第4話 無難とは人生をそこそこにしてくれる保険証
「
始業式の中で行われた、新任教師の紹介。教頭に名を挙げられ、我が二年一組担当の近島先生は流麗なお辞儀をしてみせる。初のクラスを受け持つとなっても緊張はしない主義らしい。
他にも他校から転属となって来た先生も数人紹介されていたのだが、やはり若い先生がやって来た事は物珍しいのか、少しの間周囲の学生達がざわつきを見せていた。
「可愛いね」
「二の一羨まし過ぎだろ」
「うわ、ガチ一目惚れしそう」
近島先生が全生徒の前で紹介されたのはこのタイミングが初だったので、先に挨拶出来た俺達クラスは少し得意気だ。
応援していたアイドルやバンドで例えるなら、メジャーデビュー前から知ってましたよ、的な。いやそういうことでは無いだろうけど。
教師の紹介が終われば、最後に校歌を斉唱して全過程終了。
歌い馴染みの無い、新一年生の様子を眺め、俺達先輩は微笑んであげる。
いやー、俺達も一年前まではああだったな、と。まあ俺は今でも歌詞をうろ覚えなんだどね。
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「よしそれじゃあ、最初の時間で先生の自己紹介は済んだから、今度は皆が自己紹介する番だぞ。じゃあ順番にやっていこうか」
始業式が終わって教室に戻るや否や、近島先生は張り切って仕切り始める。やはり来たか。自己紹介タイム。俺達学生からすればここまで含めて初日の行事だ。
ある者は注目を集めようと
この時間で既に今後のクラス内の立ち位置が決まると言っても過言ではない。絶対に間違えてはいけないのだ。本来の自分以上の道化を演じて見せようとするものならば、一週間後には便所飯の生活が待っているだろう。
そんな哀れな屍達を見てきたからこそ行き着いた俺の考えがある。
無難にいこっと。俺の番がやって来る。
「
どうだ、中身があるようで何も考えていない就活生のお手本のようだろう。
挨拶というのは、ネットの言葉をペーストして貼り付けるくらいが丁度いい。重要なのは爽やかさ。これを
その証拠にこんなにカルシウムの足りていないスカスカな挨拶でも周囲の反応が心地よいではないか。
「汐森君と一緒のクラスとか超ラッキーだね」
「あの清継かよ、同じクラスとか女子の人気総取られじゃん」
「私、去年二回振られてるけど今年も告白しちゃお」
何だ最後の奴、俺への告白をイベントにして遊ぶな。
そのまま盛大な拍手を全身に浴びて、俺は着席する。
「格付け完了」
「うわ、感じ悪」
「何だよ恋花、そういうお前だって注目される人気者の一人だ。下手打つと便所飯だぞ」
「いや無いから。あなたもう少し謙虚に生きないと変な期待ばっかされる人になるわよ?」
「ならその期待に応えられる人になるだけだよ」
「キモ」
「ほらお前の番だぞ」
俺は眉を短く上下させ、恋花の番を促す。もう少し冗談を言い合っていたいのだが、元カレの情けだ。この大事な時をしくじらせる訳にはいかない。
クラスの視線が集まっていることを感じて、恋花は身体をピクリとさせる。それから小さく呼吸を整えると、ゆっくり席を立った。
「
恋花はペコリと頭を下げるとこれまた拍手が喝采だ。特に男子。そりゃ俺も君達と同じ立場なら喜ぶどころかスタンディングオベーションだよ。何億と価値のある絵画を目にしたように涙を流すかも知れない。
何せ君達からしては、最高の吉報の後だからね。向崎恋花は彼氏なしになったって。
俺は振られたことを自慢気に
恋花も言いふらすようなタイプでは無い筈だが。まあ噂の出どころについては心当たりがある。
ふう、と一息ついて着席した恋花に、最大限の賛辞を贈る。
「完璧な掴みだったな。で、俺もカラオケ誘って良いの?」
「やだよ」
良いのか悪いのか訊いたら、感想が返ってきちゃった。
自己紹介の時間は滞り無く進んで行く。俺は自己紹介で前のクラスメイトがあまりいないと言ったが、実際の所よく把握していない。
なんかこんな奴いたようなとか、この女子には連絡先聞かれたようなとか、そんな感じだ。実は半数くらい去年のクラスメイトだったらどうしよう、めっちゃ薄情な奴と思われるじゃないか。不安になって来た。
要らない心配をしていると、これまでの穏やかな流れを断ち切るように、良く見知った男が勢い良く立ち上がって親指を立てて見せた。
「こんちはっ!
さすが、見事な道化ぶりだ。この板橋圭吾という男は小学生の頃からの俺の幼馴染みであり、あまり口に出したくはないが親友である。染めたかのように見える茶髪は生まれつきで、日焼けサロン通いかのような小麦色の肌。そこから並びの良い白い歯をいつも覗かせている。健康という文字そのものみたいな奴だ。こいつもまた、俺や恋花と同じく去年一年三組だったメンバーの一人。まさかまた同じクラスとは。
というか親睦会って何だ。全く聞いて無いぞ。
圭吾は俺に見えるように意味深に親指を突き立ててから着席する。黙って座れば良いものの、わざわざ謎のアピールだ。俺には『一波乱起こしてやんよ』と言っているようにしか感じられない。
しかしこれで、こいつの一年間の立ち位置は確立されただろう。間違いなく圭吾はクラスの中心人物になる。
必要以上の道化になった者はその後本来の自分との
どうもどうも、と愛想を振りまく圭吾に、近島先生は子供をあやすような口調で
「親睦会かー。いいなあ、でもあんまり羽目外しちゃ駄目だよ?何かあれば私がすっごい怒られるんだからね」
「うーす。大丈夫、学生らしい範囲でするからさ。葵ちゃんには迷惑掛けないって」
「こら、近島先生だぞ」
新任教師との距離の詰め方も見上げたものだ。天職はナンパ師かもしれない。いや、無理か。だってあいつ馬鹿だもん。
「板橋君が終わったから次はっと…、
「はい」
(皇美姫だって?)
俺は近島先生に名指しされた女生徒へ吸い込まれるように視線を向ける。そこには毛先の整った短い髪を
なんてこった。あれは、『王子』じゃないか。
同時に周囲の女子達から黄色い声援が響く。
「王子くーん、格好良い!」
王子として名を馳せる皇美姫は控えめな咳払いで周囲を鎮める。こんな美しい咳払いを聞いたことがない。マイナスイオンさえ発生してそうだ。
「はじめまして、
一人称が『僕』なのは普通の女の子ではありません!皇美姫、通称王子だ。誰もが彼女を王子と呼ぶので、どちらが本名なのか分からなくなっていた。名は体を表すとはまさに彼女の事で、健康という文字そのものみたいと表現した圭吾とは格が違う。所作立ち振る舞いに至る全てがプリンスなのだ。
俺は去年、彼女に人気で唯一敗北している。文化祭で行われた学年スター投票。俺は屈辱の二位だった。なんせ相手は男女共に恋愛対象とされる両性類だ。俺は女子から熱烈な支持は得れども、下半身が本体である男子からはそこまで強い支持を得られない。
そんな彼女とも同じクラスとは。雪辱を晴らす時が来たのかも知れない。
それから皆が思い思いの自己紹介をしていく。順番が回っていく中でようやく気付いたが空席が二つあるようだ。
「
近島先生が呟くと、近くからひそめた声が聞こえた。
「なあ、ゴリケンが転校してくるって噂、マジなんかな」
「いやさすがにないっしょ、同姓同名だろ」
ゴリケン?誰だ。陽気なコメディアンか。
俺は隣の恋花に問う。
「五里って誰だ」
「さあ。…あ、でも他校の友達から聞いたけど、今年こっちに転校してくる子がいるって。その人が五里君なのかは知らないけど。てか、当たり前のように話掛けて来ないでくれる?」
「転校生か」
マズイな。
身長175センチ以上の男子はフツメンであっても、高身長補正が掛かってイケメンとされるように、転校生補正も中々強力だ。必然的に注目の的になるだろうし、しかもそれが『ゴリケン』などという親しみ易い名が与えられたネームドキャラときた。
とんだ
「ゴリケン、要注意人物だな」
俺の
それにしても初日に欠席とは。タイミングを逃すと出席しづらくなるぞ。
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