第8話 再会の後輩
「あ、いたいた。
放課後の事だ。俺と友人の
視線だけ振り向かせたなら、そこには女子が二人。制服のネームに付けられた学年カラーが俺達二年生を示す緑色では無く赤色だったので、彼女達が入学したばかりの一年生だとすぐに分かった。
「何だ、
素っ気なくしたつもりは無かったが、彼女は気に入らなかったようで小さい背丈をぴょこぴょこと跳ねさせる。
「何だとはなんですか!探したんですよー?せっかく可愛い後輩が同じ学校に入学してきたっていうのにリアクション薄いってんですよ。あ、圭吾先輩もいたんですね。お久しぶりです」
「俺はオマケ扱いかよ!?中学ん時から変わんねえなあ」
圭吾が
黒い髪を前で切り揃えて、トレードマークのつもりかいつもそこに何かしらのヘアピンを付けている。
人懐っこさに加えて背丈も顔つきもまるで変わっていないので、俺達まで中学時代に戻ったかのような錯覚を覚えた。
俺の口調も軽くなる。
「良く入学できたな。いくら払ったんだ」
「なんてこと言うんですか。私以外の後輩が聞いたら品性の無さに失神してるとこですよ」
「安心しろ。他の人には言わん。お前は特別だ」
「フィッシングメールの『あなただけ特別に』レベルで価値が無いじゃないですか…」
とまあこんな感じで、投げたボールを綺麗に打ち返してくれるノリの良い後輩だ。
「して清継先輩達、なんでこんなとこ歩いてるんです?帰りの階段は向こうでは」
「こっちのルートだと玄関まで人混みに飲まれなくて済むんだよ。まだ部活の始まる時期じゃないから、一斉下校で生徒が氾濫してるぞ」
「おお、さすが二年生。校内事情に詳しいですね」
感心させたようだけど、この帰りルートを知ったのは実は昨日なんだよね!まあそれには触れまい。
俺と水上が親しげに話をしていてすっかり
一歩距離を引いた所で様子を伺っていたので、圭吾が気を利かせた。
「そんでー?こっちの子は水上の友達か?」
「あ、そうです!清継先輩達に挨拶しに行くって言ったら、是非一緒にって」
「もう、瑞希ちゃん恥ずかしいよお」
そう言って隣の見知らぬ少女が身体を少し
ああ、こりゃあれだね、俺のファンだわ。今年も始まってしまったか。俺の握手会が。
「先輩。私の事、覚えていますか?」
ん。握手会で一番厄介なタイプのファン来ちゃった。
そうやって人を試すの止めようよ。『漢字ではどう書くんだったっけ』ってメモ渡して遠回しに聞き出せばいいの?
「…。」
俺がイケメンスマイルのままダビデ像のように固まっていると、何かを察した水上がすかさず声を
「酷いよねえ、ちえりちゃん!私達始業式の最中、清継先輩に手を振って合図したのに無視するんだもん」
水上、ナイスアシストだが非常に惜しい。俺は
しかし流れに乗るしかあるまいて。
「いや、ごめんごめん。水上もちえりもまさか式中にコンタクトを
「…!
「ああ、もう高校生だ。そろそろ下の名前で呼んでも良いだろ?」
「はい!嬉しいです」
誰だっけ、この子。名前聞いても思い出せないや。とは言え、いきなり下の名前で呼ぶという距離間の詰め方バグった人間になったというのに穏便に済んだ。
助かったぞ水上。
「それじゃあ、汐森先輩。あ、あと板橋先輩も。この後用事がありますのでお先に失礼しますね。瑞希ちゃんもありがとう」
そう言って『ちえり』なる女子生徒は深いお辞儀をして去っていく。
姿が見えなくなった瞬間、水上は人を
「告白された子の名前忘れるとか最低ですね」
「え、俺ちえりに告白されたの」
「馴れ馴れしく呼ばないで下さいよ…。振られた女子達みんなに呪い殺されれば良いのに」
後輩のくせになんて辛辣な発言だ。いや、でも今回に関しては俺が悪いな。反省反省。
暴言を吐かれる俺を
「でも振られたのに良く挨拶に来たよなー。ありゃ鋼のメンタルだぜ」
「そうですよね。ちえりちゃん、ああ見えて気が強いんです。だから私、未だに清継先輩に彼女がいるって伝えられて無いんですよ」
その発言に圭吾は
そんな異様な様子を感知して、水上は俺達の顔をしきりに見合わせた。
「え、な、何です?」
「水上よー、実は清継なー?」
「いい、俺が話す」
面白可笑しく話されても気分が悪い。こちとら人生初の失恋なんだっての。俺は圭吾の額を手で押し退けて黙らせる。
「恋花とは別れたよ」
「は?」
我が耳を疑うとはまさにこんな顔の事を言うんだろうな。暫く沈黙が流れると、何故か今度は水上が怒り始めた。
「何やってるんですか、清継先輩!あんなに良い人他にいませんよ!?」
「ああ…。勿論俺もそう思うんだがな?」
「浮気ですか?」
「いや、違う違う。そういうタイプじゃないし」
「喧嘩ですか?」
「いやあ、ほとんど一方的というか」
「最低ですね。飽きたら捨てるんですか」
ん?待て、何か話が噛み合ってないぞ。
俺は圭吾と顔を合わせる。しかし圭吾もまた頭上にハテナマークが浮いているところだった。
「水上、お前なんか勘違いしてないか?」
「何がです?清継先輩が恋花先輩を一方的に振ったんでしょ」
「冗談言え。俺が恋花に振られたんだよ。はっきりとな」
何一つ脚色せずに事実を述べたつもりなのだが、水上はさっきよりも頭を混乱させていた様子だった。言葉を失わせる。
俺が振られる事を想定していなかったらしい。理想の先輩過ぎてその可能性を考えていなかったんだろう。
「う、嘘ですよ…そんなの。別れたのっていつですか?」
「だいたい一ヶ月前だけど?」
俺の普段の信頼が厚いのは有り難いが、繰り返されると面白くはない。少しだけ不機嫌になるのを感じる。
「いい加減にしてくれ、俺だってこんな筈じゃ」
「恋花先輩に今年の明け頃会ったんです。」
「それが何だよ」
時期にして俺と別れる二ヶ月前か。
「恋花先輩、清継先輩にゾッコンだったんです。年末はずっと電話してたとか初詣一緒に行けたー、とかそれはもう後輩の私が引くくらいに!」
我が耳を疑うとは、まさにこんな気分の事を言うのだろう。恋花が他人に
別れる二ヶ月前、俺に惚れ込んでいたと言うのなら、後の一ヶ月でどんな心境の変化があったというのだろう。
俺は俺の知らない恋花の一面を耳にして、思わず言葉を詰まらせるのだった。
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