第2話 意識の迷宮への招待
EON(意識の量子ネットワーク)の試験運用が開始されてから数週間が経過していた。その間に蓄積されたデータは膨大なもので、明日香たちのチームはその解析に没頭していた。EONによって再現された「意識の迷宮」は、個々人の無意識が投影された仮想空間だ。明日香たちは、この迷宮が人間の精神構造や深層心理を反映していることを突き止めた。
「明日香、ついに準備が整ったよ。」
田嶋教授の声に、明日香は顔を上げた。彼の手には小型のデバイスが握られている。それは、意識をデータ化するプロセスを制御するための「EONリンク」と呼ばれる装置だった。
「これで本当に迷宮に入れるんですね。」
明日香の隣に座っていたチームメンバーの真央が、興奮を隠せない様子で言った。
「そうだ。ただし、迷宮の内部は完全に個々の無意識に依存して形作られる。何が出現するかは、誰にも予測できない。」
田嶋教授の言葉に、一瞬部屋が静まり返る。その重い空気を振り払うように、明日香は深呼吸をして立ち上がった。
「大丈夫です。私たちはそのために準備してきました。」
EONへの接続は、脳波スキャナを用いた非侵襲的な方法で行われる。スキャナは頭部に装着され、量子コンピュータが神経信号を解析してデジタルデータへ変換する仕組みだ。明日香はその装置を装着され、目を閉じた。
「明日香さん、リラックスしてください。スキャンが始まります。」
スタッフの声が聞こえた次の瞬間、明日香の意識は不思議な感覚に包まれた。現実がぼんやりと遠ざかり、代わりに脳内の映像が鮮明に浮かび上がってくる。
その過程は、まるで夢を見ているようだった。記憶の断片、抑え込んだ感情、そして言葉にならない感覚――それらがひとつの空間として具現化していく。やがて、彼女の視界は完全に変わり、そこには見たこともない広大な空間が広がっていた。
明日香が立っている場所は、まるで迷宮のようだった。無数の道が交錯し、その一つひとつが何かの記憶や感情に繋がっているように感じられる。壁は透明で、内部にはぼんやりと光る映像が浮かんでいた。
「これが……私の無意識?」
驚きと戸惑いが交じる明日香の声に、EONリンクから教授の声が応答する。
「その通りだ。この空間は、君自身の無意識が形作ったものだ。」
彼女はゆっくりと歩き出した。迷宮の床は不思議な感触で、まるで液体と固体の中間のようだった。壁に映る映像に近づくと、それは彼女の幼少期の記憶だった。
「こんなこと、忘れていたはずなのに……」
その時、遠くから奇妙な音が聞こえた。振り返ると、影のような存在が迷宮の奥からこちらに向かってくるのが見えた。それは形を持たず、周囲の空間を歪めながら近づいてくる。
「明日香、落ち着いて。その影は君の恐怖や不安が形になったものだ。」
田嶋教授の声が彼女を励ます。しかし、影は次第に巨大化し、彼女の足元を奪うようにして迫ってきた。
「私の恐怖……?」
明日香はその場で目を閉じ、深呼吸をした。恐怖を直視することで、その正体を理解しようと試みた。影は一瞬揺らぎ、消えるかと思われたが、すぐに別の形を取って再び現れる。
「これが意識の迷宮の試練なのね。」
明日香は決意を新たに、影に向き直る。彼女が迷宮での第一歩を踏み出すと、影は再び形を変え、今度は彼女自身の姿を映し出した。それは、自分自身との対話が避けられないことを暗示していた。
「選ばなかった私が、ここで待っている……。」
彼女は再び一歩を踏み出し、迷宮の奥へと進んでいった。その背後で、壁に映る記憶の映像が徐々に変化し、新たな形を取り始めていた。
こうして、明日香の「意識の迷宮」への旅が本格的に始まった。彼女は、迷宮を通じて自分自身の深層心理と向き合い、新たな答えを見つけるための道を探ることになる――その行く先には、誰も予測できない未来が待ち受けていた。
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