主人公とヒロインの隣りにいる親友キャラでも恋をしたい
せにな
第1話 ラブコメには主人公とヒロインがいる
「ラブコメにはそれぞれ『主人公』と『ヒロイン』がいる。そうだね?」
暗闇の中、コツっと黒のナイトを動かす。
「そうだね。稀に『負けヒロイン』や『敵キャラ』が出てくるけど、主な登場人物はその2人」
静かな声が、コツっと白のビショップを動かす。
「その2人が恋に落ちるのは鉄板で、その2人が付き合うのも鉄板。つまりは運命というわけだ」
コツっと黒のナイトを動かす。
「2人が付き合う過程にも色んな事がある。デートイベントやら看病イベントやら」
コツっと白のビショップが動く。
「全く持って羨ましいことだよな」
コツっと黒のナイトを動かす。
「ほんとに。全く持って羨ましい限りだよ」
コツっと白の日ショップが動く。
「俺達も恋。したいよな?」
コツっと黒のナイトをe4に動かす。
「したい。物語の親友キャラでも恋をしたい」
コツっと白のビショップがd4に動く。
そうして隣り合った駒たちを、どちらからともなく見つめる。
「するか。恋」
「しよう。恋」
別に決着がついたわけでもないのに、どちらからともなく手を差し出す。
まるで結託するように。自分たちにはまるで縁がなかったものを求めるように。
――もし、キングが主人公だとしたら、クイーンがヒロイン。
――逆も然りで、キングがヒロインだとしたら、クイーンが主人公。
そしてポーンがモブや小さなイベントだとすれば、ルークは将来に関わる重要イベントや、親戚。
どちらかのクイーンが待ち受ける問題を解決し、やがて勝利へと繋がる。
小さなイベントや親戚に守られながらも、やがて
――そんな重大なイベントよりも小さく、けれどモブより大きい存在が、ナイトとビショップ。
つまりは
到底、親御さんのような親戚に追いつくこともなければ、重大なイベントに関与してもアドバイスを与えるのみ。
ナイトが決定打になることはあれど、結局はキングの勝ちと判断される。
つまり、ナイトとビショップは、キングとクイーンに従えるただの駒。
親友キャラとして動くしか無いのだ。
「……と言ってもどうやって?」
ポツリと呟くのは
セミロングに伸ばした茶髪を弄りながら、長いまつ毛を俺に向ける。
「……知らね」
ヒロインで隠されていたが、正華もそれなりに顔が良い。
そして元から出ているこの胸を、さらに強調されるように引き締まった体。
小さな顔は大きな目を際立たせ、鼻の下を潜る正華特有の甘い香り。
多分あのヒロインが居なかったら、このラブコメのヒロインは正華だった。断言する。
「知らねって言われてもね……。考えあってチェス打ってたんじゃないの?」
「なーんも考えてない。ほれ電気付けるからどいたどいた」
正座していた膝をつき、目一杯に上半身を伸ばす。
「……頼れば?私の後ろにあるんだし」
「恋愛するのなら、まずは頼らないところからだろ……!」
「……さすがは喪男……」
「そっちも喪女だ……ろ……!」
「ふんっ!」と体を伸ばしてやっと手にしたリモコン。
体は伸ばしたままで、ピピッと音を鳴らして豆電球に光を宿す。
「ひどい……!私だって頑張ってるのに……!」
突然声を張り上げた正華は涙目で両手を握り――
「バカッ!触んな!!」
ツーっと制服越しに人差し指でお腹をなぞってきた。
慌てて体を起こす俺に、クスクスと悪戯に満ちた笑みを浮かべる正華は、一応と言わんばかりに手を合わせ、
「ごっめ〜ん。そこにお腹があったもんだからさ」
「そこにお腹があってもさわんじゃねぇーよ!俺が触ったら嫌だろ!」
熱くなる体を抱きかかえながら声を張り上げた。
もし俺がやってみろ?お腹を触った途端、警察が入り込んできて手錠をかけられて現行犯逮捕。
逮捕状なんて貰う前にすべてが終わっちまうぞ!
そんな意味合いも込めて言ったのだが、どうやら伝わっていなかったらしくコテンと首を傾げてくる。
「……なんだよ」
「え?別に触ってもいいんだけどねって」
突然のカミングアウトに俺は目を見開く――こともなく、眉間にシワを寄せて答えた。
「はぁ……?死んでも触んねぇよ」
「そう言っちゃって。実際触りたいんでしょ〜?」
ニマニマと笑みを浮かべる正華。
正座していた膝を立て、お腹のラインを強調するように背中を反らす。
「いや別に。そういうのあんま興味ない」
体に巻いた腕を、正座した膝に戻しながら紡ぐ。
この言葉は別に強がりでもなんでもなく、本当に興味がない。
だってお腹だぞ?自分にも備わってるじゃねぇか。人のお腹と自分のお腹になんお違いがあるってんだよ。
「本当にそんなこと言っちゃっていいのかな?チャンスはこれだけかもしれないよ?後悔しても知らないよ?」
「しねぇからいいよ。正華もその体制辛いだろ。さっさと正座に戻れ」
「はぁ……。これだから喪男は……」
「おいごら喪男を悪く言うんじゃねぇ。これから痴女って呼ぶぞ」
「ごめんそれだけはやめて。ただ感情に疎いだけだから」
痴女が相当いやだったのだろうか。
そそくさと反らした背中を戻した正華は、正座へと体勢を戻し、俺と同じように膝に拳を乗せた。
正華も言った通り、俺達はちょっとばかし感情に疎い。
男子高校生なら誰もが持っているであろう性欲もなければ、今の正華のように恥なんてものもない。
さっきお腹をなぞられた件だが、あれは違う。
俺たちはそれぞれに『演技』をしているだけ。
誰かの地雷を踏まないように、己に備え付けられた、自分だけの護身術を披露しているだけ。
ただまぁ、俺はビックリに弱いというのも相まって、声を張り上げてしまった。
そんな感情に疎い俺達は『親友キャラ』。
俺の隣には常日頃から主人公が立っており、正華の隣には常日頃からヒロインがいる。
俺達の薄情な性格が主人公とヒロインに評価されて、親友へと成り上がったんだが、こんな奴らと一緒にいて楽しいものなのか。
気兼ねなく話せるという点ではいいのだろう。
自分で言うのもなんだが、俺は誰かの愚痴に対して否定的な言葉を返すこともないし、誘われたら無限について行っている。
さらに自分で言うのもなんだが、俺は相当友達としては有能な方だと思う。
肯定するだけの友達は一緒に居て居心地がいいだろうし、その主人公と出会った時から喧嘩は1度もしてないし。
「えーっと……言わないよね?」
「言わん。というか喪女はいいのかよ」
「だって実際そうだし」
「一応これから喪女じゃなくなろうとしてるんだけどな?」
「だからどうやって喪女じゃなくなろうって言うのよ」
「だから知らんって」
「頼りない……」
喪男と言われている通り、俺に彼女ができたこともなければ、好きな人もできたことがない。
そんなやつらがいきなり『恋』をしたいと言っても、当然できるわけも――
「あっ」
俺が突然声を上げたからだろう。
肩を跳ねさせた正華は、ジト目を向けてくる。
「……なに」
「いいこと思いついたんだけど、やる?」
「碌なことじゃなかったらまたお腹触るからね」
「それは別にいいよ。いきなりじゃなかったら」
「じゃあ私のお腹を触るって罰を設ける」
「それは結構いやなんだけど……まぁ触るだけだしいっか」
そんな俺の言葉を聞いてもなお、不服な顔ひとつ浮かばない正華は、かかってこいと言わんばかりにお腹を張って腕を組む。
代わりに苦笑を浮かべてしまう俺は、まだ盤面が崩れていないチェス台を見下ろした。
「俺達は恋愛したこと無いじゃん?」
「ないね。微塵も」
「じゃあさ――」
黒のナイトをg5,e6,f8の順番に動かし、キングの横へ。
同タイミングに白のビショップをe3,c1の順に動かし、クイーンの横へ。
「――俺達が『主人公』と『ヒロイン』の動きに合わせればいいんじゃね?」
「……確かに。私達が恋愛できなくても、あの2人は恋愛してるもんね……」
「そう。この2つの
ビショップが斜めしか移動できないように、ナイトは数マス飛ばしにしか進めない。
そんなのは周知の事実であり、ルールとして当然。
そして俺達も恋愛未経験者。
手取り足取りすらも分からなければ、間違えたという経験もない。
キングが直進しても、俺達は直進できない。
クイーンが一歩下がっても、俺達は下がれない。
でも、それでいいんじゃないか?
「遠回りしても、結局はその場所にたどり着けるじゃん?だからいいと思うんだよね」
「……ビショップは行けないマスあるけど」
「それはぁ〜……うん。2駒使おう」
「ずるじゃない?」
「いちゃもんつけるんじゃねぇ。結構良い感じに説明できてただろうが」
バシンッとチェス盤の横で台を叩いてやれば、相変わらず無表情の正華は毛先を弄りだす。
「まぁいいと思う。かっこよく説明できてたと思うよ?」
「……つまりは賛成ってことでいいんだな……?」
「うん。賛成」
皮肉だと言わんばかりに紡がれた言葉に、目を細めていれば、コクッと小さく頭を振られる。
そして、やっと開放されたと言わんばかりに、正座を崩して体の後ろに手をついた。
「んじゃそゆことで」
そんな正華に続くように、俺も足を崩してあぐらをかく。
「あ、でもさ」
またいちゃもんでも付ける気なのだろうか。
真顔に戻った俺を見ることもなく、グデーっと天井を見上げる正華は、そのままの姿で口を開いた。
「ついていくには当たり前だけど、パートナーがいるじゃん?誰になるの?」
「……ん?」
「え?だから主人公とヒロインがいるじゃん?それって2人じゃん?だから――」
「いや言いたいことは分かる。『私は誰とイチャつけばいいの〜?』って言いたいんだろ?」
「うん」
「お前、友達いるか?」
「え、いないけど」
情けなく見せつけてくる喉仏だが、これ見よがしに突き出している大きな果実は逞しい。
そんな果実にため息を吐き、痺れる足で立ち上がった俺は、気合で俺たちを囲う真っ黒のカーテンを開く。
「だからな?必然とお前のパートナーは俺になるんだよ」
そして正華の視界に頭をのぞかせた。
逆さまに見える正華の顔。
さらさらすぎる茶髪はだら〜んと宙を彷徨い、長いまつげに囲まれた綺羅びやかな瞳は、俺の眼を射抜く。
そして――
「え゛」
ご丁寧にも、わっかりやすく嫌だと言いたげな声が滝登りしてきた。
シワひとつなかった顔にはシワが寄り、綺羅びやかだった瞳からは光が失われる。
「俺が浮かべたい顔をしてくれてありがとう。俺だっておめーと組むのは嫌だ」
「じゃあこんな提案しないで貰っても?」
「あんな?俺達に友達がいないのは周知の事実だろ?」
「そりゃね」
「今こうして仲良くしてあげてるけど、おめーもまだ友達じゃないのも分かってるよな?」
「もちろん」
「さっき確かめたけど、俺達の『恋をしたい』という利害は一致してるよな?」
「してるね」
「つまりは俺達で組むしか無いんだよ。友達じゃないけど、こうして仲良くしているおめーしかペアがいねぇんだよ」
「なるほど」
再び真顔に戻った正華の顔。
そんな顔に膝を曲げて近づく。
そうして、言葉通りの目と鼻の先にあるのは、正華の目とおでこ。
呼吸すら聞こえてくるその距離で、もう一度提示する。
「致し方なく組むしか無いんだよ。分かってくれるか?」
「致し方なくねぇ。本当は心の底から組みたいんじゃないの?」
「んなわけあるかい。ほれ、さっさとどうするか答えな」
「そんなのひとつだけじゃん」
ふーっと口から息を放出させた正華は俺の前髪を揺らし――コツンとおでこを当てた。
「よろしく」
「よろしくされます。というか痛い」
「私も思った以上に痛かったからお互い様ね」
「正華は自業自得だろ」
「そんな事ありませんー」
おでこ越しに伝わる振動。
そして、現在の正華には熱はないらしく、おでこはひんやりと冷たい。
「でこ冷たいな」
「でしょ。心が温かいからおでこは冷たくなるんだよね」
「どっちも冷めきってるだろ」
「うーわっ。そんなこと言っちゃうんだ〜」
まるで摩擦でも起こすかのように、グリグリとおでこを押し当ててくる。
けれどそのデコが熱くなることは決してない。
どうやら本人も理解していたらしく、その動きを止めた。
「やっぱり私の心は温かいんだよ」
「寝言は寝て言え」
「ほんっと
「どういうところだよ。……てかなんで苗字?」
「え?だってヒロインの方はまだ苗字呼びじゃん」
「あー……」
言われてみればたしかにそうだ。
たまーに重要イベントが発生して『名前で呼んでみても……いい……?』なんてことを恥じらいながら言ってたけど、結局は苗字。
「じゃあ初の
「脱退だね。よろしく夏階……くん?」
「まぁ完全に真似するならくん付けだな」
「……変なの」
「お互い様だ」
また摩擦でも起こそうとしてるのだろうか。
突然グリグリとデコを動かす正華は、不意に動きを止めた。
「熱くなった」
「あー確かに。え、でもどっちが?」
「え、分かんない。摩擦かな」
「多分」
考え続けても答えが見つからないことは目に見えている。
だから適当に結論付けた俺は、「じゃあ」と言葉を続けた。
「これからよろしく」
「うん、よろしく」
そうしておでこを離した。
目の前にあるのは微塵も表情を変えていない少女の顔。
どこかのライトノベルのように、頬を赤らめることもなければ緩ませることもない。
そんな顔は、やっぱりあのヒロインがいなければこいつがヒロインになるにふさわしい整った顔をしている。
数秒見つめ合っていれば、不意に後頭部に落ちてくるのは、聞き慣れた鐘の音。
「もしかして今日お昼休み早い?」
「色々話してたからそう感じただけじゃね?」
「ひ、人と話すのって楽しいんだ……!」
「どこの山の民だよ。ほら行くぞ」
「……ツッコミ冷たい……」
「知るか」
腰を上げて手を差し伸べてやれば、なんの戸惑いもなくその手を握る。
そして勢いよく引っ張ってやれば、軽々と体が持ち上がった。
「……お前ちゃんと食ってんのか?」
「え、なに?もしかして褒めてるの?私のお腹触りたくなったの?」
「ちげーよ……。軽すぎるって思っただけ」
パチクリと瞬きする正華から、扉へと視線を向けた俺は、手を離してすっかり痺れがなくなった足を動かす。
「褒めてるじゃん。珍しい」
「珍しいってなんだよ」
チェス盤を片付けるわけでもなく、扉を開けた俺達は人通りがなくなった廊下を並んで歩き出した。
「だって絢斗――じゃなくて夏階……でもなくて夏階くんだよ?褒めることなんて知らなさそうじゃん」
「……間違えすぎじゃね?」
「慣れないの」
「じゃあ頑張ってもろて」
「がんばりますよーだ」
果たしてこの顔に感情を有しているのかどうなのか。
べーっと舌を出してくる正華は、なんともまぁヒロインらしくない。
でもこれが正華らしいと言えばそれまで。
正華なりに感情を出そうと頑張っているのだろう。
そんな結論に至った俺は、
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