7.温室
聖堂から馬車で王宮へと戻り、昨日青鹿の間から見た庭を徒歩で案内しながら温室へと向かう。
場所が温室となったのはステファンの希望だった。温室は赤い煉瓦造りの豪奢な建物で、建物の南側にアーチ状の窓が並び、中央に出入り口がある。中にはストーブがあり、冬になると火を入れて温度を保っている。中に入ると、寒さに弱い南方の花や薔薇の鉢が見栄え良く並べられていた。春といっても、まだ時々冷え込む夜があるので、寒さに弱い植物は外に出せないのだ。
今日もストーブに火は入っている。中に入ると予想以上に暖かく、私はステファンと共にコートを脱いで従者に渡した。
「なるほど。この形式でしたか」
ステファンは温室の中の植物よりも、窓の位置や暖炉の造りに注目している。
時々何かに納得するように頷き、管理のために常駐している庭師の男性に、真剣に話を聞いていた。
そうしている間に、朝食が運ばれてきた。馬車で戻った際に、こちらに支度をするように手配していたのだ。
過去の王妃や女王が温室でお茶会を開催していた歴史もあり、ここで朝食を摂るのもおかしなことではない。
ステファンが温室の見学が落ち着いたところで、朝食の準備が整ったガーデンテーブルに招く。
「折角ですから、朝食にお誘いしてもよろしいかしら」
ステファンは、天井にある排気口を見上げていたが、私の声に振り向くと驚きの声をあげた。
「もちろん、ご招待をお受けします。よい香りがすると思っていたのですが、いつの間に準備を?」
「ステファンが温室を見回っていらっしゃる間に、支度をお願いしました」
「素敵なご招待を、感謝します」
ステファンにエスコートされ、椅子に着く。焼きたてのパンがかごに盛られ、それぞれ目の前にゆで卵、スープ、ハムと野菜が並んでいる。
「美味しそうですね」
「ええ、好きなだけお召し上がりください」
「遠慮なく、いただきます」
朝から歩き回ったおかげか、私もいつもより食べることが出来た。
「ところで、この温室はいかがでしたか?」
食後の紅茶をいただきながら、ステファンに尋ねる。
「ええ。実によく手入れされていて、よい温室だと思います」
ステファンの言葉に、温室担当の庭師が嬉しげな顔をする。私も褒められて嬉しく思うが、一つ懸念が浮かぶ。
「でしたら、やはりここでオレンジは難しいでしょうか」
「そのことですが、一つご提案があります」
「伺いましょう」
「オルテンシア国で、近年、新しい形の温室が発案されています。そちらならば、あるいはと思うのです」
「新しい温室とは、どういう物ですか?」
「全面ガラス張りで、温度管理は蒸気式となります。従来の温室に比べ湿度も管理できるので、より南の植物も栽培が可能となりました。ですので、ここでもオレンジが育つのではないかと」
「ということは、別の建物を一から作ることになりますか?」
「そうなります。あと、少し気になるのは、こちらの冬は雪が深いと聞きます。ですので、雪の重みに耐えることができるよう、設計しなければならないかと」
「なるほど」
頷きながらも、ステファンの含蓄ある言葉に驚いてしまう。
「失礼ですが、ステファンは建築にもお詳しいのですか?」
「いえ、先日の晩餐の時にお話しました通り、色々なことに広く興味があるだけです」
信じられないでいると、ステファンは付け加える。
「ご存じの通り、兄と妹が大変、その、身内のひいき目に見ても優秀です。私は二人の要望を叶えるために動くことが多く、その要望が多岐に渡ったために、このように何の役に立つかわからない知識ばかりを蓄えているのです」
「今、とても役にたっておりますわ」
「そう思って頂けるのでしたら、これまで手伝ってきたことは無駄ではなかったのでしょう」
優秀な兄妹を手伝ってきたというだけで、色々な知識を身につけることができたとは思わない。きっかけは兄妹だったとしても、努力して身につけたのは彼自身だ。
「ステファンが努力された結果をこうして授けて頂けて、大変嬉しく思います」
微笑むと、何故かステファンは驚いた顔をする。そして、口許を手で覆うと、視線をそらされてしまった。彼の頬には少し赤みがさしている気がする。
「どうかなさいました?」
「いえ、そういう風に言われたことがなかったもので、少し、戸惑ったようです」
「それは失礼いたしました」
「いえ、その、不快とかでは、ありませんので」
そこでようやく彼が照れているのだと気がつき、なんだか私も照れてしまう。
手元の紅茶を一口飲み、テーブルの周りに飾られている植物に視線を向けた。
その後は、なんとかステファンが知っている新型の温室について、資料をまとめてもらうようお願いし、予定外の朝食会は幕を下ろした。
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