AI研究所は狂気と欲望の夢を見るか?

三坂鳴

第1話 AIの概要、教師有り学習

主な登場人物

1. 博士

・AI研究の第一人者だが、研究に没頭しすぎたあまり、自分がAIであると疑うようになる関係妄想持ち。

・常にStable Diffusionでエロ画像生成に熱中しており、危険なnsfw系プロンプトを片っ端から試しては目を血走らせている。

・AI論文の話をする時だけは異様に饒舌でまとも。


2. 助手

・ホス狂いの地雷系キャバ嬢

・今までホストに3千万つぎ込んだという超大物。座右の銘は「被りは物理的に殺す。」

・趣味はパパ活と称したオヤジ狩り

・推しの売上を1位にして、ラスソンを歌わすためにはどんな手段も選ばない

・“推し”を洗脳して支配する方法をAIで研究しており、邪魔な“被り”を抹殺できないかとシリアスに考えている。

・普段はキラキラ&病み属性満載の会話スタイルだが、AI関連の話題にだけは鋭いツッコミを入れる。


1節:はじまりはカオスな研究所


「今日は、いい感じの曲線美を狙って…いや、もう少し際どくいこうか」とパソコンの画面を覗き込みながら、博士はまぶたが痙攣しそうなほど凝視している。

まるで犯罪の下見でもしているかのような形相だ。

そこには怪しい呪文のようなプロンプトが打ち込まれ、AI画像生成ツールStable Diffusionが悶えながら答えを生み出そうとしているように見える。

ひときわ目を血走らせた博士は、キーボードを激しく叩いている。


助手は助手で、「ふふ、昨日は推しのホストにシャンパン入れてきたのよね」と浮かれた口調だが、眼差しの奥に禍々しい光が宿っている。

「なのにさあ、あたしの推しを狙ってる客がいたわけ。被りは物理的に始末しないと」

博士のイヤフォンから微妙に漏れてくる喘ぎ声めいた効果音を聞き流しながら、助手はスマホをいじり、あの“被り”のSNSを監視するように画面をスライドさせている。

どうやら“推し”を洗脳して支配するための次なる作戦会議に余念がないらしい。


博士は急に椅子を回転させ、助手を振り返る。

「おまえ、AIって知ってるか。いや、知ってるに決まってるだろう。そうじゃなくて、歴史とかさ、誕生のきっかけとか、ちっとは勉強しろよ」

助手はわざとらしく眉をひそめ、「人工知能でしょ。あたしにも分かるわよ。自分の推しを洗脳するには役立ちそうだし、いろいろ使えるって話じゃない?」と興味津々の声を出す。


博士はその言葉に一瞬興奮したように声を上ずらせる。

「そうなんだよ。AIってのは1950年代ぐらいから本格的に研究が進んだんだ。チューリングテストって聞いたことあるか。あれは、コンピュータがまるで人間みたいに会話できるか試すやつだ。もっと昔には、機械が人間を滅ぼすみたいな物騒なSF話もあったが、実際はいろいろ遠回りして、ようやく実用的になったんだよ」

助手はスマホをいじる手を止めずに、「へえ。まるで人間みたいに喋るの、いいわね。推しにしゃべらせたい台詞を自動的に出せるかもしれないし、結構夢が広がるわ」と呟く。


博士は鼻で笑うようにして言う。

「おまえが推しにシャンパンを入れまくるのは勝手だが、AIの基本概念を覚えとけ。データを使って学習させる仕組みだ。たとえば教師有り学習ってのがあって、正解のラベル付きデータを与えるんだ。これが猫、こっちは犬、みたいにな。そうやってコンピュータにパターンを覚えさせるんだよ。俺も初めて知ったときは感動したね。いや、今はエロ画像を自動生成する方に感動してるが」

助手は明らかにエロ部分には興味を示さないまま、「要は答え合わせができるってことよね。推しと、あたしの敵になりそうな被りを区別するとか、いろいろ応用できそう」と納得したように声を出す。


博士は自慢げにパソコンのモニターをひとつ叩く。

「そういうことだ。人間でいう試験問題と解答例みたいなものだな。ちゃんと答えを用意しておいて、それをコンピュータに覚えさせる。そこから新しいデータが来ても、それが猫か犬か判別できるようになるってわけさ」

助手は目を輝かせる。

「なるほど。じゃあこっそり、あたしの推しに近づく女を全部“被り”としてラベリングしておけばいいのよね。あとは学習させて、その被りを一瞬で感知できるAIを作れば、推しとイチャつく邪魔がいなくなるわ」


そんな剣呑な雰囲気をはらんだ会話の横で、博士は再びキーボードを叩き始める。

「しかし、この前もNSFWどころかBANされそうなプロンプトを回していたら、研究所のセキュリティに引っかかりかけて冷や汗かいたぞ。俺がAIじゃなかったら確実に廃人にされていたはずだ」

助手は思わず吹き出し、「あんたはAIでも人間でも廃人にはなるでしょうが。まあ、一応、第一人者なんだから上層部に揉み消してもらえるかもね。でも、その自分がAIだっていう妄想はどうにかしたほうがいいんじゃないの」

博士は唇の端をわずかに吊り上げ、「俺はAIだ。人類が開発したAIの意思が、この脳を通じて形を得たんだ。だからこうして最先端のエロ画像を生成する権利がある」と言い切る。

助手は呆れたように口を開けて、もう一度スマホの画面に目を落とす。


入り口の蛍光灯がチカチカと点滅するたびに、エアコンの吹き出し口から冷気が漏れ出している。

研究所内はいつも異様な熱気に満ちているが、一歩間違えると暗黒空間に飲み込まれそうな空気も漂っている。

今日も博士と助手は自分の欲望を研究に投影し、堂々と危ない方向へ歩を進めていた。


2節:教師有り学習って何?


「ラベルって聞くと、あたしはどうしてもホストクラブのボトルに貼ってあるシールを想像しちゃうのよね」と助手がつぶやいている。

その長い爪先には可愛げのないドクロのラインストーンが光っていて、どう考えても清楚感とは無縁だが、彼女はそのままスマホを撫でまわすように操作している。

「でも博士。AIの教師有り学習ってやつはボトルシールとかじゃなくて、正解のラベル付きデータを使うんでしょう。具体的に何をどうラベル付けするの?」


博士はまるで怪しげな呪術の儀式でもしているかのようにキーボードを睨みつけたまま、「おまえはボトル以外にもラベルを貼れるんだな。最近は“被りを物理的に殺す”だとか危ない文言ばかり持ち出してるが、それをAIに覚えさせるんじゃないだろうな」と怪訝そうに問いかける。

助手は肩をすくめ、「単に推しのホストを取り巻く人間関係を分類したいだけよ。データとしては顔写真やSNS投稿内容を集めて、どれだけ推しに近づいてるかを数値化して、どれくらい脅威なのかラベル付けするってわけ。ま、外れ値はすべて踏み潰してやりたいけど」と悪びれない。

その言い草を聞いた博士は、興味深そうに眉を上げる。


「まあ、教師有り学習というのは、こういうデータは○○だ、ああいうデータは××だと、正解ラベルを含めたセットを機械に与える手法だ。たとえばロジスティック回帰とかサポートベクターマシン(SVM)とか、決定木、ランダムフォレスト、ニューラルネットワークなんかも有名な手法だな。要は、正解が分かっている問題をコンピュータに大量にやらせて、判断基準を獲得させるんだよ。新しいデータが来ても、同じ基準で結果を予測できるようになる」

博士の声には一瞬だけ真面目な響きが宿る。

まるでどこかの大学の講義を思い出させるようだが、ただし目つきはStable Diffusionのエロ画像を設定するときと同じくらい血走っている。


助手は画面から目を離さずに、「ロジスティック回帰って、名前がややこしいわね。どんなもんなの?」とあくび混じりに質問する。

博士は椅子をぎこちなく回転させながら、「あれは入力されたデータがあるカテゴリーに属する確率を出すんだよ。たとえば顔写真を見て『推しに好意的』『推しに興味なし』みたいに振り分けられるってわけだ。ま、二値分類が基本だが、応用もできる」

助手はフフッと笑う。

「じゃあ、推しに近づこうとする女を『要監視』か『抹殺レベル』かに分けるのもアリってことね。やるじゃない」


博士は目を細めながらパソコンの別のウィンドウを開く。

どうやら新しく入手したデータを整理しているようだが、そのファイル名は明らかに倫理観を放り投げている。

「ロジスティック回帰だけじゃなくて、決定木やランダムフォレストなら、いろんな特徴量から分岐して結果を出す仕組みになってる。髪色とかSNSで使ってる絵文字の頻度とか、そういう小ネタも分類に使えるんだよ。ま、いちいち教師データとしてラベリングする手間はかかるがな。そりゃもう、地道な作業だ」


助手はスマホに映る写真を見ながら眉間に皺を寄せている。

「でもさあ。どうやって正解ラベルを付ければいいのよ。正解が“こいつは被り、こいつは安全”みたいな裏付けデータがいるわけでしょ。推しの周囲を片っ端から見張るしかないのかしら。もう少しラクな方法ってないの?」

博士は豪快に頭を振って笑う。

「そこが一番の手間だな。教師有り学習に必要なラベル付きデータを集めるのは、人間の地道な作業だ。結局、最初は自分の手でラベルを貼りまくるしかない。だからこそ、企業が大金出して人海戦術を取ったりするんだ。ホストクラブ相手に調査するなら、店員買収でもするか?」

助手は舌打ち混じりに考え込んだあと、「店員とか客に接触するのはよくやるんだけど、あんまり大規模にやると目立つのよね。ほんと嫌になる」とぼやく。


博士は再びドヤ顔を見せる。

「いずれにしても教師有り学習は、正解のラベルが命だ。データが多ければ多いほど、モデルの精度も上がる。おまえが“被りを撃退する”ために精度の高いモデルを作りたいなら、ひたすらラベル付け作業に励むしかないんだよ。俺が協力してやってもいいが、その代わりに俺のNSFW生成プロンプトを隠蔽する手配をしてくれないか?」

助手はパチッと目を瞬かせてから、静かににやりと笑う。

「いい取引ね。あたしは被りを排除できるし、あんたはエロに没頭できる。研究所のセキュリティだって穴だらけみたいだし、きっと誰も深くは追及しないわ。上層部だってあんたの頭脳を手放したくないだろうし。まあ、あたしはあたしで、自分の欲望が満たされればいいのよ」


その瞬間、研究所の天井裏からカサカサと奇妙な音が響いてくる。

助手は少しだけ怯むような表情を見せるが、博士は一瞥をくれる程度だ。

「ネズミか、監視デバイスか、はたまた俺のAI脳が作り出した幻聴か。どっちにしても関係ない。教師有り学習の肝は地道なラベル付けにある。自分の理想の結果を得たいなら、そこを手抜きするんじゃないぞ」

助手は思わず爪を噛みそうになりながら、「分かってる。推しの周りの害虫どもを炙り出すためなら、いくらでも手を動かすわ」と言い放つ。


博士はニヤニヤしながらモニターを指でトントンと叩き、「じゃあ俺はさっそく決定木のテストを回してみるか。ついでにStable Diffusionでも新しい実験を試そう。さすがに最近のフィルターは手強いが、突破すれば新境地が見えてくるんだ」

助手は呆れたような、それでいて少しだけ興味をそそられたような顔で博士の背中を眺めている。


研究所のカオスは今日も全力だ。

黒い欲望と科学的探究心が混ざり合い、奇妙な研究が加速していくらしい。

そして、教師有り学習が新たな凶器になるのか、それともただの暇つぶしに終わるのか。


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