第3話 招待


山田が自宅のドアを開けた瞬間、高級な香水の香りが漂ってきた。シャネルNo.5の香り。しかし、その下から、かすかに血の匂いがする。


「お帰りなさい」


リビングから聞こえた声に、山田は凍りついた。そこには明美が座っていた。着ているのは、昼間店で試着していたはずのジャケットだ。しかし、その色が少し変わっていた。より深い赤みを帯び、生地の表面が、まるで人の肌のように呼吸をしている。


「どうして...」


「招待されたのよ、あなたの心に」


明美は立ち上がり、山田に近づいてきた。その足音が、妙に湿った音を立てている。カーペットの上を歩いているはずなのに、まるで血溜まりを歩いているような音。


「素敵なお部屋ね。でも...」


明美はゆっくりとジャケットのボタンを外し始めた。その動作には、どこか儀式めいた雰囲気があった。ボタンが外れるたびに、部屋の空気が重くなっていく。


「もう少し、赤が必要だわ」


ジャケットの内側から、無数の糸が伸びてきた。それは血管のようでもあり、神経のようでもある。そして、その先端には全て、小さな針が付いていた。


「私も、最初はこうして始まったの」


明美の声が、どこか懐かしむような響きを帯びる。


「あの方に、永遠の美を教えていただいて...」


糸が、ゆっくりと山田に向かって伸びていく。


「そして今度は、私があなたに教えてあげる」

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