぁここ最近じゃ水城と五月女さんの話題で持ち切りの我が学年では、俺達の事なんて見られていないんだが。


「お邪魔します」

「どうぞどうぞ」


 開かれた扉の中に広がるのは、太陽の光が差し掛かるきれいな部屋。

 言い換えれば、砂漠の中にオアシスがあるような感覚。


 薄暗い家に反してなぜか正華の部屋は明るく見える。

 俺の思い込みが激しすぎるのかもしれんが、今はそう思ってしまっている。


「それじゃあベッド座って」

「なんの前ぶりもなくやるのか?」

「逆にこの状況でなにか前ぶりある?」

「いやないな。ほらこい」


 カバンをベッドに立てかけた俺は、なんの躊躇いもなくボフッとベッドに腰を落とす。


 続くように正華もカバンを立てかけ、隣に腰を下ろした。


 2人の様子が見えるのはベッド横にある小さな窓から。

 白いカーテンから若干見えるが、隣の家にいる2人は不用心にもカーテン全開。


 まぁあの部屋を見れるのもこの場所だけだからな。

 幼馴染様々ってやつか。


「それじゃあ倒れるよ?」


 正華の確認が耳に飛んでくる。

 だが、言葉を返さない俺は目にシワを寄せた。


「な、なに?」


 すぐに肯定の言葉が返ってくると思ったのだろう。

 胸の辺りまで倒れた頭がピタリと止まる。


「……なんかさ。こういうのって確認いるのか……?」


 思い返せば、水城と五月女さんは許可を得ずに思うがままにやっている。

 それに対し、俺達は1回1回真似る度に許可を求めている。


 果たしてそれは真似と言えるのだろうか?

 いや違う。これはただの『体験』だ。


「あーつまりは『突然してくれ』って言いたいんだね?」

「そう。そっちの方があいつらと同じ状況だからなにかが変わるかもしれん」

「確かに。じゃあ遠慮なく好き勝手にさせてもらうね」

「どうぞ。俺も好き勝手にするから」

「はいはーい」


 軽い言葉が滝登りしてくるが、言葉に反して正華の頭はドスッと太ももに落ちた。


「なにか変わった?」

「今のは許可取ったのも同然だからなんにも。そっちは?」

「こっちもなんにも。良い匂いがするなってことだけ」

「柔軟剤だろ」

「いや?夏階くん特有の匂い」

「そっすか。良い匂いなのならよかったです」

「ん」


 俺に嫌がってほしかったのか、はたまた嫌がらなくて正解だったのか。

 お腹に顔を向けているせいで正華の表情は見えないが、突然ギュッと腰の後ろに手を回してくる。


 そしてお腹に顔を埋め、「スー……ハー……」と深く深呼吸をしやがった。


「……なにしてる?」

「夏階くん吸い」


 お腹で籠もった声が部屋に響く。


「俺は猫じゃないぞ」

「ツンなんだから似たようなもん。というか学校みたいに反応しないんだね」

「……しねーよ」


 思い出すのはチェス盤でお腹をなぞられた時のこと。


 あの時は確かに俺らしくない騒がしい反応をしてしまったが、あれは本当に驚いただけだ。

 言い訳でもなんでもなく、いきなりお腹をなぞられたら誰だって驚くだろう?


「なんかお腹から言い訳が聞こえてくる」

「……どんな超能力だよ」

「すごいでしょ」

「はいはいすごいすごい」

「思ってないやつじゃん」

「思ってないからな」

「ひどいね」

「どうも」


 どこかに持たれることもなく、頭を撫でることもなく、扉の横にあるタンスを眺める。


 お腹に当たる息は少々くすぐったいが、我慢できないほどではない。


「ねね」

「ん?」


 不意に聞こえてくる声に頭を下げる。

 そうすれば背中に回していた手を離し、小窓を指差した。


「結衣たちなにしてる?」

「そういえば見るんだったな」

「逆に見ないっていう思考があったの?」

「頭から抜けてた」

「ふーん?」


 訝しむ声が聞こえるが、そんなのは無視して首をひねる。


 カーテンを捲るために手を伸ばし、けれど俺の存在はバレないようにほんの少しだけ捲って目を覗かせ――


「……っ!?」


 言葉を詰まらせてしまった。


 慌ててカーテンを閉じた俺は視線をタンスへと戻し、なにもなかったように正華の頭を撫で始める。


「え、なに?頭撫でてたの?」

「ん?うん。頭撫でてた」

「お腹の中が『嘘だよ』って言ってるけど?」

「エセ超能力は使うな。素直に撫でられてな」

「……夏階くんが誤魔化す時って大体心拍数高まるんだよね」

「……いつ嘘ついた時心拍数測ったんだ」

「乙女の勘ってやつ」

「信用なさすぎるだろ。いいからそのまま寝転んでろ」


 正華が頭を上げないように軽く押さえつける俺は、なににも持たれることもなく、正華の頭を撫で、タンスを眺め続ける。


(……やるところまでやってんのかよ……)


 俺の目に焼き付いたのは、ベッドの上で五月女さんに跨がる水城の姿。


 五月女さんの顔こそは見えなかったが、カッターシャツを脱ぎ、ピンク色の下着と白く輝くお腹がしっかりと目に入った。


 そして驚くべきなのは水城がズボン疎か、下着を履いていないということ。


 親友のそんな姿を見たくなかったというのが本音だが、ここにいる時点でそんなワガママは言えない。

 だからそこは我慢しよう。我慢するのだが……!


(あいつ舐めてもらったのか!?)


 今思えば、あの膝枕をされた時の水城の表情。

 そして『今日はもう帰ってくれ』と言った時のあの堪える声。


 それなりに漫画を見ると言ったが、その中にはピンクの作品も多く読む。


 高2だから読めないって?

 残念ながら俺には年が離れた兄貴がいるんだ。その兄貴が家に残したピンクの作品を読んでいる。


 とまぁ話を戻すが、その話の内容に『膝枕で隠しながらズボンのチャックを開けて致す』という描写が存在した。

 その知識談を元にすればあいつは舐められてるし、なんなら地面にはすでに大量のティッシュがあるし!


(なに!?俺達の知らないところでそこまで進んでんの!?)


「……なんかお腹が騒がしい……」

「気のせいだろ」


 飄々と言葉を紡ぐ表の顔とは違い、正華の言う通りお腹の中で暴れまわっている。


 なにか確証を得られるものを目撃しているわけじゃない。

 けど俺の勘……正華の言葉を借りるのなら、男の勘がそう言ってるんだよ!


「……ねぇ、私も見たい」

「見るのは俺だけでいいだろ。撫でてるのも水城だし」

「嘘じゃないことを確認するだけだから」

「それなら嘘じゃないから大丈夫だな」

「……だからそれを確かめるって言ってんの……」


 腰に回していた手をベッドにつけた正華が踏ん張るが、二次元じゃないのだからこんな短時間でパワーアップするわけもなく、グデーっと太ももに体重を預けた。


 あの2人を見たあとだとこの状況もかなりまずいと思ったのだが、さすがは俺の性欲。

 あの水城のように大きくなることもなければ、興奮するわけでもない。


「……そんなに隠したいことなの?」

「いや?別に?」

「……白状しなさいよ。隠したいことなら詮索しないから」

「……ほんとか?」

「ほんと。私がこれまで深く詮索することがあった?」

「ない……な」

「でしょ?だから一旦手の力を弱めてくれない?普通に息苦しい……」

「あ、ごめん」


 言われてみれば、確かに正華が俺の詮索をしたことはこれまでに一度もない。


 自分にもあるからこその詮索をしないという選択だと思うのだが、それがありがたかったりもする。


 息の根を止めては元も子もないし、恩を返すつもりで手の力を抜いてやる。


「……さて」


 不意に言葉を紡いだ正華はなにか行動を起こすわけでもなく、若干お腹から顔を離してそのまま。


 思わず首を傾げてしまうが、正華の籠もった声が続けられる。


「今なにしてる?」

「見るからちょっと待って」


 できればあまり見たくない。

 見たくはないのだが、正華に見られるよりかはマシだ。


 そう自分に言い聞かせながら、小さく息を吸った俺は首を詰り、もう一度カーテンを捲った。


「…………」


 そこにいるのは、相変わらず五月女さんに跨ったままの水城。


 果たしてその状況を楽しんでるのか、はたまた単に水城がチキリなだけなのか。


 理由はともあれ、大きくなった男の大事なところがよく見える。

 ……さて、この状況をどう説明するか――


「――え、もしかして結衣舐めたの……?」


 慌てて振り返れば、そこにいるのは眉間にシワを寄せた正華の顔。


 絶対に親友に向ける顔ではないはずなのに、きっと俺も同じような顔をしていると思うからなにも言えない。

 いやそれよりも今は――


「なに見てんだよ!」

「いや見るでしょ。夏階くんがあんだけ嘘ついてたら流石に気になるよ」

「見ないって約束じゃねぇか!」

「詮索はしないって約束でしょ。私が見ないって約束はしてない」

「変わんねぇよ!」


 シャーっと叩くようにカーテンを閉めた俺は正華を睨む。


 そうすれば、顔色ひとつ変えない正華が首を傾げた。


「確かに見るのは嫌だけど、そんな慌てること?」

「だって親友の致してる最中だぞ!?慌てるっていうか、普通に驚くだろ!」

「まぁ……うん。実際私も驚いてるけど、目の前にこれだけ驚いてる人が居たら驚くものも驚かないわね」

「お役に立てたのならなによりです!というか俺達が見たということは――」

「うん。

「…………」


 悠然に言う彼女に、俺は黙ることしかできなかった。


 俺達の関係はあくまでも『利害が一致したやつら』

 友達でもなければ、相性最悪の仲の悪い奴ら。


 そんな相手と、こいつはやるというのか?

 したいと思っているのか?


「……無理にしなくてもいいんだぞ」

「無理に?もしかしてだけど勘違いしてる?」

「……はい?」


 薄っすらと見える2人を眺めながら、正華は淡々と紡ぐ。


「私はあくまでも恋をしたいだけであって、夏階くんに興味はない。あの2人みたいに致したら、また別の感情が沸くのかな?っていう好奇心があるだけ」

「……つまり?」

「私は私のためにこの条約を結んでるの。夏階くんのためじゃない」

「あー……なるほど……」


 すっかり冷静になった頭が正華の思考を読み取る。


 あいつは本当に俺に興味がないんだろうな。

 あくまでも俺を『利用道具』として使い、あくまでも『自分に感情を宿す』のを目標に、結託しているだけ。


 もっと簡単に言えば、『あなたの体を自分のために使いますよ』と言われているのだ。


 別に俺はこいつを利用しているつもりはない。

 つもりはなかったのだが、いざこうして言われると……なんとも腹立たしい。


 二人三脚で遂行しようとしていた俺がアホらしい。

 こいつのために躊躇していた俺がバカらしい。


 ――横目に2人が顔を近づけるところが見えた。


 だからと言って、驚くことはなく、戸惑うこともない。

 五月女さんのスカートの中に手を入れる親友の姿を見ても、いつも通りなにも思わない。


「正華?」

「なに――んっ……!」


 横にあった正華の後頭部を鷲掴みにして、唇を重ねた。

 人生で数回しか聞いたことがない正華の驚く声が、どこか


 ほんの数秒もあれば、正華もすぐに適応したらしい。

 最初こそ右往左往と戸惑っていた手も、不意に動きを止めて俺の頬に両手を当てた。


 どちらからともなく舌を当てる。


 ファーストキスのはずなのに、やりやすい。

 相性の悪い正華のはずなのに、舌の動きが手に取るように分かる。


「はぁ……はぁ……」


 突然キスしたからだろう。

 顔を離してやれば、正華の湿った息が鼻に当たる。


「正華の言いたいことがよーく分かったよ」

「な、に……」

「俺も俺のために正華の体を使わせてもらう。けど安心しろ。あの2人がやってることしかするつもりはない」

「…………」


 呼吸を整えるためにか、黙り込んだ正華は目を伏せた。


 一体そんな行動にどんな意味があるのかは分からん。

 けどまぁ、これだけは言える。


 俺はこのあと快楽に溺れるのだろう。


 いつの間にか膨れ上がった箇所が開放を求めているのを察したのだろうか?

 正華の手がおもむろに近づいてくる。


「……私に『恋』しないでね……。喪男」

「そっちこそ俺に『恋』するなよ。喪女」


 正華の頭が倒れる。

 先ほどの膝枕と同じように。あのピンクの作品と同じように、チャックを開けながら。

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