凶器と狂気
真島
第1話
「俺も強盗だぞぉ!!」
どうして気になる女性の前でかっこつけようなんて考えてしまったのだろう。おおよそかっこつかないセリフを添えて――
*
まずい。いや、まずくはないか。いやいや、やはりまずかもしれない。残業終わりの帰りの電車内で俺は一人、冷や汗をかいていた。
いつもスマホをスーツの右のポケットに入れている。ハンカチはお尻のポケットへ。左のポケットにはいつも何も入れていないはずだった。
スマホで一日のニュースを見漁っていたら、同じくスマホを見たまま電車から降りようとした人に体をぶつけられて違和感に気付いた。左のポケットに何か入っている。何か固くて細いもの。そしてすぐに思い出した。今日は他の部署の配送作業が間に合わないからと手伝わされてたことを。バタバタと作業をする中で、持参していたペンとカッターを何も入っていなかった左のポケットに突っこんだままだったことを。
カッターって刃物だけど、ポケットに入れてて大丈夫なのだろうか。いや別に出さなければ大丈夫だろう。むしろ変に焦って挙動不審だと怪しいかもしれない。間違ってポケットから出たら、「あ!」って驚いたフリをしよう。俺も知らなかったんだよって……そんな奴おかしいか?いやでも周りを見てもみんなスマホに夢中だ。俺がカッターをポケットに忍ばせていることなんて気付いていないだろう。何だったら、この場で静かに出しても気付かれないような気がしていた。だから何だって話だが。
そんな妄想を頭の中で繰り広げていたらいつの間にか降りる駅に着いていた。変な緊張感で何だか疲れてしまった。しかし今日は火曜日だ。少し元気を取り戻して近所のコンビニ寄って帰る。
「いらっしゃいませ~」
あぁ、声だけでも癒される。怯えさせてしまうだけだからもちろん口に出すことは出来ないけれど、いわゆる推しの店員さんがいた。たぶん女子大生のアルバイト。火曜の深夜にはいつもいる。深夜のバイトなんて危ないんじゃないかって心配しながらも、会えなくなるならこの時間に働き続けて欲しいと思ってしまう、もどかしい日々が続いていた。半年くらい前から見かけるようになったけど、すっかり仕事を覚えたようで、新しいバイトの子に教えているところを見かけることもあった。もう俺に関してはいつも買う弁当を聞かずに温めてくれるし、箸だけを付けてくれるようになった。
いつものように弁当を持ってレジに向かおうとしたら、大きな声が店内に響いた。
「金を出せ!!」
え、そんなテンプレみたいな強盗、いるんだ。黒いヘルメットをかぶって、包丁をレジにいる俺の推しのバイトの子に突き付けていた。現実感が全く湧かず、ボーっとしてしまった。店内にいるのは弁当を持って呆然としている俺と、推しのバイトの子と、バックヤードに誰かいるかもしれないけど、この状況で出て来られるのだろうか。聞こえたなら通報しておいてほしいものだが、なんて俺は冷静に考えていた。たぶん混乱しすぎて一周回って落ち着いたのかもしれない。
「金出せよ!刺すぞ!」
推しのバイトの子は怯えきってしまって身動きが取れずにいた。強盗が迫るように包丁をさらに近づけたのを見て、思わず体が動いていた。
「俺も強盗だぞぉ!!」
「は?」
俺は弁当売り場からレジへ向かい、カッターを最大まで出して、強盗に刃を向けた。気の抜けた強盗の声が聞こえた。いや別に「やめろ!」で良かったんじゃないかと気付いたのは、言った後のことだった。
「な、何だお前!」
強盗は俺に包丁を向けた。明らかに動揺している。どうしよう、暴走して俺に襲いかかって来たら。でも確か何かの本だかテレビだかで知った気がするのだ。予想外の行動を起こされると相手はパニックになって逃げだすって。例えば誰かに追いかけられたら、逃げずに相手に向かって走ると相手が驚いて逃げ出すって話を、どこかで知ったはずだった。
「だから!!俺も強盗だって!!」
「はぁ⁉」
何の宣言なのだろう。相手も相当訳が分からなくなっていることだろう。俺も訳が分からなくなっているのだから。右手からベコっと音が鳴って思わず手元を見ると、そこには無意識に力を入れていたためにフタがへこんだ弁当があった。
「だから!!俺も強盗だからぁああ!!」
思いっきり弁当を強盗のヘルメットに叩きつけてやった。綺麗に詰められていたおかずが、ご飯が、床に散らばる。全くダメージのないはずなのに、まるで襲われたかのように、強盗は悲鳴を上げて逃げ去った。
ぜぇぜぇと息切れをした呼吸を整えながら、レジの方を見ると推しのバイトの子が怯えきっていた。まずい。誤解を解かなければ。
「あれ⁉何でここにカッターがぁ⁉」
わざとらしい俺の言葉に余計に怯える推しのバイトの子。強盗を退治した興奮で間違えた。電車でした妄想を現実にしてしまった。ここは電車じゃないのに。まずは大丈夫って声かけるとかしないと。
「だ、だいじょ――」」
「警察です!!大丈夫ですか⁉」
やはりバックヤードに人がいたらしい。駆け付けた警官に取り押さえられたのは俺だった。
*
警察の事情聴取では何とか同僚の助けも得て、カッターを忍ばせていた誤解は解けた。防犯映像からも、先に本物の強盗が来て、俺がただの常連だと言うことも店員の人たちから伝わり無罪放免となった。あれだけ怯えられたこともあって推しのバイトの子がいる時間に訪れることはなくなった。たぶんバイトは辞めてしまったのかもしれない。そもそも遅い時間だったから、それはそれで良かったのだが――
『俺も強盗だぞぉ!!』
ニュースで強盗を退治した映像だと放送された結果、俺のよく言えば機転を利かせた言葉は、しばらくの間ネットのおもちゃにされた。
凶器と狂気 真島 @SetunaNoKokiri
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