第2話 召喚、そして追放

「やった! 聖女召喚に成功したぞ!」


 ……若い男の声が聞こえる。

 聖女召喚……?


「やりましたね! バカデカントさま……!」


 目を、ゆっくりと開ける。

 そこには、大きな男の人が立っている。


 ファンタジーゲームに出てくるような、ザ・王子様って感じの人……。


「!? ば、バカデカントさま……大変です!」

「どうした?」


 この、王子っぽい人がバカデカント……?


 しかも、さっき聖女召喚って……。


 そういえば、最近読んだ異世界系漫画に、聖女として異世界から人間を召喚する、という冒頭のシーンがあった。


 聖女。聖なる力を持つ女性。

 私の読んだ漫画だと、その人には治癒や、結界の力があったはず……。


 漫画と展開が同じかはわからないけど、さっき聖女召喚に成功、といっていた。

 私も、聖女として召喚されたってこと……?


「こ、これは……!? まさか……」


 バカデカントは、私を見て……いや、私を【見下ろして】言う。


「幼女……?」

「…………は? よーじょ、れしゅって……?」


 れしゅ!? よーじょ!?

 なんか……声が……幼い?


 私は自分の手を見やる。

 ぷにぷにで、ミニクリームパンみたいな、ちっちゃな手。


 肌に触れる。もちもちとして、みずみずしいさわり心地。

 不摂生がたたって、私の肌はガサガサだったはず……。


 バカデカントは、宝石がちりばめられたネックレスを身につけていた。

 宝石に映っていたのは……銀髪の、幼女。


「にゃ!? にゃんれしゅかこれぇええ!?」


 私が叫ぶのと同じタイミングで……宝石の中の人物が叫ぶ。

 ……転生。


 ま、まさか……。

 私、幼女に転生したってこと……?


「まさかこの幼女が、今回召喚された聖女だというのか……? 爺よ?」


 バカデカントのとなりには、白いローブに包まれた老人が立ってる。

 ……れ、冷静になろう。状況を、まずは把握だ。


 私が居るのは、古びた、石造りの建物の中のようだ。

 部屋の中央には祭壇があって、私はその上にぺたんと座ってる。


 ……宝石に映ってる、私の容姿。

 銀髪に、銀の瞳。


 年齢は……5歳くらい、だろうか。

 少なくとも、10はいってない。


 目、でか。肌……つやつや。髪の毛も……ちょっとくせっ毛だけど、つやつやのピカピカ。

 とても愛らしい姿をしてる。こ、これが……私の転生した姿……?


「殿下。聖女召喚として呼び出された以上、この御方は紛れもなく聖女でございますじゃ」


 爺と呼ばれた、魔法使い風の老人が言う。

 やっぱり、私……聖女だったんだ……。


「殿下のご存知の通り、聖女召喚とは、王家に伝わる秘術。世界が濃い瘴気につつまれ、世界の平和が脅かされたときにのみに、行うべしと言い伝えられた儀式のこと」

「わかってる。呼び出された聖女と協力し、瘴気を祓う。それが、王家の勤め……だろう?」


「左様でございます」


 ……バカデカントが大きくため息をつく。


「しかし……困ったな」


 困った?


「聖女召喚を行った王族は、その聖女と婚姻を結ばねばならない、だったな、爺?」

「左様でございます。召喚された聖女さまは、いわば、こちらに突然拉致されたも同然。帰す手段が存在しない以上、彼女たちのめんどうを見るのも、王家の勤めでございます」


「わかってる……覚悟もしていたさ。どんな醜女がこようが、受け入れようと。だが……! 【これ】は、無い!」


 これ、といって、バカデカントが私を指さす。


「幼女ではないか……!」


 ……はぁ。

 だから、なんだろう。

 おまえが私をここに呼び出したのだろう?


 まあ、送り込んだのは神様だけども。

 でも、ここに導かれたのは、この聖女召喚とやらがあったからだ。


「おれは幼女を愛でる趣味はないぞ……! ロリコンっていうのだろう、それ?」

「せ、世間ではそういいますな……」


「だろう? いやだ! おれはロリコン王子なんて思われたくない! 恥ずかしい!」


 は?

 恥ずかしい……?


「爺。こうしよう。この聖女召喚は、最初から行われなかったと」


 ………………は?

 最初から、行われないって……え? は?


「確か、聖女召喚は、神有地しゆうちと呼ばれるパワースポットでしか行えないんだったな」


「左様です。なので、ゲータ・ニィガ内で王都から一番近い、神有地しゆうちであるここ、奈落の森アビス・ウッドへやってきたのです」


神有地しゆうちは他にもあるんだろう?」

「はい。世界にはまだ数カ所」


「なら、そこでやろう。仕切り直しだ。神有地しゆうちでできる聖女召喚は、一箇所につき一回。なら別の神有地しゆうちでもう一度召喚すればよいのだ!」


 ……つまり、なんだ。

 自分が、ロリコンって思われたくないから、今回の聖女召喚は、最初からなかったことにする……と?


「し、しかし殿下。この聖女さまは、いったいどうするのですか……?」


 ふんっ、とバカデカントは私を見て鼻を鳴らす。


「ほっとけ」

「ほっ……!? しょ、正気でございますか!? 死にますよ!? こんな幼い子が、奈落の森アビス・ウッドで生きていけるわけがありません!」


「ふん、だろうな」


 だろうなって……。

 まさか、私をここに置き去りにするっていうの?


 五歳児を?

 ……嘘でしょ。


「ひどいれしゅ……」

「ふんっ。何が酷いものか。そもそも、呼び出された貴様が、幼女なのが悪い」


 そんなの知らない……。

 私が好きで幼女の体になったわけじゃあないのに……。


「ということで、爺。帰るぞ。その幼女を置いてな」

「ま、まってくだしゃい!」


 困る。こんな知らない世界に、いきなり放り出されて、五歳児が生きていけるわけない……!


 しかし、爺は「すまんの……【麻痺パラライズ】」と、私に杖を向けてきた。


「ガッ……!」


 か、体が……急に動かなくなった。

 体が……しびれて……うごけない……。


「帰るぞ、爺。転移魔法を使え!」

「……すまないな、お嬢ちゃん」


 爺は、バカデカントのとなりへと移動する。


 転移魔法っていっていた。

 魔法で、帰るってことだ。私を一人置いて。

 追いかけてこれないように、麻痺の魔法を、私にかけたのだ。


 ……バカデカントも酷いけど、あんたも、相当だぞ、爺。


「【転移】!」

「じゃあなクソガキ聖女。とっととくたばってくれよ」

「しょ……んにゃ……」


 バカデカントと爺が消える。

 私は、一人残されてしまった。


 嘘でしょ……?

 そんな……。


「ひぐ……ぐす……」


 ぽろぽろと涙がこぼれ落ちてきた。

 体が幼くなったからだろうか。涙もろくなってしまってる。


「たしゅけて……だれか……」


 そのときだった。


「みー!」


 ふわり、と。

 私の目の前に、突如として、白い猫が現れたのだ。


「ましろ……たん!」

「みー!」


 ましろが私の側にしゃがみこんで、ぺろ……と舐めてくれた。

 瞬間、私の体が、自由に動くようになったのだ。



 ましろを抱っこする。

 彼女はぺろぺろ、と私を何度も舐めてくれた。


 ……温かい。ぐす。


「ありがとう……。側にいてくれて」


 一緒に転生したはずだったので、側にいて当然なんだけど……。

 それでも、今は。すっごく、ましろの存在を、心強く感じる。


「これかりゃ、ろーしよ……」


 異世界に転生したのは、確かだ。でも、五歳児の体。

 相棒は……小さな白猫が一匹。


 何も知らない、この世界で、果たして生きてけるだろうか……。


「フーーーーーシャーーーーーーーーーー!」


 ましろが、あさっての方向を見て、威嚇する。

 目の前には通路があった。


 ずり……ずり……と。 

 何かが這って進んでくる音がする。


「ひっ……! にゃ、に……あれ……?」


 巨大な、一匹の蛇だ。

 体表からは、ぽたぽた……と粘液が垂れている。


 粘液が地面にぶつかるとその瞬間、じゅううう……! と焼ける音と、不快な匂いがした。


「まさか……ど、どくへび!?」

「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 毒蛇が襲いかかってくる……!

 危ない……!


「みー!」

 

 ザシュッ……!

 ……って、え?


 毒蛇の首が、宙を舞っている。

 空中には、ましろがいた。


 え、え……?


「ま、ましろ……たん?」


 すたっ、とましろは、倒れている蛇の尾っぽの上に、華麗に着地。


「みー」

「え、ええっ? き、みがやったにょ……?」

「みー!」


 そんな……。あんなでっかい蛇を、一撃で倒すなんて。

 普通の猫じゃ、決してない。

 まさか……。


「ましろって……実は、凄い猫……?」

「みー!」

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