第2話

 翌日の昼休みにも、また遠藤が愛美の向かいの席に座った。

 やっぱり誤解されたかもしれない、と考えていると、遠藤は今日もズズッズズッと豪快な音をたてて、うどんを啜り上げた。フーフーして、ハフハフ言いながら、眼鏡を曇らせて。

 昨日と変わったことといえば、遠藤の髭がなくなっていたことだ。意外にシャープな遠藤のフェイスラインについ見とれてしまったが、その代わりに、髭がなくなった鼻の下に玉の汗をかいていた。


 ――うーん、何だかなあ……


 愛美の視線に気付いたのか、遠藤が顔を上げた。


 ――やばい、またバレた。


「お、おうどん好きなんですか?」


 咄嗟にどうでもいいことを聞いていた。

 遠藤は眉を限界まで引き上げ、驚いた表情を見せた。


「ああ、いや、つい食べやすいものを……」


「え?」


「何か食欲がなくて」


「ああ……そうですか」


 自分から聞いておいて、気の利いた返しが思い付かずそのまま会話は終わった。



 翌日の木曜日、食堂で何となく待っている自分がいた。


「今日は遠藤さん来ないね」


 隣に座る博子が今日もまたニヤニヤしながら言う。


「昨日食欲ないって言ってたから……」


「ふーん……そうなんだ」


 愛美が普通に返したからか、博子も特に茶化すことはなかった。

 それに、別に遠藤と一緒に食事をしているわけではない。遠藤がものの一、二分でうどんを掻き込む様子を、ただ見ているだけだ。それだけのことなのに、遠藤のハフハフ言っている表情を思い浮かべている自分に気付いて、可笑しくなった。



 金曜日、遠藤が現れた。

 また愛美の向かいの席に座って、フーフーしてからうどんを啜る。よくよく見ると、つゆをつけて……


 ――いや、それ、ざるうどんじゃん!


 愛美が堪えきれずに吹き出すと、遠藤が目を丸くした。


「遠藤さん、フーフーって……それ、ざるうどんですよね」


 愛美が言うと、遠藤の頬はみるみる紅潮した。


「あ、そうだった」


 遠藤は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「昨日はお休みしてたんですか?」


 勢いで聞いてみた。


「ああ、うん。何か最近胃の調子が悪くて、昨日胃カメラ検査してきたんだ」


「え!? それで……大丈夫だったんですか?」


「うん。何の異常もなかったよ。取りあえず胃薬は貰ったけど、若いからそのうち治るでしょう、って」


「そうなんですね。良かった。けど遠藤さん、すごい早食いだから……それも胃には絶対良くないと思いますよ」


 言ってから、今日は会話らしい会話になっているな、と愛美は感じていた。


「そうだよね。良くないのはわかってるんだけど、学生時代の部活で早食いが癖付いちゃって……」


「へえー、遠藤さん何部だったんですか?」


 少しだけ興味があった。


「サッカー」


 意外だった。遠藤がスポーツをするイメージが全く湧かない。


「今、意外だと思っただろ」


「……はい」


 遠藤の目が三日月になった。

 その目が結構好きだ、と愛美は思った。


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