第39話
真冬視点
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係長と別れたあと・・・
帰りの電車の中で、係長との将来を想像してみた。
春人さんと結婚をして、しばらくして子供も出来て・・・
きっと春人さんなら、子供に私みたいな思いはさせないだろうな…
春人さんは…わたしの父だった人とは違うから・・・
そこまで想像して・・・
胸にイヤなモヤモヤが広がっていく・・・
一度だけ写真で見た係長の娘さんの顔が浮かんでくる…
自分の手をギュッと握り締めて・・・
先程までの幸せな気持ちは、どこかに霧散してしまって・・・
わたしはそれ以上…考えないようにした…
家に着いて、玄関を開けて…
「お母さん、ただいま…」
お母さんは、わたしの声を聞いて・・・心配してくれたんだろう…
「真冬…おかえりなさい。何か…あったの…?」
そう…声をかけてくれた。
「ううん…楽しかったよ。春人さんはとっても優しくて。ねぇ、お母さん?」
「ん…なぁに、真冬?」
「あのね…浮気する人って・・・どんな気持ちでするのかな・・・?」
係長…春人さんは最後まで迷っていた。そして…最後の一線を越える前に、わたしのコトを諦めようとしていた。
その一線を越えさせたのは・・・わたし。
春人さんは…最後の一線を越えた時、一体どんな気持ちだったんだろうって・・・
娘さんはどんなに傷つくんだろうって…
「それは・・・分からないわ…きっと色々な人が居て・・・流されてって人もいるでしょうし、本気で浮気相手のことを好きになってしまう人もいるでしょうね。」
「そっか…そうだよね。わたしね、人を傷つけてしまうコトが…怖くないのかなぁって思ったの゛・・・」
「真冬・・・」
お母さんは朝と同じように…わたしのコトをそっと抱き締めてくれて。
わたしの暗い…後ろめたい感情が溢れ出す…
実際にコトを成してしまった後の罪悪感は…
自分が想像していたよりも・・ずっと重くて
「わたしも゛ねっ・・・人を傷つけてしまったんだなぁ゛って・・・今更だけどねっ゛…
怖くな゛っちゃってっ゛・・・ぐすっ…」
涙が止まらなくなって…
ボタボタと溢れる涙が…真っ白なワンピースを汚していく。
「真冬?あなたの…その感情は、とっても正しいコトだと…お母さんは思うわ・・・
厳しいコトを言うようだけど・・・その気持ちは…その罪悪感は…一生涯、持ち続けなさい。」
「・・・ゔんっ…」
「モノと違ってね、心は…同じには戻らないのよ。だからね、傷つけてしまったコトを自分の内にちゃんと抱えて生きていくの。
私は、それが・・・傷つけた側の人間の誠意だと思うわ。」
「ゔんっ・・・ゔぅっ…ぅわ゛ぁァーん゛…」
わたしはお母さんの胸に顔を預けて・・・
みっともないくらいに泣いた・・・
そして…ひとしきり泣いて、少し落ち着きを取り戻し始めた頃、
お母さんに促されて、お風呂に入って、それから・・・また話をした。
お母さんは、もし休み明けに春人さんがやっぱり別れようと言ってきたら、その時はちゃんと諦めなさいって。
でも…そうじゃなかったら・・・
その時は自分で決めなさいって。
もしやっぱり諦めるコトを選んだ時は、お母さんも一緒に土下座でも何でもしてあげるからって…
次の日…わたしはずっと、ずっと考えて…
でも全然答えなんて…出なくて・・・
春人さんにメッセージを送るのも…
それは違う気がして・・・
そのまま何もせずに1日が終わってしまった。
月曜日…早めに出社してみたけれど…
春人さんはまだ来ていなくて、少し不安になって・・・
春人さんが出社してきたのは、珍しく始業開始時間ギリギリだった。
その表情から…とても憔悴しているように見えて・・・
わたしの不安はどんどん増していった。
そしてお昼に春人さんからメッセージが届いた。
「今日、仕事が終わったら話を聞いて欲しい」
そのメッセージを読むと…心臓がうるさいくらいにドクン、ドクンって…わたしの不安を煽ってきて・・・
午後からの仕事が全然手につかなくなってしまった。
終業時間後、わたし達以外…誰もいなくなってしまったオフィスで、
春人さんは昨日までの顛末を話してくれた。
奥さんに私達の関係を話して、別れようと伝えた事・・・
奥さんが別れるコトを了承した事
奥さんがちゃんと離婚するまでは家族として過ごしたいと願っている事…
余す事なく、全てを…とても真剣な、悲しそうな、苦しそうな、きっと色々な感情が入り混じっているんだろうなって顔をして…
話してくれた。
現実はわたしが想像していたよりも、ずっと性急で・・・
わたしは春人さんの話に…ただ頷くコトしか出来なかった。
そして…春人さんはそこまで話し終えると、
一呼吸置いてから…わたしの目をしっかりと見つめて、春人さん自身の気持ちを話し始めた。
それは・・・
春人さんは奥さんのその願いを叶えたいと思っていて…
だから・・・
ちゃんと別れるまで、2人きりで会う回数を減らしたいというコトだった。
わたしは…それはイヤだなんて…言えなかった・・・
「そうですか…でも・・・仕方ないですよね…」
わたしはそう言って…
でも胸は痛いくらいにズキズキしていた…
だって・・・春人さんの心に…娘さんへの気持ちと一緒に・・・同じくらい・・・
奥さんへの気持ちがあるコトが分かってしまったから・・・
お母さんの言葉が、頭を過ぎる。
「その時は自分で決めなさい」
もし最後の分水領があるとしたら…
きっと…今、この時なんだろうな・・・
自分の中で…色々な感情が渦を巻いて…
恋慕、嫉妬、罪悪感、
それらが、わたしの心を掻き乱して・・・
迷って…迷って…迷って…
すごく苦しくなって・・・
わたしが顔を
その瞬間…春人さんにそっと抱き締められてしまった・・・
会社では必ず・・・一定の距離を保っていた春人さんがそんな行動を取ったコトに驚いて…
それだけ…もう心がぐちゃぐちゃになっているんだろうなって…分かって・・・
「ごめん…でも…待ってて欲しい・・・」
苦しい気持ちを吐き出したような声で…
そう口にした春人さんの気持ちに・・・
「はい・・・」
そう・・・わたしは答えた。
わたしは…
醜い自分も受け入れようって。
誰かを傷つけてでも…焦がれた人を奪うような人間なんだって。
自分だけ綺麗なままでなんて・・・
そんなのは間違ってると思った。
そして・・・
奥さんへの気持ちを残したままの…
春人さんと…
それでもいいから…一緒に居るコトを選んだ。
だって・・・こんなに…
好きになってしまったから…
ーーーーーーーー
それから・・・
一緒に残業をする事は無くなって…
2人きりで会う時間はめっきり減ってしまった。
それでも・・・春人さんは…週に一回だけ…
2人きりで会う時間を作ってくれた。
会う場所は…2人きりで誰にも邪魔されない場所。もうそれ以外の選択肢は無かった。
限りある時間を1秒でも惜しむように、春人さんと求め合った…
わたしは少しでも春人さんから…奥さんへの想いを、匂いを消し去って・・・
自分の存在で、匂いで、愛で、奥さんの存在を塗り潰したかった。
でも・・・どれだけ塗り潰しても…乾くと下の色が滲み出してきて…
またそれにわたしの色を重ねて…
わたし達はきっと…どんどん汚れていった。
そうして1か月程経って・・・
わたしは仕事を休んで…春人さんの住んでいるマンションの前に立っていた。
どうしても・・・春人さんの奥さんの顔を、その目で見ておきたかった。
春人さんを裏切って、わたしの父だった人と不倫をしていた女。
その結果…不義の子を孕んで、堕ろして、春人さんにそれを隠し続けた女。
そして…今も春人さんの心に居座る女・・・
こんな女のどこがいいんだろうって…
春人さんがどんなに…この女を愛していたとしても・・・
わたしには憎しみの対象でしかない…その女の顔を目に焼き付けておきたかった。
自分のしたコトは…全部が間違いじゃないって…
この女と一緒にいたら…春人さんが不幸になるから・・・だから…
そして…しばらくマンションから少し離れた場所で立っていると、手を繋いだ
まだ小さな
なんで・・・って思う。
もっと不幸そうにして居てよ…
もっとイヤな女の顔をして居てよ…
なんでっ、なんでっ、なんでっ・・・
そんな・・・良い母親の顔…しないでよ…
そして…
春人さんの…面影がある女の子の笑顔が・・・
はにかみながら…幸せそうに…わたしに娘さんの写真を見せながら、笑っていた春人さんを思い出させる…その笑顔が・・・
わたしの胸に突き刺さって…
わたしは・・・そのまま…その場に立ち尽くしてしまった・・・
しばらくして…
「もう…帰ろう・・・」
そう1人呟いて…来た道を戻っていると、
「あのっ!すみませんっ!」
後ろから声を掛けられて、振り返ると…
あの女が息を切らしながら立っていた。
「・・・なんでしょうか…?」
わたしはそう…その女に尋ねた。
努めて冷静に…何の感情も持たないように…
あの日からずっと…自分の中に抱えてきた憎悪が溢れ出さないように・・・
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