第15話 魔法研究家ジャレルと魔法の秘密
ダレンたちは夕暮れ前にその町に入ることが出来た。
村、町の全てに孤児院があるわけではなく数個の村や町に一つの孤児院がある。
この町はゲーム内では『東外れの町』なんて名前だったが、後の聖女クレアがいる孤児院もあり周辺の村や町よりも栄えているようだ。
王都もプロスペリタスもゲームよりも人口も建物も多かったが、ここ『東外れの町』もそのようだ。
孤児院に今の時間から押しかけるのも憚られ、ダレンたちはまず宿屋に向かうことにした。
幸運にも宿屋はすぐに見つかって、部屋も空いている、というよりはガラガラなようだ。
宿屋では恰幅の良い女将がいかにも人好きのする笑顔で出迎えてくれた。
「お客さん、来てくれてありがとね。今は空いてるからさ、一人部屋を3つで良かったかい?」
「三人部屋でお願いします」
「三人部屋でいいよー」
間髪入れずに女性陣が答える。宿屋の女将は一瞬怪訝そうな目でダレンを見つめたが、すぐに表情を直す。
手に取りかけていた鍵を違う部屋のものに変えようとしていた女将に慌ててダレンは声をかける。
「や、一人部屋を3つでお願いします」
ダレンの後方からは「えーっ」という非難の声が上がるが、「休めるときはちゃんと休もう」と押し切った。
「お兄さんたち、どうしてこんな時期にこんなとこに来たんだい?」
「こんな時期?」
「ここ最近やたら外の魔物が強くなっててね。ここまで来るのも大変だったでしょ」
「それでかぁ。ボク、まだまだ弱いんだぁって落ち込んでたよ」
ホッとした様子でルカが口を挟む。
「とんでもない!お嬢ちゃんの歳で見たところ怪我もなくここまで来れたら大したもんだよ!」
「お、お嬢ちゃん!?分かるの?」
「何言ってんだい!そんなかわいい顔してたら分かるに決まってんでしょ!」
かわいいと褒められて、ボンッと顔を赤くするルーク改めルカ。
「この辺りの魔物が強くなったのって最近の話なんですか?」
先程の会話に気になる部分があったので照れたルカの代わりにダレンが会話を続ける。
「本当にこの数週間じゃないかな。ちょうど収穫の時期のものがあったのに畑の方に行くのも一苦労さ。ほら、この町は外に出ないと畑に行けないからね」
「それで……どうやって対処してるんですか?」
「行くときゃみんなで固まって行くんだよ。農業で鍛えた筋肉ってのもバカに出来ないもんでね」
「すごいですね!……あれ?僕たちみたいな冒険者や騎兵団は?」
「町長が
「そうだったんですね!そしたら滞在中は何かあれば僕たちも手伝うんで言ってくださいね!」
「そりゃ助かるよ!ちょうど一昨日に町一番の腕っぷしのマークが怪我しちまったらしくてね。昨日今日と収穫に行けてないんでね」
「孤児院も併設された大きめな教会がありましたけど、マークさんは回復してもらってないんですか?」
そう何気なく質問をすると、それまで笑顔を崩さなかった女将の顔が露骨に曇る。
少し声をひそめて答える。
「……マークは教会に行ってないんだよ。少し前に新しい神官が来てね……急に回復魔法に対しての献金を高く要求してきてね。そのせいでこんな時なのに冒険者の人数が少なかったんだよ」
ひそめていた声は徐々に大きくなり、その声には明らかに怒りが込められていた。
この大陸全土で信仰されている教会に対して、ここまであからさまな負の感情を向けているのはダレンの記憶を探っても初めてのことだ。
(クレアや孤児院の子たちだけでなく町の人みんな困ってるなら早いことどうにかしなきゃ)
「……そんなことあったんですね。私がっ」
今まで黙って会話を聞いていたリアも自分の回復魔法が活きると思い、回復を申し出ようとするがダレンは手でそれを制する。
「そしたら、僕たちは少し滞在するのでいつでも頼ってくださいね。あと、薬草も数持っているので後でそのマークさんを訪ねてみます」
「ありがとね!マークの家までの地図を書いておくよ!」
「あ、あと……この町に物知りな方ってどなたかいますか?」
ダレンは教会を周りつつも『教育』に適した人材がいないかも探していた。
「うーん、物知りはいるんだけど……変なやつで……町外れに住んでるんだけど、多分もう少しすると表の道を通るはずだよ。こんな時なのに魔法を研究するんだって毎日外でボロボロになりながら魔石を手に入れようとしてるんだよ」
噂をすれば何とやらで狙い澄ましたようなタイミングで扉の向こうに足取りもおぼつかないほど、文字通りボロボロになった老人が歩いていた。
「おーい!ジャレル!ちょうど良いとこに!このお兄さんたちが物知りな人を探してるんだってよー!あんたの変わった知識が役に立つかもよー!!」
女将は扉を開けて大声で呼びかけるがジャレルと呼ばれた老人は一瞥もせずふらふらと歩みを進める。
「ちょっ、ふらふらじゃないか。家まで送ってきます!みんな、行こう!」
ダレンたちは宿屋から出て老人に駆け寄る。
「大丈夫ですか!?家まで肩を貸しますよ!」
声をかけられた老人はダレンをひと睨みするも「町の連中じゃないならいいか」と小さく呟くと「すまん、頼む」と素直に応じた。
全身が土埃で汚れており、元は白かったであろう長い髭も所々茶色くなっていたため老人と思ったが、眼光は鋭く思っているよりも若いのかもしれない。
そのままダレンは老人に肩を貸し、1ブロックほど進むと辺りを見渡してリアに伝える。
「リア、この方へ
「はいっ!
リアが力を込めて手をかざすと老人の傷が癒えていく。
「……これで、どうですか?」
「すごい!聖魔法の使い手じゃったのか!並の神官じゃこんな早くできないぞ!いや、無詠唱ってことは……魔術でなく魔法なのか!すごい!ありがとう、綺麗な嬢ちゃん!」
「?『
「なんとっ!そんなことも知らんのか!魔術っのは唱える時には必ず詠唱があるもんなんじゃよ!ちなみに魔法なんてのは、おとぎ話の中だけのもんじゃと言われとる……」
リアの魔法の唱え方が当たり前だと思っていたダレンたちには衝撃的なことだった。
その後は自称魔法研究家ジャレルと名乗る老人と共に家まで行くことになった。
自称魔法研究家は無詠唱で魔法を発動したリアを研究対象にロックオンしてしまったらしく、矢継ぎ早にリアへ魔法に関する質問を投げかけている。
「魔術でなく魔法は初めてみた……国がひっくり返るぞ」
「今は空を飛ぶ魔道具の研究をしてて、試作品を作ってて……」
とにかく思いつく限り、自分が思いつく限りの話をするためリアは目を回していた。
その中、ダレンはもう一つ衝撃を受けていた。
『魔法研究家ジャレル』は実はゲーム内でも登場する。
その際は王国ではなく、隣の聖王国の山奥に住んでおり、ファンタジーお馴染みの空飛ぶ魔導船を作っている。
物語の中盤以降、魔族の国である魔王国行くために必要な乗り物を作るキャラクターだ。
(ゲーム開始前はここに住んでたんだ……)
ゲーム内のキャラクターの登場に内心喜んでいるとリアから声がかかる。
「ダレン様、そういえば回復魔法を使ってしまって良かったのですか?宿屋では隠そうとされてましたけど……」
「あーあれは女将さんがいっぱい町の内情を教えてくれて……聞いたのは僕だし、良い人なのは分かるけど……あの調子で噂が必要以上に広まっちゃうと変に教会から敵視されそうで……」
「坊主、それで正解じゃ!この町、特にあそこの女将にかかれば翌日には嬢ちゃんの魔法の噂で持ちきりじゃ!最近の教会は金にがめついらしいからの、町のやつらは嬢ちゃんに群がるし、商売の邪魔をしたってことで教会から嬢ちゃんが恨まれるし、良いことなんてないわい!」
ジャレルはさらに「しかも魔法……聖女に担ぎ上げらて利用されるかもしれんからの」と誰にも聞こえない小声でひとりごちる。
それを聞こえなかったダレンとリアは会話を続ける。
「私を気遣って下さってのことだったんですね!ありがとうございます!」
「いや、明日から僕も教会と交渉するから自分のためだよ」
「ふふふ、そういうことにしておきますねっ」
リアは顔を綻ばせて、跳ねるように軽い足取りで歩く。ダレンの優しさに触れる度にどこまでも飛んでいけるような心持ちとなる。
⭐︎⭐︎⭐︎
ジャレルの家は小さくはないのだが物が所狭しと乱雑に置かれており、実際の広さよりも大分と狭い印象を与える家だった。
「嬢ちゃん、魔法が使えるってことは神授式を受けた貴族様じゃろ?魔法が使えるような嬢ちゃんが『様』をつけて呼んでる坊主も貴族様なんじゃろ?そっちの嬢ちゃんは分からんが……そんな貴族様たちが何で冒険者みたいな身なりでいるんじゃ?」
「冒険者にちょうどいいジョブとスキルだったってだけですけど……ここに来たのは教会の孤児院の様子を見に……」
「ここの教会か……多分宿屋の女将に聞いたじゃろうが、最近来た神官はきな臭いから気をつけるんじゃぞ」
「……なんでも献金を高く要求してくるとか」
「それだけじゃないぞ。着任早々にワシのとこに来て『平民でも魔法を使えるものか?』と訪ねてきおった。冗談で、神官なら手当たり次第に神授式を行えば分かるじゃろ?って返したらな……あやつ『それはもう孤児を使って何度も試してできなかった』と平然と答えよった。大陸全土で神授式は貴族のみの義務と権利といっとる教会の神官なのにの」
平然と教えと違うことを孤児を使った人体実験のように行い、悪びれもせず人に言ってしまうほどにはネジが飛んでいるようだ。
ダレンは明日以降の交渉をどう進めていくべきか迷ってしまう。
「おっと、この話は誰かにしちゃいけない話だったかな」
と言いながらもジャレルは続ける。
「それでも……神官の言ったことでジョブやスキルが得られる条件は何となく分かったぞ」
「…………母方の遺伝が重要……?」
「坊主!ワシの考えと同じじゃ!……そう!おそらく母方が重要なんじゃな。大陸内には実は貴族の血が入ってます、なんて平民はいっぱいおるわい。貴族と平民の恋愛もあるからの。貴族の血が入ってるだけで誰でもジョブやスキルが授かれるなら司祭のやり方で授かれるはずじゃ。だが、そうはならなかった。……父親が実は貴族でした、という平民よりは、母親が実は貴族でしたって平民の方が圧倒的に少ないからの。教会が孤児に神授式を受けさせてもジョブやスキルが授かれなかったのは母親に貴族の血が入ってる孤児に当たらなかっただけじゃろ。母親に貴族の血が入ってるって言ってももちろん、何代も前に貴族の血が入っていれば良いのか、その代限りなのかはまだ分からんがな」
ジャレルは「坊主、ワシと同じ考えにたどり着くとはやるな」とへへへと笑いながら言う。
ダレンは実を言うとゲーム内では主人公パーティ全員がジョブもスキルも持っていたので平民でも神授式を受ければそれらを得られると思っていた。
しかし、神授式を受けさせられた孤児が得られなかったというならば、考えられるのは日本のゲーム、アニメ、そして漫画でお馴染みの『隠れた血筋』だと思っただけである。ある種メタ的な考察をしただけであり、ジャレルほどは考えていない。
しかし、そんなことは分かりようもないジャレルはダレンが勘がよく頭の回転が早いと判断したようだ。
「気に入った!坊主、気に入ったぞ!研究のために近々魔素の濃い場所に引っ越そうと思っておったが、最近はこのウォーカー領も魔素が濃く魔物も強くて良い魔石が採れて研究しやすくなったしな、このままウォーカー領で研究をさせてくれるなら坊主の『物知りな人』を探してるってやつも手伝ってやるぞ」
「あ、いや、僕は……その……」
「隠さなくてよいぞ。ウォーカー領で一番大きいプロスペリタスでなく、こんな町まで孤児院を見にくる……それも貴族の嬢ちゃんが『様』を付けるほど高位となりゃおおよそ領主様んとこの坊主じゃろ」
「……そうです。ダレン・ウォーカーです……あの、隠さなきゃいけないわけじゃないですが……変に構えられたり歓迎されるのも面倒くさいので……内緒でお願いします」
「ぶわははっ!歓迎が面倒くさいか!変わっておるの!ますます気に入った!任せておけ、この町で親しい人間なんておらんからな。誰に言わんわ!特にあの噂好きの宿屋の女将にはな」
ジャレルは不器用なウインクをして回復魔法のお礼とお近づきの記念にと魔法に憧れた魔法研究家が作った自家製魔道具を押し付けてくるのだった。
ゲーム内のように空飛ぶ魔導船はまだ作れていないようだが、ジャレルろの作る魔道具だ。ありがたく頂戴することにした。
※※※
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