第3話 転校生ばかりがヒロインじゃないってこの日初めて知りました
「はーいみんなー、席着いてー?」
予鈴と同時に間延びした声で女性が入ってくる。女性と言い表したのは、果たしてその人物が教員なのか同じ学校の先輩なのか一目では判別出来なかったからだ。
無論、格好がスーツ姿だしこの時間に入って来るのだから教職員に違いないのだろうが、随分と若く見えた。俺達とそれほど違わないのではないだろうか。
教師が教壇に立ったというのに、憶測を含んだヒソヒソ声が広がって教室は
俺もその中の浮ついた一人だ。
「新任だったら当たりだな」
「そうね、美人だし」
「何だ
「は? 二度と話しかけて来ないで」
やったね、
きっと暫く会っていない間に、言葉のナイフを名高い研磨師によって鋭く、切れ味抜群に磨いてもらったのだろう。
恋人から友達に戻った事で好感度の数値がプラスからゼロになったかと思えば、そのままマイナスに書き換わっているではないか。今日はもう話掛けるのを控えよう。
教室の空気は、まるで夕立前の森のようにざわめいて一向に収まる気配はない。いよいよ収拾が付かない雰囲気になってきた所で、教壇に立った女性教師が開手を打って終止符とした。
軽快な音が皆の口を塞ぐ。
「はい、静かに! ……って、これ一回言ってみたかったんだよね」
はは、何だそれ。可愛いじゃないか。
もう一度聞きたいから奇声を上げちゃおうかな。
女性教師は静寂の場を取り戻してから、着せられたように馴染んでいないスーツの襟をぴしりと正す。それからクラス全員の注目を一身に浴びて、まだ欠けの無い白いチョークを手に取ると、黒板へ自身の名前を書き進めた。
止めに払い、この日の為に練習してきたとでも言うかのような、丁寧で端麗な文字が書かれていく。
やがてチョークを静かに置くと、くるりと振り返って眩しい笑みを作った。
「
先生が言葉を結んだ瞬間、春の枝先が一斉に芽吹くように一気に拍手と歓声が湧き上がった。これが新しい季節の到来を告げる鐘の音か。
そうか、俺は弟だったんだ。だからこんなにも胸の奥底から興奮が込み上げるのか。お姉さん万歳。
去年の担任も爽やかで道徳的な良い教師だったのだが、今年から他校へ転属となってしまった。その
クラスメイト達もそう思ってか、次々に設けられてもいない質問タイムに入る。
「先生、年齢はいくつですかー!」
「に、二十二歳です」
これから好きなものは新任教師って答えるようにします。
「好きな食べ物はー!」
「た、
たけのこになります。
「彼氏はいますかー!」
「そ、卒業したら聞きにきてね」
俺が、俺たちが彼氏だ。
他にも様々な質問が飛び交う教室。まるで転校生が来たみたいだ。
まだクラスの連中とまともに顔を合わせちゃいないが、どうやら好奇心旺盛で人懐っこい奴らが集まったらしい。
俺的には何にでも遠慮勝ちな空気になるよりかは良いので、クラスの引き運も悪く無いと思った。
それでも初めての担任がこんなクラスとは苦労するなあ、とどこか他人行儀で皆を見ていると、それらを制するように再び予鈴が鳴った。これ幸いとばかりに近島先生は教師らしく最初の指示を出す。
「はーい、次はいよいよ始業式だよ。体育館に移動になるから皆廊下に並んでねー」
「「ええー……」」
突然告げられたアイドルの握手会終了の知らせのように、幾人かの生徒が名残惜しそうに返事を残して廊下へと出ていく。
そんな落ち葉のように力なき集団の背を傍目に見て、俺は軽い溜め息吐く。
「今からこんな状態でどうする。一年間身が持たないぞ全く」
俺はやれやれと額に手を当てながら席を立ち、小躍りしながら皆の後に続くのだった。
始業式。
校長が中身の無い話をダラダラと述べたかと思えば、今度は生徒の代表が誰に入れ知恵されたか分からないような、日常生活でまず縁のない文言を羅列していく。
偉い人達は要するにこう言いたいらしい。
『ごきげんよう、桜が見え始めましたね。今日という素晴らしい日にみんなの顔が見れて嬉しいよ。かくかくしかじかあると思うけれど、また一年間頑張りましょう。』
これだけの話を伝える為に毎年数人がバタバタ音を立てて倒れて行く中で、長々と中断すること無く遂行してしまうのだ。やはり、校長という役職は常人のメンタルで務まるものではないのだろう。
そして俺達民衆は軍隊宜しく魂を込めて、休めの姿勢でこう揃えるのだ。
『はい』と。
様式的に流れていく時間の中で、ふと暇を持て余した俺は、新一年生の集団の方に目を向ける。
高校デビューか派手に髪を染めている者、見るからに次倒れるのは私ですと顔に書いている者、寝ている者、スマホ
あいつは確か……
中学時代、同じ学校に通っていた後輩だ。この学校に入学していたのか。
後輩の少女は俺に気付くと、姿勢はそのままに小さく手を振って見せた。
俺はそれに応える訳にもいかず、視線を正面の壇上へと戻すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます