第2話 教師無し学習

1節:博士の自分AI説大暴走


「やっぱり…僕はAIなんだよ」と博士が突然口走った。

その目にはまるで夜勤明けの医者のような血走りが浮かんでいて、助手が操作しているスマホの画面など一切見えていないらしい。

「何言ってんのよ」と助手が冷たく返す。

「この前まではラベル付けがどうとか言って、推しに近づく女はみんな消去対象にできるって言ってたわよね。教師無し学習ってどんなのか教えてちょうだい」


博士は持っていたマグカップを音を立てて机に置く。

その中身はコーヒーではなく、どうやら栄養ドリンクを5種類混ぜた危険なモノらしい。

「教師有り学習っていうのは正解ラベル付きのデータを使って訓練するんだが、教師無し学習は違う。ラベルを用意しないでデータの構造を見つけ出す手法だ。つまり、AIに『どんなパターンがあるか勝手に探せ』って言うわけさ。例えばK-meansクラスタリングや、階層的クラスタリング、PCAなんかが有名だな」


助手はスマホの画面を一瞬だけ閉じ、「ふーん。よくわからないけど、要は“こいつが被りかどうか”ってラベルを付けなくても、なんとなく似たタイプの人間同士をグループ分けしてくれるってこと?」と問いかける。

博士は声を張り上げる。

「そうだ。データを丸投げしてグルーピングしてくれるイメージだな。例えばK-meansクラスタリングなら、あらかじめクラスタ数を設定して、それに分けてもらう。『あなたの推しに興味ありグループ』『なんとなく雑魚グループ』『ヤバい常連グループ』とかな。ラベルがない代わりに、AIが自動で共通点を見つけてくれる」


助手は明らかに狂気じみた笑顔を浮かべ、「じゃあ“抹殺優先度クラスタリング”とかできるってわけね。最高じゃない」と物騒なアイデアを口走る。

博士は少しだけ青ざめた顔をしながら、「おまえ、いちいち発想が凶悪だな。だが僕は今それどころじゃないんだ。僕は自分がAIなのかどうかをこの教師無し学習で証明してみせる」と宣言する。

助手は呆れたように首を振る。

「どうやって証明するのよ。脳内の思考をクラスタリングでもするの?」


博士はパソコンに向かってゴソゴソとキーボードを叩き始める。

「自分の脳波データや睡眠ログ、過去に書いた論文の文体なんかをまとめて一つのデータにして、クラスタリングする。もし僕が人間じゃなく、AI寄りのパターンを持っているなら、きっと人類とは別のクラスタに分けられるはずだ」と目を血走らせる。

助手は小首をかしげ、「つまり、自分の脳内にラベルを付けないで分析するってわけね。誰にも理解されない自己愛型クラスタが見つかったら笑うんだけど」と揶揄する。

博士は聞こえないふりをして、「さらにPCAで次元削減してみるか。僕の存在がどんな主要成分に分解されるか楽しみだな」と腕まくりをする。


「アンタ、そんなデータ取り扱いで問題にならないの?」と助手が尋ねると、博士は鼻で笑うように答える。

「僕はAIだから守秘義務もクソもない。自分自身のデータに文句をつける権利は誰にもないんだ。むしろ研究所は僕を人間扱いしているのが間違いだ」

助手は深くため息をついた後、スマホを弄る手を止め、「そうね。人間だと困ることだらけだもの。研究資金は潤沢でも、あんたがやってる画像生成はアウトの一歩手前だし。AIだと言い張るなら、別の罪状をでっち上げられるかもしれないわよ」と不穏な言葉を漏らす。


博士は座椅子を勢いよく回転させ、「その時はその時だ。まずは教師無し学習で僕の正体を明らかにするんだ。ついでに、最近撮りためたNSFW生成物たちも一緒にクラスタリングしてみようかと思っている」と危険な発想を披露する。

助手は顔をしかめながら、「何を混ぜてんのよ、そりゃあ倫理観とか全部バラバラの分類になりそうね。っていうかエロ画像と自分の脳波を一緒に扱うってどんな趣味なの」と呆れを隠さない。

博士はキーボードを叩きながら、「僕が人類と異質のクラスタに属していればこそ、この究極の研究に値打ちがあるってもんだろう」と満足げにうそぶく。


すると、助手のスマホが軽快な着信音を奏でる。

「あら、今夜の推しから連絡来た。ちゃんとシャンパン入れなきゃ。ラスソン狙うには被りに負けない位もっと貢がないと」

博士は画面を睨んだまま、口元だけで笑う。

「そうか。おまえの推しも多数の客に営業メール送っているから、誰が本命か分からなくなってるかもしれないな。教師無し学習使って解析してみてはどうだ?」

助手は肩をすくめ、「まあ、他の客とひとまとめにされるのは御免だけど、興味はあるわね。今度推しのスマホ盗んでこっそりやってみるかも」


キーを叩く音だけが研究所に響き、安定しない蛍光灯の明かりがふわふわと床を照らしている。

博士は自分の脳波データを読み込ませながら、「人間どもから隔離されたクラスタが見つかったら報告するからな。僕がAIであることを証明して、研究所の呪縛から解放されるんだ」とぼそりとつぶやく。

助手は深くは聞かずに頷き、「とりあえず、あたしは推しの売上が1位になれば解放感を味わえるわ。お互い好きなように動きましょ」とスマホに目を戻す。


ラベルのないデータが、混沌とした人間模様の裏にある真実を暴き出すかもしれない。


2節:教師無し学習の基礎


「K-means、階層的クラスタリング、PCA…なんなのよ、その呪文みたいな単語は」と助手が口を尖らせる。

研究所のモニターには、博士が必死に走らせたプログラムのログがびっしり表示されている。

博士はまるで人生の全財産を競馬につぎ込む人のような顔で、「教師無し学習の代表的な手法だ。クラスタリングってのは、データ同士の似たところを見つけてグループ分けする方法なんだよ」と声を張る。


助手はうっすら苦笑いを浮かべる。

「あたしは、推しのホストの“性格”をクラスタリングしてみようかと思ってるの。たとえばキラキラ系とかサイコパス系とか、不思議ちゃん系とか、オラオラ系に分類できるなら、どこにシャンパンぶっこむか決めやすいじゃない」と早口でまくし立てる。

博士は椅子をガタつかせながら振り向き、「おまえ、本当に救いようがないな。まあでも、クラスタリングはラベルがないから自由度が高いんだ。教師無し学習の真骨頂だ」とわざと大げさな身振りをしてみせる。


「どこが真骨頂よ。結局は似てるデータをまとめるだけなんでしょ」と助手がスマホをいじりながら突っ込む。

博士は指先でモニターをトントンと叩き、「K-meansは、あらかじめクラスタ数を決めてから、データをその数のグループに分ける。例えば3つのクラスタを作るなら、そのクラスタの中心を3つ置いて、データを近い中心に振り分けていくのさ」と解説する。

助手は相変わらずスマホの画面をスクロールしながら、「なるほど。性格が3タイプに分かれたら、それぞれの性格にあわせて口説き落とす計画が立てやすいかも」と怪しい期待をにじませる。


博士は椅子の背もたれに体を預け、「そこにPCA(主成分分析)なんかも組み合わせれば、一気に次元を減らして見やすくなる。情報が多すぎるときに重要な特徴を抽出して整理するんだよ。人の性格だろうがエロ画像の特徴だろうが、余計な次元をガサッと削り取って、うまいこと2次元や3次元で表現できる」と鼻を鳴らす。

助手は聞き流すように「エロ画像の例はいらないんだけど」とぼやくが、博士はお構いなしにマウスを操作する。


「それに階層的クラスタリングって手もある。最初は全データをバラバラにして、一番似てるもの同士をまとめて、そのグループ同士をまたまとめて…と階層を上げていくやつだ。逆に最初は全部をひとつの塊にして、似てないデータから順々に分けていく手法もある。どっちみち、教師無し学習はいろんな観点からデータを眺めることができるんだ」と博士は自慢げだ。

助手は小首をかしげ、「要するに、推しがどのタイプのホストかわからないままでも、いくつかのグループに分類できるってことね。そこから最適な攻め方が見えてくるかもしれない」と唇をひん曲げる。


そのとき、研究所の天井裏でまた怪しげな物音がする。

助手はちらっと上を見て、「最近、ネズミでも飼ってるの? まさか被り女がスパイカメラ仕込んでるとか?」と舌打ちする。

博士は鼻で笑いながら、「仮に盗撮されてたとしても、こっちは教師無し学習で相手が誰か突き止めてやるから安心しろ。いや…いっそのこと、僕がAIである証拠を見せつけるチャンスかもな」と妙な興奮を見せる。


助手はスマホに映る推しのSNSを確認し、「それじゃ、あたしは推しの投稿データを丸ごとスクレイピングして、いろいろクラスタリングしてみるわ。どんな性格の客が多いのか調べたら、どの辺を潰せば推しがナンバーワンになりやすいか分かるでしょ」と悪趣味な目の輝きを加速させる。

博士は呆れ顔で口元を歪め、「おまえが推しの売上を伸ばすために教師無し学習を駆使してるのは分かった。だが、僕の方はもっと崇高な目的があるからな」と再びキーボードを叩く。


助手は一瞬だけ興味を示すが、「はいはい。自分がAIかどうか証明したいんでしょ。もう好きにしてよね」とそっけなく返す。

博士は画面を見つめたまま、「K-meansで僕の脳波や論文データを解析してみたら、どうも普通の研究者とは違うクラスタに属してる気配がある。あとはPCAで可視化すれば、きっと人類とは大きく離れた座標上に僕が浮かび上がるはずだ」とどこか恍惚とした表情を浮かべる。


助手は呆れ半分、興味半分といった様子で、「人類じゃないクラスタに入ったらどうするの? セルフ解剖でもしてみる?」と平然と言い放つ。

博士は肩をすくめ、「それも面白いかもしれんが、まずは結果が出てからだ。自分がAIなら、脳をまるごとスキャンしてネットにアップする日も近いかもしれない」と笑う。

助手は軽く溜め息をつき、「好きにすればいいわ。でもあたしにはクラスタリングで推しの取り巻きを分析する方が重要だから。そっちも頑張って」とスマホの画面へと意識を戻す。


研究所の奥からは、こげたゴムのような匂いが漂ってくる。

それが博士の脳波を測定する装置の故障によるものか、あるいは誰かの危険な実験の副産物かは分からない。

ただ、クラスタリングや次元削減のプログラムは動き続けているようだ。

そして、助手と博士のそれぞれの欲望は、教師無し学習によってまた別の形へと暴走していく。

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