愛された向日葵

かいんでる

向日葵の昔話

 はじめまして。

 私は向日葵です。

 名前ですか? 名前は無いんですよ。向日葵は向日葵なのですから。


 まあ、私のことはこのくらいにしておきましょう。

 久々のお客様に私の心は軽やかになっております。

 お礼に、ある少年と少女のお話などいかがでしょうか。

 お楽しみいただけるといいのですが……。




 幼馴染の彼女がこの家へやって来たのは、大きな戦争が終わった夏の日でした。

 この家には、両親を亡くし、祖母と二人で暮らす少年がおりました。

 彼女は戦争で父親を亡くし、母親も病気で亡くしたそうです。

 しかし、彼女には引き取ってくれる親類などはおらず、見かねた祖母が彼女を招いたのです。

 彼女に好意を寄せていた彼は、大変喜んだそうです。

 少年の名はみのる、少女の名は陽子ようこと申します。

 共に十歳の小学生でございました。


 

陽子ようこは本当に向日葵が好きねんな」


「ほうや。わたしには向日葵があればいいげんよ」



 少年の家には、私の他にも花はおりましたが、向日葵はわたしだけで御座いました。



「お母さんも向日葵好きやってんよ」


「ほっか。んでも、この向日葵ぜんぜん大きならんな」


「栄養足りんがじゃないけ。向日葵に何やったらええか、みのる知っとる?」


「そんなん知らんわいや。先生に聞いてみたらどうや」


「ほやね。ほんなら明日聞いてみよ」



 今は人の背丈よりも大きい私ですが、当時の私はまだ小さかったのであります。

 彼女は、そんな私を大きくするために一生懸命でした。



「また牛の糞貰ってきたんか」


「ほうや。これがいいって先生言うとったもん」


「持ってくるが大変やろ。今度行くとき一緒についてくわ」


「本当に? じゃあお願いするね」



 せっかく好きな彼女と一緒に住んでいると言うのに、彼女は向日葵しか見ていなかったそうです。

 彼は、少しでも彼女に振り向いて欲しいとの想いで、この日から手伝うことにしたそうです。

 二人にお世話していただいたおかげで、私の成長は順調でした。



陽子ようこ。だいぶ大きなってきたんじゃねえか」


「ほやね。でも、まだまだ小さいわ。もっと大きしてあげんなん」


「んでも、これ以上できること無えやろ」


「今できること頑張るしか無いね」



 それからも二人のお世話は続きました。

 夏の暑い日でした。草むしりをしていただいた日の事です。

 私の近くに一羽のスズメがおりました。

 ただし、そのスズメには命の鼓動がありませんでした。

 ケガと暑さで天へと飛び立ったようです。

 草むしりをしていた彼女が、そのスズメだったものを見つけたのです。



「ねえ、みのる


「どしたん?」


「スズメ死んどる」


「本当や」


「可哀想やから、ここに埋めてあげていいけ?」


「ほうやな。埋めてあげっか」



 スズメだったものは、私の隣に埋葬されました。

 私はスズメに対して何の感情もございません。

 土壌に栄養源となるものが埋葬された。そう認識しただけなのです。

 そう、私にとって些細な出来事だったのです。

 しかし、彼女にはそうでなかった。彼はそう教えてくれました。



「ねえ、見て見て。また大きなっとると思わんけ?」


「ほうやな。大きなっとんな」


「もしかして、スズメさん埋めてあげたからかな?」


「なんでそうなるん」


「スズメさんが栄養になっとるとか?」


「爺ちゃんがさ、『山で死んだもんは山の栄養になる』って言うとったかも」


「じゃあ、スズメさんも栄養になっとるげんわ!」


「そうかもしれんけど」


「もっと大きい動物だと、もっと大きなるんかな……」


「そんなことねえやろ」


「でも、スズメさんでこんだけ大きなるげんよ? たとえば犬さんとか……」


「まあ、野良犬ならよう死んどるけどな」


「ねえみのる。手伝ってくれないかな?」


「えぇ〜。あんまやりたねえなぁ……」


「おねがいっ!」


「わかったよ。今回だけやぞ」


「やった! ありがとう、みのる



 この時の彼女の笑顔は、とても素敵だったそうですよ。

 そんな話があった次の日です。

 二人は、ゴザで包んだ犬だったものを運んできたのです。

 嬉しそうに犬を埋める彼女とは対照的に、彼は苦痛の表情を浮かべておりました。



「これでもっと大きなるね!」


陽子ようこ。やっぱこんなん駄目やって」


「なんで?」


「スズメはここで死んどったから埋めたけど、他から持ってくるのは違うんじゃ……」


「そんなん関係ないわいね。もう死んでしもとるげんよ」


「そうやけど、何か良くねえと思うげんわ」


「……みのるは、わたしの向日葵大きなるが邪魔するがん?」


「そんなんじゃねえけど……」


「じゃあなんなん!」


「何か悪いことしとる気するげんて。おれ、一回先生に聞いてくるわ」


「だめやって! そんなんして止められたらどうすんげんよ!」


陽子ようこ……何か怖いよ……とにかくおれ、行ってくる」


「だめ……行かせない……」


「泣くなや。大丈夫やって。ちょっと聞いてくるだけやし」


「だめー!」



 彼は、彼女が持っていたスコップで殴られたんですよ。

 彼女には私しか見えてなかったようですね。

 彼は、彼女に振り向いてほしかったようですが、そうはいかなかったようです。


 お話はこれで終わりになります。

 楽しんでいただけたでしょうか。

 そんな話、本当にあったのかと申すのですね。

 ええ、間違いありませんよ。

 私の下で眠る彼に聞いたのですから。


 おや、もうお帰りですか?

 もう少しごゆっくりされると宜しいのに。

 私ができるお話ならまだございますよ。

 私の下には、まだ五名の男女が眠ってらっしゃいますから。


 そうですか。お帰りになりますか。

 では他のお話は、また今度いらした時にでもさせていただくとしましょう。

 本日のご訪問、有難う御座いました。

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