第17話 聖女クレアの失踪
宿屋に戻るとダレンは珍しくドカッと物音を立てて荷物を床へ叩きつけるように置く。
お腹を空かせて元気のなかった少年、怯えるように肩を震わせていた聖女クレア、そしてクレアを物のように差し出そうとしたキーロン司祭……どの場面も見るに耐えないものだった。
前世では虐待の疑われる生徒を上長と一緒に児相と連携をとりながら対応したケースもある。まずは冷静に、ということが鉄則だったため、今日だって顔には出さなかったつもりだ。
それに悪事が行いやすくなるというジョブ『悪役貴族』の影響なのか、人身売買のような形でクレアを引き取ることになった。
せめて本人へ説明だけでも、と思って教会の建物から出てからは敷地内を探してみたがどこにも姿は見えなかった。
キーロン司祭からの説明だけでは不安でいっぱいになってしまうだろう。
(大丈夫だろうか?来年に15ってことは今は14歳か……キツいな……)
トントントンッとノックの音が聞こえたため、大きく深呼吸をして息と一緒に今日の不満を吐き出すと「はい、どうぞ」と返事をする。直前までの感情が声に乗らなかったことにダレンは安堵する。
「物音が聞こえたので帰ってみえたと思いまして。おかえりなさい」
転生前のダレンはもっと物を乱雑に扱い、大きな物音を立てていた。その時々の気持ちや、そこにいることを主張して気分を察して欲しいかのようだった。
その頃に比べればかなり控えめな物音であったが、珍しく怒りの感情がこもっているようでリアは慌ててダレンの部屋を訪れた。
「リア……ただいま。怪我をしたっていうマークさんは大丈夫だった?」
リアとルカには別行動を取り、宿屋の女将さんが言っていた怪我人の所へ行ってもらった。
「もうすでに薬草を使って怪我は治りかけていました。そのため回復魔法は使う必要がありませんでした」
「そうか、良かった。それなら明日には収穫作業が再開できそうだね」
「……教会への説明はどうでしたか?」
普段通りの穏やかな声、普段通りのその日あったことの共有、それでもその裏にやるせない思いが僅かに滲んでいた。普段からダレンと行動を共にするリアでなければ気づかないほど僅かに。
当然、リアの質問する声にも不安と気遣いの色が乗る。
「その聞き方……うーん、やっぱりリアには隠せないかぁ。普段通りの声色で話せたってホッとしてたんだけどな」
「ふふ。きっと他の方なら隠し通せてますよ」
「リアには敵わないね。……お金にがめついだけだなら良かったんだけど……この町の司祭は予想以上に……良くないかも……」
隠す必要もなくなった苛立ちを言葉に乗せながらも静かにダレンは言う。
そのダレンの様子を見て、リアは頬を緩める。
(以前のダレン様なら激昂していたはず……それなのに苛立ちながらも言葉を選んで……『良くないかも』なんて優し過ぎです……なら、私が———)
「なるほど……司祭はクソだった、と。どうします?孤児を全員引き取ってから教会を燃やします?」
リアのあけすけな言葉にダレンは目を丸くする。
「あはは。燃やすのはやり過ぎかな」
「そうですか?ダレン様にそんな顔をさせるなんて燃やして然るべきだと思います。」
もちろん言葉は敢えて強烈なものを選んでいる。しかしそれでも、大陸全土で当たり前のように信仰されている教会を燃やすというのはこの世界では出てこない言葉だ。そこに表れているのはは『教会よりもダレン』というリアの真っ直ぐな忠誠であり敬意だ。
「そんなひどい顔してたかなぁ。とにかく、教会は燃やさない。燃やさないけど監視もつけたいから、例の事業はここで行うことにしたよ。それでその情報を共有したいんだけど……」
「では、ルカも呼んで来ますね」
ダレンの言いたいことを汲み取り、リアは立ち上がる。ルカの部屋に行くためにドアに向かうかと思われたリアはドアとは反対のダレンの座る椅子の横まで近づいてくる。
「?」
「……そんなひどい顔をされてるダレン様へ、私が気持ちが落ち着く魔法をかけますね」
ダレンがゲームを思い出し、混乱などの状態回復魔法でもかけてくれるのかと待っていると、不意に甘い匂いに包まれる。
頭を触ったリアの手に優しく力が込められたかと思うと、ぽふっと音を立ててダレンの顔の左側が柔らかい感触に包まれ、リアの甘い匂いが強くなる。
そう、座っていたダレンはリアに頭を優しく抱えられ、その胸に引き寄せられたのだ。
ダレンを胸に抱きしめながらリアはダレンの頭を撫でる。
「覚えてますか?……私が取り乱した時に、こうしてもらったら落ち着けたんです」
ダレンは最初のゴブリンとの戦闘後を思い返す。確かにあの時はリアが震えていたから抱きしめて頭を撫でた記憶がある。
それを今、ダレンに返してくれているのだろう。
ダレンが頭を撫でるリアの心地良い手の動きに目を細めていると、リアは続けて言う。
「ダレン様、抱え込まないで下さい。怒りや憤りは当たり前の感情です」
「ダレン様の抱くマイナスの感情は私に半分抱えさせてくださいね」
「……よ、よしよし……がっ頑張りましたねぇ」
「ぷっ!」
ダレンは思わず吹き出し、その拍子にリアの柔らかい感触から離れる。
離れたことでリアの表情が初めて見れたが、その白い肌は顔だけでなく首筋まで真っ赤に上気していた。
「なんで笑うんですかぁ」
「だって……『よしよし』って急にお母さんみたいになるから」
「い、いいじゃないですか!ダレン様に対して子どものように出来るのなんて今しかないんですから!」
「あはは。リアは良いお母さんになるね」
「その時は今みたいに笑わずに見てて下さいね!…………あっ……ルカを呼んできます!」
つい、共に子育てをするような発言をしてしまったことにら気付き、リアはこれ以上形容できないほど赤くなり、足早に部屋から出て行った。
しばらくすると「ダレン兄ぃ、入るよー!」と言う声とともに金髪の丸みのあるショートカットの中性的な顔立ちをしたルカが元気よく入ってきた。
その後ろから律儀に一礼してリアが入ってくる。
その顔からは先程までの赤みは引いており、元来の北方都市ホワイトレイクの出身らしい透き通った白色へと戻っている。
2人が着席したことを確認するとダレンは今日訪れた教会の様子ややりとりを報告する。
「まず……この町の教会や孤児院の状態はひどい」
「どう……ひどいの?」
「今の司祭が来てから献金を高く要求されるようになったって話はここの女将から聞いたよね」
「うん……」
「司祭曰く、物価が上がるから孤児院の経営が苦しいってことなんだ。実際昼の食事後の時間に行ったのにお腹を空かせてたよ……」
「そんな!ジェームス様なら伯爵家から多額の寄付、補助金を出しているはずです!」
「その通りだよ、リア。父さんや家宰のカーティスはその辺りはしっかりとしてる……現に他の町の教会からはそんな声は上がってないからね」
「だったら、どうしてなんです……」
「司祭が私腹を肥やしてる可能性が高いね。着ている修道服も応接室の調度品も……この規模の教会の、司祭という立場には相応しくはなかったから」
「教会に言って代えてもらえないの?」
「うーん、父やカーティスを通じて報告はしておこうと思うけど……今日の様子だけじゃ決め手にならないかな。修道服も応接室も必要なものだと言われたら、悔しいけどその通りだし」
「……やっぱりその司祭潰しましょう」
「リア姉ぇ!?やっぱりって何!?」
「潰しちゃダメ潰しちゃダメ!とにかく監視の目を増やしたいからこの町で例の事業を始めようと思う」
「その司祭は大丈夫なの?ダレン兄ぃの思いが邪魔されない?」
「あはは、ありがとう。とりあえず変なことすればすぐにこの地区の大司教へ連絡がいくように父やカーティスにお願いしとくよ」
「ボクが司祭の部屋とかに乗り込んで、強引に悪いことしてる証拠を探してこようか」
「ダメダメ!ルカを犯罪者にはできないよ!もちろんリアも潰しちゃダメだからね!」
平気で犯罪を犯そうとするルカを必死で止めつつも、このくらいの感覚でなければゲームのように『不法侵入してはタンスを荒らしまわる』という行為は出来ないのかも、ともどこか冷静に思う。
「とにかく犯罪はダメね!あと司祭はしばらくは大丈夫そうだから……」
「どういうことですか?」
「うーん、なんだかウォーカー領のことを調べてたみたいで、僕のことを悪事をやる仲間が何かだと思ってるみたいなんだよね……だから僕がしばらく孤児を大切にしろって言えば何か利益があることだと思って言う通りにするんじゃないかな。多分僕と良好な関係を築いておけば、僕が伯爵家を継いだら色々やりやすくなるとでも思ってるっぽいんだよ」
だからこそ、孤児であるクレアを連れて行かないかと提案したのだろう。
「一度ボコボコだけじゃ足らない!回復魔法も使って何回もボコボコ!」
ダレンを悪事をする仲間と思われたことにリアが憤慨する。
「ちょ、リア!ストップ!ストップ!」
リアの頭を撫でて少し落ち着いてもらう。
リアは嬉しそうに目を細めているが、隣からルカが驚いた顔で見ていたため手を引っ込めようとした。
しかし、リアはダレンの手に更に頭を押しつける。
それを見ていたルカも意を決した表情をし、無言で頭を差し出してくる。
(さっきの流れで思わず撫でちゃったし、なんでルカまで!?でも、変に勘繰られるくらいなら……)
ダレンは手を伸ばしてルカが差し出した頭も撫でる。2人とも撫でてしまった方が変な空気にならないだろうという判断からだ。
「にへへ。ボクこれ好きー。……こんなあったかい手のダレン兄ぃのことを噂話だけで悪いやつだって思うなんてその司祭は見る目ないねぇ。直接会えばすぐ分かるはずなのに……」
「悪いことをする人は目が濁ってくるんでしょうね……」
実際には過去のダレンが行ってきた態度や発言からの噂話なので、間違った情報というわけではない。
しかし、直接会って子どもたちの将来の可能性を広げるための話をした後でも印象を変えられずに、孤児であるクレアを見た目が美しいからと物のように差し出されたのはやはりダレンにとってもショックな出来事であった。
「……2人とも話していると心が軽くなるよ。ありがとう」
わしゃわしゃっと最後に強く髪を撫でまわし、その手を外しながら礼を言う。
「あと……孤児を1人、この事業の協力者として雇うことにしたよ。事業の準備に時間がかかるマズいことが起きそうだから緊急避難的にパーティに入れるね」
さすがにお近付きの印にと手土産のように差し出されたとは15歳や12歳に向かっては言えない。
2人には明日迎えに行く予定だということを話しているとドアがノックされ女将の声が届いた。
「お兄さーん!何か孤児院の子が探しにきてるよー!今、フロントにいるんだけどちょっと興奮しちゃってるから来てもらってもよいかい?」
3人は事態が掴めず顔を見合わせて『?』を浮かべながらも、すぐにフロントへ行くことを伝える。
慌てて1階に向けて階段を降りていくと「いいからダレンってやつを出して!」と男の子の声で騒ぐ声が聞こえてくる。
(クレアじゃなかった。何だ?誰だろう?)
ダレンたちがフロントへ辿り着くと教会でお腹を空かせていたあの少年がすごい剣幕で声を張り上げていた。
「あっ!昼間に教会に来てた兄ちゃん!あんたがダレンだな!」
「そうだけどどうしたの?少し落ち着いて」
「……クレア姉ちゃんがいなくなったんだ!あんたがクレア姉ちゃんを買ったから!だからいなくなったんだ!!」
「えっ……」
「しらばっくれても無駄だからな!司祭の野郎とクレア姉ちゃんが話してるの聞こえたんだからな!!明日あんたが迎えに来るって!!孤児院のために貴族様に尽くしてこいって!!……おれ聞こえたんだ!!」
「……今、クレアはいないの?」
「ご飯だから呼びに行ったらいなくなってた!!クレア姉ちゃんが勝手にいなくなるなんて、こんなの初めてのことなんだ!!」
「……リア……ルカ……いいから、まずはクレアを探そう!この時間に子どもが一人なんて危ない」
ダレンは後方で拳を握りしめている2人の頭を撫でる。
「もしも町の外に出てたら危ない。今この町に冒険者はいない。町の外を探せるのは僕たちだけだ。急ごう!」
※※※
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