第40話
春香を幼稚園に送ろうと、マンションを出るとなんとなく視線を感じて…
其方に目を遣ると、どこかで見た気がする女性が立っていた。
春香を幼稚園に連れて行きながら、どうにも先程の女性が気になってしまって…自分の記憶をずっと探ってみて・・・
もう幼稚園に着くというトコロで・・・
「あっ・・・」
あの女性が誰なのか…もしかしたら…
それから私は急いで春香を幼稚園に預けて、マンションまで走って帰った。
でも着いた時には、女性の姿はもう無くなっていて・・・
でも・・・もし…あの女性が私の想像通りならば・・・私は彼女に会わなくてはいけない。
私の不倫相手だった部長の娘さん。
不倫関係になる前、一度だけ写真を見せてもらった事があった。
高校の入学式の時の写真。その時…部長は、嬉しそうに…その写真を私に見せて、自慢の娘なんだと言っていた。
私は部長が離婚したコトを聞いた時…
何も思わなかった。いや…内心喜んでいたと思う。ざまぁみろって。
部長の…家族の気持ちなんて…何も思わなかった。今の今まで・・・
そして私は、もしかしたらと・・・駅に向かって…また走り出した。
そして…しばらく走ると、その女性の姿が遠くの方に見えて。
カチカチと震え出す足を、無理やり前に踏み出させて、何とか追い付いて…
「あのっ!すみませんっ!」
私はその女性に声をかけた。
その女性は振り返ると…私の顔を見て・・・
綺麗な顔を歪めさせながら・・・
「・・・なんでしょうか…?」
そう…私に尋ねた。その声色は何の感情も感じさせないようでいて…
でも奥底には滾るような感情が渦巻いてるであろうコトが感じられて・・・
自分の業を再認識させられて・・・
私は…今更、彼女に何を言おうとしているのか・・・
けれど・・・
「あの・・・失礼ですが…霧咲というお名前では…ありませんか?」
きっと間違いない・・・
「ええ・・・なんでわたしの名前を知っているんですか?」
彼女に、そう尋ねられて・・・
私は言葉に詰まってしまった。
私は…ただ一言、謝りたかっただけだった。
私は自分と春香が…同じ境遇になって、
そして今やっと・・・自分が彼女達にしたコトに目を向けたのだ・・・
あまりの自分のクズさ加減に泣きそうになってしまう。
それでも・・・私があなたの父と不倫関係にあったからですとは…言えず・・・
「あっ…あの・・・そこのお店で…少しだけでも良いですから…お話させて頂けないでしょうか?」
尋ねられたコトをはぐらかして…私はそう言った。
彼女は少し逡巡する素振りを見せてから…
「分かりました…」
そう言ってくれた。
それから私が指差した喫茶店に入り、店員さんが案内してくれた席につく。
何から話をしたら・・・
私が…そう考えていると…
私より先に彼女が口を開いた。
「高岡…涼香さんですよね・・・」
「はい・・・」
私がそう答えると。
「ごめんなさい…」
「えっ・・・?」
一体彼女は何を言っているんだろうって。
私は・・・彼女はきっと…自分の家庭を壊した女を見に来たのだと思っていた。
でも違ってた・・・
「だから・・・わたしが春人さんを…あなたから奪ったコト・・・です…」
「えっ…あっ、なっ・・・なんで…?」
突然の告白に…意味が分からず、
思わず疑問符が口から出てしまった…
「春人さんが…好きだからです。あなただって…わたしの父が好きだったんでしょう?」
背中を…えも言われぬ不快感が這い上がって
私の臓腑をぐちゃぐちゃに掻き回して…
吐き気が迫り上がる。
「ちっ…違う・・・・」
咄嗟に、否定の言葉を吐き出してから、
それが…どれだけ彼女のコトを傷つける言葉なのか気づいて・・・狼狽える私を見て…
彼女がクスリと笑った気がした。
「そうですよね・・・あなたは覚悟もなく…人の家庭を壊した・・・好きでもない人と不倫をして・・・
魔が差したのかも知れないし、ただタイミングが悪かったのかも知れない。きっと粉をかけてきたのだって…わたしの父だった人からでしょう。
だから許せと?」
「そっそんなこと…思って…ない・・・」
そう口にすると…彼女はそれまでの静かな態度を崩して・・・
「なんで、なんで、なんでっっっ・・・
あなたと父が不倫なんて…しなければっ…
せめて・・春人さんにそのコトをあなたがっ、正直に話してればっ・・・
わたしは・・・こんなっ…」
「ごめんなさい・・・」
それしか言葉が出てこなかった。
私は・・・
自分の業が招いた因果が…ここまで狂っているコトに・・・神を恨んだ…
全て私が招いたコトだとしても・・・
でも私は彼女の心の叫びを受け止めなくちゃいけない。
彼女の顔が春香の顔と重なって見えた・・・
「私も…あなたと一緒なんですよ・・・わたしは…娘さんから幸せを奪ってしまった…
覚悟があろうが…無かろうが…一緒なんです…」
彼女の口から出た言葉は…私が想像していたモノでは無くて・・・
彼女自身を憐れみ…責めていた・・・
私はただ彼女の瞳を見つめて、続く言葉を待った…
「私が・・・ココに来た事を春人さんに話して下さっても構いません。
春人さんは…まだあなたのコトを愛していますから・・・奪い返せるかもしれませんよ…
本当はあなたに会ったら・・・もっと酷いことを…、憎しみが溢れ出すと思ってたのに・・・
不思議と…もうそんなに残っていなかったみたいです・・・
・・・それでは…失礼します。」
そう言って彼女は去って行った。
コレは・・・自分勝手な・・・
ひどく都合の良い考えかもしれない…けど…
でも・・・私には…
彼女は・・・私の罪の清算をしに来てくれたんじゃないかと思えた。
その日から・・・私は今まで
春人は変わらずに私達と家族ごっこをしてくれた。些細な事も一つ一つ丁寧に、残された時間を宝物のように・・・過ごして…
春香と…私にもちゃんと愛情が向けられているのが分かる。
その春人の気持ちが…胸を締め付けた。
2ヶ月後。
夫婦最後の日…私は春人に抱かれた。
わたしから春人を誘って。
これから先…私には春人の気持ちを受け止めるコトは許されない・・・
だから最後に一度だけ…受け止めたかった。
これでお互いに全て終わり。
私の人生最後のセックスは・・・
甘くて…苦くて…
人生で一番…気持ちが良くて・・・
涙が止まらなかった。
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