見えない星

磁石もどき

1

これは過去のはなし。その日は満天の星空だった。一等星、二等星と色々あるらしいのだが、僕にはどれがそれかよくわからなかった。ただ、どれもこれもきれいだな。そう、誰でも思いつきそうな感想を浮かべながら、草原の上で夜空を眺めていた。隣に座るのは僕の父だ。彼はあれはなんの星で、こんな話があってと僕に教えてくれるのだが、右から左へと流れてしまう。そのことを申し訳なく思いつつも、必死に耳を傾けた。


「あれがペテルギウス?」

「惜しいベテルギウスだ」


僕が質問すると父はそう答えた。父の言葉をなぞれば彼は微笑んだ。だから、僕もにっと笑った。


冷たい風が僕の肌を撫でる。そしてもう一度空を見た。


「母さんはどのあたりにいるの?」

「母さんか……母さんは」


饒舌だった父は突然口籠った。当時の僕にはその理由はわからなかった。父の手は手は空中を彷徨っていて、結局明確な位置を示さなかった。



「あのあたり…かもしれない」父はぼんやりと空を指した。でもそれがどれかわからなかった。あれ?と聞けばあれは違う。とその星の名前を教えてくれた。でも僕が知りたかったのは、母さんがどこにいるのかということだった。


「今日はいないのかな……」

「いや、きっといる」

「でも、父さんでもわからないんでしょ」


そういうと父はまた黙ってしまった。


「光が届くのは途方もない時間がかかるんだ。母さんも頑張っているんだけれど、まだ届いていないのかもしれない」

「時間ってどれくらい?」

「……お前がおおきくになるころにはきっと、届くよ」

「おおきくってどれくらい?」

「そうだな、父さんくらいかな」


僕は父を見た。今は座っているが、立ったらジャンプしても届かないくらいには大きい。どうすれば、すぐに追い越せるだろう。その時の僕は必死に考えた。


「いっぱい食べる」

「それがいい、野菜もたべるんだぞ」

「えー……やだ」

「そんなこと言ってたら、母さんも空に来てくれないぞ」


その夜、必死になって野菜を飲み物と一緒に飲み込んだのを覚えている。でも、父も少し悪いと当時の僕は不満に思っていた。彼の野菜炒めはいつもシャキシャキしすぎていたから。芯を細かく切るとか、野菜だけ少しあっためてから炒めるとかそういった工夫がなかったのだから。そんな愚痴も今となっては伝えられないのは少しだけ寂しい。


 今の僕は同じ場所で空を見上げている。周りの景色もずいぶんと変わってしまい、心なしか空の星も以前よりもずいぶんと少なくなってしまった。父が教えてくれた星を思い出そうとしたのだが、名前は思い出せてもどれがそれかわからなかった。ほんの少しだけ申し訳なくなる。凍てつく風が肌を突き刺す。吐く息は白いモヤとなり、空中に紛れて消えていく。結局父は「人はいつしか空へ帰り星になる」という嘘を、嘘だと言わずに俺の前から去ってしまった。今でも父がそれを信じているとは思えない。何故最後までその嘘をつき通したのかわからなかった。父より大きくなっても、あの時の父の年齢を超しても、わからなかった。でも「僕は空に帰れるのだろうか」なんて心の隅で思ってしまう時もある。僕は空から視線を外して、歩き出した。冬の夜は寒すぎる、早く帰って温まりたい。

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