社畜ゾンビから始めるスローライフ
サバ寿司
第1話
──誰か、俺を殺してくれ……。
異世界に転生した俺が願うことは、それだけだった──。
◇◇◇
「……ここは、どこだ?」
俺は暗闇の中で目を覚ました。周囲には岩壁らしきものが見える。洞窟の中だろうか。
「ア、ヴ……」
思わず唸り声が漏れる。全身が重たく、なんだか変な感じがする。
水たまりに映る自分の姿を見て、俺は凍りついた。肌は青白く、あちこちがの皮膚がただれている。ボロボロの作業着は土まみれで、いくつかの箇所が腐り落ちかけていた。
そうか、俺は──。
「働けぇっ! もっと掘れ! 休むな!」
突如、甲高い声が洞窟に響き渡る。振り返ると、骸骨の兵士らしき存在が、大声で号令をかけていた。
周りには、俺と同じようなゾンビたちが、黙々と岩を掘り続けている。
「貴様も何をぼさっとしている! さっさと働け!」
骸骨兵士が、俺に向かって怒鳴った。
「ア、アァ……」
言葉が片言になってしまう。喉の奥から響く声には、ゾンビ特有のにごった音が交じっていた。
仕方なく俺も、近くの採掘道具を手に取った。ここが異世界なのか、それとも地獄なのか。はっきりしたことは分からない。
ただ一つ確かなことは──。
……まさか、死んでもゾンビになって、働かされるとは……。
過労で死んだはずなのに、ゾンビとなって再び労働を強いられる。なんという皮肉な運命だろう。それでも俺は、与えられた仕事を黙々とこなしていく。
まるで前世のブラック企業のように──。
こうして俺の、ブラックダンジョンでの日々が始まった。
◇◇◇
ゾンビになる前の俺は、底辺プログラマーだった。会社のAI導入で人員削減が進み、残された社員は以前の三倍以上の仕事を押し付けられるようになっていた。
何日徹夜が続いているのだろう。ぼんやりとした意識の中で、キーボードを叩く指先がミスを繰り返す。
「神崎くん、まだいたの? 今日も頑張ってるねぇ」
遠くから上司の声が聞こえてきた。返事をしようとしたが、声が出なかった。
「ちょうどいいや。明日の朝イチで新しい案件の資料が必要なんだけど……」
冗談じゃない。もう限界だ。でも断れない。
「は、はい……」
どうにか返事だけはする。画面の文字が歪んで見える。心臓が妙な具合に痛い。
「よろしくね! 私はこれで帰るから」
タンタンと遠ざかる足音。まるで俺の心臓の鼓動のように、不規則な音を立てて消えていった。
意識が朦朧としてきた。画面のアプリが突然、長文コードを吐き始める。
──エラーが発生しました。
「まさか、ここで落ちるなんて……」
慌ててキーボードに手を伸ばす。だが、その指先は宙を切るだけだった。
心臓が激しく痛む。視界が真っ暗に──。
そして俺は、異世界の、ゾンビに転生した。
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