電脳経済ビッグバン☆採取家少女のイキカエリ

富士なごや

第1話

 ――コンコン、コンコン。

 依頼アイテムの採取に欠かせないピッケルや、大抵の状態異常を防ぐことができる手袋をリュックに収納していると、部屋の扉がノックされた。


「はぁ~い、開けて~」

 待ち合わせの人たちだろうと思いつつ、私はしゃがんでいた恰好から立ち上がり扉のほうへ向きながら声を張った。


 扉が開かれる。

 現れたのは、この【VLD】というVRMMOで一番仲良しの二人組。


 私に向かって二人は、ヒト型の女性タイプで作成されたまったく同じアバターの顔で、まったく同じタイミングで、まったく同じ笑顔を浮かべた。示し合わさずにできるのは、一卵性双生児の神秘か。


「「やっほ~、スアラちゃ~ん」」

 一言一句、ぴったり揃っていた二人の声。

 これも双子ならではの神秘だろう。


「やっほ~、ツキちゃん、ハルちゃん」

 二人の朗らかな笑顔に引っ張られるように、私も楽しく笑って返した。


 部屋の中に入ってくる二人。

 見慣れた装備に身を包んでいる二人の手には、一つずつ小さな袋が提げられている。


「もうすぐに依頼、行っちゃう?」

 ツキちゃんの問いに、私は「どうして?」と小首を傾げる。


 これ、と二人は揃って袋を軽く掲げた。

「インビジブルカフェの新作フラペチーノ!」と、ツキちゃん。

「ギャラクティカスイーツの期間限定ケーキ!」と、ハルちゃん。

「「買ってきたから一緒に食べよっ!」」と、締めは揃って言った。


「え~~~! ありがとぉ~~~! 食べる食べるぅ~~~!」

 一気に感激大爆発した私は、嬉しさをアピールしてぴょんとジャンブして二人に近付いた。本当に嬉しい。友だちと何か飲食するなんて、この仮想空間でしかできないから。


 部屋に一つだけある丸テーブルに、ツキちゃんとハルちゃんが袋の中身を並べていく。

 薄ピンク色の可愛らしいカップに、青空色のストローが突き刺さっているフラペチーノが三つ。ド派手な真っ赤の球体型ケーキが三つ。


「ツキちゃん、ハルちゃん、ほんっとありがとね!」

「「いいよいいよぉ~、食べよ食べよぉ~」」

「食べよぉ~。いっただきまぁ~す!」


 私はまずカップを両手で持って、ストローに口を付けた。

 この世界でしかできない行動。

 グッと何か吸い込むのも、この世界でしかできないことだ。


「ん~~~! 美味しい~~~~!」

 広がった、甘い味。


 これは……多分、ベリー系アイテムを幾つか組み合わせて作ってるんだろうが……もしかしたら、ベリーなんて単純な素材ではないかもしれない。


 だって作成しているのは、素人のプレイヤーじゃなくて、現実世界で【イノベント皇国】最大のカフェチェーンを経営している企業のプレイヤーなのだから。


 現実でもプロとして料理を作っている人なら、この仮想空間の素材を最大限に活用し、素人には思いつかないようなレシピを閃くだろう。そのあたりも、この仮想空間が現実と変わらないところだ。


「「美味しいね、スアラちゃん!」」

「うんうん、最高だよ~。さっ、次はケーキっケーキっ! いただきまぁ~す!」

 ケーキにかぶりつく。

 思わず目を見開くほど美味しかった。


 ……食べてるの、ただのデータなのに。こんなにデータが美味しいなんてね。


 仮想空間で食べているこれは、現実世界においてはただのデータでしかない。

 けれど、このVLDというVRMMOと専用デバイスを創造した技術者たちによって起こされた、【データの電気信号化による仮想空間での飲食可能システム】が、ただのデータに味と匂いを与えたことで、データ集合体は更なる価値と可能性を持った。


 現実世界で、自由に、好きなものを飲み食いできない者たちに、大きな幸福を与えることに成功したのだ。脳さえ、神経系さえ健康であれば、重度の身体障害や、深刻な内臓系疾患を抱えている者でも、味を、食事を楽しめるようになったから。


 なぜなら、味も匂いもあるとはいえ、それはただのデータなわけで。

 データを電気信号に変換することで五感――味覚と嗅覚を刺激することにより、現実での料理がもたらす無限大の幸福を仮想空間で最大限に再現できるとはいえ、データであるため、内臓を傷めたり、栄養バランスが崩れたりといった、疾患リスクを高めることはないのだ。


 どういった技術であるかは、高度過ぎて私にはさっぱりわからない。

 でも、その技術のおかげで、私は今、美味しいと思えている。


 技術者のみなさん、ありがとう。

 あなたたちのおかげで、私はまた生を実感できている。

 本当に、感謝しています。


 そんな感謝は、このVLDをプレイしているとき、ほとんど反射的に思うことだ。


「――ふぅ、ごちそうさま~。ツキちゃん、ハルちゃん、美味しかったよぉ~」

「「ねぇ~、美味しかったぁ~」」


「ありがとね、ほんとに」

「「どういたしましてぇ。喜んでくれてよかったぁ~」」

 笑い合う、私たち。


 ……いつか、現実でも会いたいなぁ~。


 二人は、この仮想空間での、一番仲良しのフレンドだ。

 でも、現実世界では一度も会ったことがない。


 仮想とリアルは完全に分けたい派だから、というわけではない。

 今の私にとって、リアルで誰かと遊びに行く日々は、あまりにも遠いのだ。


 離れてしまった故郷と言っても過言ではない。

 今はこの仮想空間こそが、私にとって唯一の、自由を謳歌できる日常だから。


 いつか、帰りたい。

 仮想空間も最高だけれど、でも、やっぱり、現実があってこその仮想だと思うから。


 現実でも自由を謳歌できる日々に帰るために。

 私は仮想ここで頑張るんだ。

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