第11話 怪我人を治し、鞄にしまう



 奈落の森アビス・ウッドにて。

 私は木の枝の上に乗っている状態だ。


 黒猪ブラック・ボアは倒した。

 次は……。


「うう……」「いてえよぉ……」「…………」


 アメリアさんの部下たちが、うめき声を上げている。

 皆、さっきの黒猪ブラック・ボアとの戦闘で大けがを負っているのだ。


 なら、私がするべきは一つ。


「【治癒】!」


 聖女、愛美さんの経験値を受け継ぎ、レベル10となった、治癒スキルを発動させる。

 瞬間、けが人全員の体が光り出す。


 やがて……。


「あれ!? け、ケガが治ってる!?」

「体の痛いのが消えたぞ!?」

「う、腕が! ちぎれた腕が元通りになってる!?」


 ……良かった、治癒スキル、初めて使ったけど、ちゃんと発動したみたいだ。

 しかし、一人一人ではなくて、その場に居るけが人全員のケガをなおしてしまうとは。


 しかも、ちぎれた腕まで治すことができる。……さすが、レベル10。


「うーみゃん!」


 ぴょんっ、とましろがジャンプして、枝の上に乗ってくる。

 てしてしてし! とましろが私のほおを尻尾で叩く。


「みゃー! みゃーん!」

「え、なに……?」

「みゃふん!」


 何かに怒ってるようだ。でも……一体何に……。

 そのときだった。


 バキッ!


「え?」「み?」


 私を乗せていた枝が……折れたのだ。

 ましろが乗っかった分、主食ったせいだろう。


「きゃあああああああああああああ!」


 私とましろは空中から落下する。

 ましろと違って、私は人間だ。こんな高さから落ちたら、レベルがいくら高くても、死んじゃうかも……!


「危ない!」


 だきっ! と、誰かが優しく受け止めてくれた。


「う……」

「大丈夫かい、お嬢さん?」

「アメリアしゃん……」


 さっきの女騎士、アメリアさんが、落下する私を受け止めてくれたのだ。


「? どうしてわたしの名前を知ってるのだ……?」


 ! しまった……。まさか鑑定スキルで、情報を読み取ったなんていえないし。


「それに……君、さっきわたしたちを助けてくれなかった? 黒猪ブラック・ボアの攻撃を、結界で守ってくれたし。それに……けが人たちも一瞬で治癒して見せたように、わたしには見えたのだが……」


 あっ! そうか。ましろは……これを懸念していたのだ。

 こんな幼女が、まず、こんな危ない森の中にいる時点で怪しい。


 しかも、治癒や結界などを、彼女らの前で使って見せたのだ。

 絶対に、おまえは誰だ? と、追求されることだろう。


 そっか……ましろ、こういうことだったのか……。

 やばい。何も言い訳を考えていない。ごまかさず正直に話して、信じてもらえるわけないし……。


 かといってごまかしても、疑われるだろうし……。

 ああ、どうしよう……。


「どうした、君……? あふん……」


 どさっ! とアメリアさんがその場に崩れ落ちる。


「へ……?」

「みゃー……みゃ」


 ましろがアメリアさんの上に乗っかる。


「ましろ?」

「みっ」


 ぽわ……とましろの尻尾の先端が、銀色に輝いていた。


「みゃー!」


 しゅっ、とましろが風のように早く走る。


「アメリアさん!? うっ……」

「どうしたんですか、あぅ……」

「何が起きて……ぐぅう……」


 どさりっ。

 アメリアさんの部下達が、一斉に、その場に崩れ落ちたのである。


 え、ええ? 

 な、何が起きてるのだろう……?


「みゃ!」


 ぺんぺん、とましろがアメリアさんのほおを、銀色に光った尻尾で叩く。

 すると……


「ぐうぅう……すぅう……むにゃあ……」


 寝てる……。

 まさか……!


「ましろたん……なにか、したんでしゅか?」

「み!」


 これみよがしに、銀色の発光する尻尾を掲げる。

 気になった私は、鑑定スキルを発動してみることにした。


~~~~~~

寝た猫を起こすなナイトメア

→月の女神の力。触れた相手を強制的に眠らせることができる。

また、暗示をかけることも可能

~~~~~~


寝た猫を起こすなナイトメア……。月の女神って……」

「みー!」


 自分を尻尾でさすましろ。

 あ、そっか。


「ましろたん……月と豊穣の女神、でしたね」

「うーみゃっ!」


 なるほど……ましろのステータスのなかにあった、秘匿されしスキルの一つを使ったんだ。

 ふれた相手を問答無用で眠らせる力って……凄い。


 てしてしてし、とましろがアメリアさん以外の人たちの頭も、尻尾で叩く。


「まさか……暗示かけてたの?」

「うーみゃっ!」


 なるほど……。

 つまり、だ。


「ましろたん……私の尻拭いしてくれたんでしゅね」


 この人たちに、私は力を見られてしまった。

 追求を逃れることはできないだろう。


 そこで、見かねたましろは、このスキル、【寝た猫を起こすなナイトメア】を発動させ、騎士たちを強制的に眠らせた。


 で、多分だけど……ましろは、騎士達に、今見たことを忘れるようにと、暗示をかけたのだろう。


 そうすれあば、目が覚めたこの人達から、追求されることは無くなる。


「ありがとう……ましろたん!」

「みゃ~……」


 やれやれ、とばかりに、首を横に振って、ため息をつくましろ。


「ごめんね、何も考えじゅに、行動して。本当にたしゅかりました」


 ましろは済ましたかおで、首を上げ、喉元をさらす。

 多分撫でろってことだろう。


 私は彼女の首元をこちょこちょしてあげる。


「うみゃ~ん♡」


 ましろは上機嫌に鳴く。多分これで許してくれただろう。


「でも……本当にたしゅかったよ。ましろたんは、できる猫しゃんですね」

「にゃ?」


 な? できるだろ、とばかりに、ましろが得意げに鼻を鳴らしていた。

 改めて、私はこの愛猫が一緒に居て、助かったと思った。


「しゃて……この人達、どうしましゅか」


 騎士たちは、皆ぐったり眠っている。

 まさかこの森の中に、眠った状態で放置するわけにもいかない。


「おしょとまで、運んであげようと思ってるんだけど……どうでしゅか?」

「くぁああ……」


 ましろはあくびをしていた。この人達のことなんて、毛ほども興味ないらしい。

 じゃあ、処遇については私が決めて良いよね。


「とりあえず、ほっとけないでしゅし……どうしよう」

「みっ」


 てしてし、とましろが、魔神の鞄トリック・バッグを叩く。

 あ、そっか。


「確か……■庭ハコニワってスキルがありましたね」

「みゃっ」


 魔神の鞄トリック・バッグのなかに、異空間を作るというスキルがある。

 この人達を、その■庭ハコニワ空間にいれておけばいい。


 そして、森の外に出たら、■庭ハコニワから出してあげればいいか。


「じゃ、えと……■庭ハコニワ! 発動!」


 瞬間、魔神の鞄トリック・バッグから光が発生。

 光は私たちを包み込む……。


 やがて、光が消えると、そこには……。


「わっ! でっかいお屋敷でしゅ!?」


 真っ白い空間に、でんっ、と大きな洋館が建っていたのだ。


「しゅごい……ここが、■庭ハコニワの中……。家のまであるなんて……」


 私の周りには、アメリアさん達、騎士の人たちがいた。

 どうやら一緒にここへ飛ばされてきた様子。


「とりあえず、この中なら安全あんじぇんかな」

「みっ」


「建物の中、ちょっと調べて見てみよう」

「くぁああ」


 ましろは興味ないらしく、眠ってるアメリアさんのお腹の上に乗っかって、とぐろをまく。

 どうやら中には入らないようだ。


 私は一人で、洋館の扉を開ける。


「わ……でっかい……」


 中は二階建ても、とても大きな洋館だった。

 綺麗で、掃除が行き届いている。


「ん?」


 がたんっ。


『ぎゃー!』


「何の音……?」


 私は音のする方へと向かう。

 廊下を歩いて行き、突き当たりの部屋の前へとやってきた。


 ガチャリ……と扉を開けると……。


『あっ』


 ……そこに、いたのは。

 見覚えのある人……いや、幽霊だった。


 幽霊が、部屋の中で、ひっくり返ってる。

 その前には鏡があった。


『え? あー! あなたはっ! やすこちゃんっ!』


 そう……そこにいたのは、つい先日成仏したはずの……幽霊。


「愛美しゃん……」


 いにしえの聖女、佐久平さくだいら 愛美さんだったのだ。

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