第14話 事実の発覚

(まさか女の子だったとは……それで前にお風呂一緒に入ろうとしたのを止められたんだ)


 ルーク君と呼んでた子が女の子だったことが発覚した。それが昨日。



 現在、ダレンたちはプロスペリタス周囲の村や町を周って教会主導の孤児院を視察している。


 東の聖王国との国境にある大きな河川、そこに架けられた2カ国を結ぶ両国橋から続く、貿易のために整備されている主要街道。


 そこから外れた小道や林道を3人で背嚢を背負って歩く。

 周り方さえ間違えなければ、おおよそ1日かけて歩くと行き来できる程度の距離ごとに村や町が点在している。



⭐︎⭐︎⭐︎


 しかし、昨日魔物との戦闘が長引き辺りが暗くなってきたため、野営地を探し魔物避け機能のある不思議テントを張り野営を行った。


 テントが張り終わると、リアの解毒魔法キュアの重ねがけにより、全身がデオドラントシートで吹き上げたようにさっぱりとした。

 

 リアはその後、このまま料理をするのは、とテントで着替え、その間にダレンとルークは火を起こす。

 野営することにも慣れてきて、この辺りの役割分担は相談せずとも出来るようになってきた。


 リアが調理をしている間にダレンとルークもいつも通り着替え、下着等を替えることにした。この野営地の近くに川はないが、脱いだ服は川の近くであれば食後にルークが洗濯をしてくれる。

 

 先にルークにテントの使用を促したダレンであったが、ここは魔法避けの魔石が設置された野営地だったため、調理中のリアを一人にしても大丈夫だと判断し、時短のため一緒に着替えてしまおうとルークが着替えているテントを開けた。



「っ!きゃぁ!!」



 突然の悲鳴にダレンは驚きはしたものの、なぜ上がった悲鳴が分からずに、普段のルーク君らしくない悲鳴だなぁ、と妙に冷静だった。


 慌てることのないダレンの目に飛び込んできたもの……普段日に晒されずに焼けていないキレイな背かなを向け、ほとんど膨らんでいない胸を両手をつかって隠してしゃがむルークの姿だった。


 あれ?と思った瞬間に全てを理解したダレン。


「っ!ごめんっ!!」


 ようやく慌てて、テントを閉めるダレン。

 後ろから感じる冷ややかな視線を感じて振り返ると、ジト目をしたリアが調理の手を止めてダレンを見ていた。


「……ダレン様、もしかして本当に気づいていなかったのですか?」


「えっ!リアは気付いてたの?」


「……初めて王都でお会いした時から気付いていました。女性らしい香りもしますし」


(ルーク君の良い匂いってイケメン主人公だからじゃなかったんだ!)


「それに、ルークさんのご両親もこの3年間で体格が大きく変わる可能性を考慮されてましたし」


「あ!それでだったんだ!単純に背が伸びるかもって話だと思ってた!」




「ごめんなさい、ダレン兄ぃ……」


 テントが開き、ルークがとぼとぼと歩いてきて、ダレンやリアから離れた場所に座る。

 ここ数日孤児院を周り、子どもたちから『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』と呼ばれるダレンやリアを、ルークは『ダレン兄ぃ』『リア姉ぇ』と呼ぶようになっていた。


「あ、ルーク君……ルークさん?……こっちこそ急に開けてごめんね」


「違うの、今まで黙ってたこと、騙してたことに『ごめんなさい』なの」


 それからルークは小さく縮こまりながら、幼少期から男まさりな性格で、家族にも男として扱ってもらっていたことを説明した。

 ただし、ルークの性自認が男の子というわけではなく、『憧れ』とのこと。


「それに……家族も『ルーク』ってその幼少期の『ごっこ遊び』の延長で呼んでるけど、本当は『ルカ』って名前なんだ」


 その瞬間、ダレンに衝撃が走る。


(そうだ!『ルーク』に対して『ルカ』だ!スマホ版が出たときにグラフィックすら変わらなかったのに、唯一時代に配慮して主人公の性別が選べるようななったんだ!昔のゲームでの先入観で男の子だって思いがあるから、選ぶ人がめちゃくちゃ少なかったって聞いたことある!)


「……えっと、ルカさんと呼んだ方が良いですか?」

 

 ダレンが前世を思い返しているとリアが会話に参加する。


「いや、どっちでも良いよ!ルークっていう呼び方も慣れてて大好きだからさ」


 それに、と自分の胸に視線を送りながら答えるルーク。


「まだまだ成長する感じもないし……」

 

 フォローに困ったリアはダレンに助けを求める。


「ダレン様、呼び方はどうしましょう?」


「うーん、本名を知って違う名前で呼ぶのも抵抗があるけど……ご両親もルークって言ってたしなぁ……って、あれ?ご両親は良かったの?リアがいるとはいえ女の子をこんな男と旅させて」


「はぁ……ダレン様、本当にお気付きさじゃなかったんですね」


 リアが言うには、ルークのご両親は貴族家のダレンだからこそ、むしろ向こうからお願いする形になったとのこと。

 それは、もちろん可愛い娘の冒険者になりたいと言う願いを叶えてあげたい親心もある。加えて、もしダレンとルークが男女の関係になれば冒険者としての活動がうまくいかなくとも便宜を図ってくれるのではないかという計算もあったと思う、とのこと。


「えぇ!そんなことまで考えてのことだったの!」


 驚いてルークの方を見ると「ボクも……王都であったダレン兄ぃがカッコよかったから……この人ならってちょっとは覚悟してたんだよ」と顔を真っ赤にしてもじもじと小声で何かを言っている。


「普通、貴族が平民をあんな風なスカウトをしたら言外の意味があるものだと思うものですよ」


(つまり、向こうからしたら『お前の娘を貰って行くぞ』って言ってるようなもんだったのか……申し訳ないことしたな……あれ?)


 そこではたと思考が止まる。

 

 王国はじめ、この大陸には長い歴史がある。同じ教会の教えを信じているため、貴族と平民は交わることはないはずだ。教会が認めていないから。基本的には。

 

 しかし、何ごとも例外はある。

 ダレンの祖父は生涯祖母一人と添い遂げ、父ジェームスしか跡取りがおらず、ジェームスも再婚はしているが時期は重なっておらず跡取りは二人だけ。そのような一妻を大切にする家系であり、前世の日本も基本的には一夫一妻だったため失念していた。

 長い歴史の中で、貴族と平民が結ばれていないなんて考えられない。事実ルークやリアの反応から、その例外は多そうだ。


 以前、なぜゲームと違い神授式があり、ジョブやスキル、魔法が本当に貴族のみのものなのか疑問を持ったことがある。

 その答えのヒントがあったような気がする……。



 が、今は会話の最中。

 深く思考に潜ることはかなわなかった。

 

 ふわりと甘い匂いが近くでしたと思うと、リアが隣に座っていた。

 直接触れてはいないが、半袖を着ているダレンの左腕に僅かな熱を感じる。


「ダレン様……実は私、不安だったんです……。どういった意図か測りかねていたので……。ですが、そんな私より遥かに不安を感じてた子がいますよ」


 リアの視線を追うと少し離れた場所で小さくなっているルークがいた。

 一度気がつくと、なぜ今まで男の子と思っていたか不思議になる程、中性的だがキレイな顔をしていた。

 思えば、所作も無理をして男の子ぽく振る舞おうとしていたように思う。今はしょんぼりとして、素の女の子らしさだけがそこにあった。


「……ルカ、」


 それは思ったよりもすんなりと口から出ていた。


「———ルカ、やっぱりルカって呼ばせてもらうね?」


「っ!もちろん!」


 ルカは目を輝かせながらも、やはりもじもじとして小さくなっている。


「……それで……その…………」


「女の子を男の子に間違えちゃってて本当にごめん。それに僕は純粋に一緒の冒険者パーティとしてルカを誘って……その……ご両親が思っているようなの……ではなく……これからも一緒にきてくれないか?」


「……なんだぁ」


 ほっとしたような、どことなく残念なような、泣き笑いの顔でルカは答えた。


「『一緒にお風呂入ろう』とか『一緒の部屋で寝よう』とかどっちの意味か分かんなくて、リア姉ぇとその度にどっちだろうどっちだろうって言ってたんだよ。やっぱり魅力ないのかなぁ」


「あ、いや、ルカに魅力がないとかそんなんじゃなくてねっ。僕たちまだ15と12だし……本当に男の子だと思ってたし」


「ふふっ。ボクが男の子ぶってたからね。でも、疑わずにすんなり信じてくれたの初めてだったよ」


 そう笑うルカの顔はもう女の子にしか見えなかった。


(ゲームじゃ男の子だったし、美少年と言えば通じるし……思い込みって怖い……)



「ダレン兄ぃが気付かずに、テントはダレン兄ぃとボクとか色々言うからその度にリア姉ぇが恐かったんだからね!」


「ルっ、ルカさんっ!」


「にひひ、あーお腹空いた。ご飯食べよ」




⭐︎⭐︎⭐︎



「ルカっ!今のうちにっ!」


「任せてっ!……ていやっ!」


 ザシュッと肉を断つ音が聞こえて、イノシシの形をした魔物が光の粒子となって消えて、魔物がいた場所には魔石が落ちる。


 ダレンがミスリル製の大楯で相手の突進を受け、その隙にルカが体重を乗せて急所を突く。

 一撃で倒せなかったり、急所を外したら暴れ回る魔物をダレンがどうにか大楯で凌いでいる間にルカがとにかく切って削っていく。


 一体の魔物を倒す時間は王都周辺のゴブリンとは比べ物にならず、リアの初級回復ヒールの重ねがけで疲労がとれなければ、1日にほんの数回しか戦えないだろうと思うほど疲れを感じる。


「うー、腕がジンジンするな」


 ダレンが大楯で相手の衝撃を受けた腕をさすっているとリアが駆け寄ってきて、患部を触りながら魔法を唱える。


初級回復ヒールっ!腕は大丈夫ですか?」


「ありがとう。本当にいつも助かるよ」


 ダレンの言葉と笑顔にリアが顔を赤らめていると申し訳なさそうな声がかかる。


「……あーリア姉ぇ……こっちもお願いしたいんだけど……」


 リアやダレンの腕から名残惜しそうに手を離しルカに掌を向けて初級回復ヒールを唱える。


「……ありがとう!……なんだか扱いが違う気もするけど」


 小声で付け足しながらルカは「にへへ」っといたずらっぽく笑う。

 言葉とは裏腹に扱いの違いは全く気にしてはいないようだ。



「にしても、プロスペリタス周辺に来てから魔物が強いね。ごめんね、ただ切るだけだと深く切れないし、体重のせて突くと急所からブレやすくて……」


「いや、ルカが一番剣の扱いが上手だから。相手が強いだけで、ルカが謝ることはないよ!」


「そうですよ!私なんて全くお手伝いが出来ずに歯痒いです……」


「「いや、リア(姉ぇ)がいないと連戦出来ないから!!」」


「……僕も大楯で受けることがいっぱいで攻撃出来ずごめんね……両手で大楯持たないと弾き飛ばされちゃいそうで」


「ダレン様が守って下さるから大きな怪我がないんです!」


「そう!そのままで大丈夫!攻撃はボクが頑張るから!」



 そこまで言って3人同時に「ふふふ」と笑い声を上げる。

 プロスペリタス周辺で活動を初めてもうお決まりとなったやりとりだ。


 ステータスが見れないので分からないが、明らかにこの周辺で冒険するには、ゲーム的に言えば攻略推奨レベルに達していないのだろう。

 それでもルカの脅威的な索敵能力で不意打ちをされていないだけ、どうにか通用している。


 魔物との戦闘に時間がかかったため、今日も野営をする必要があるかと今日中の村への到着を諦めかけた時、あるものが目に入ってきた。




 畑だ。

 

 今まで巡った村では塀の内側に畑があったが、ここは柵で囲われており魔物避けの魔石も設置してある村とは独立した場所にある畑である。


 こういう畑も珍しくはないだろうと思っていた。しかし、何か引っ掛かる。


「……あ、ここもう収穫しちゃわないと!あそこまで熟してたら村ですぐ食べるならいいけど、街には卸せないよ!」


 ルカが実った作物を指先して大きな声を上げる。


(そうだ!確かに収穫の一番良いタイミングを逃してるんだ!)


 違和感に気づくも、原因が分からない。


「とにかく、次の村はそこまで遠くないみたいだ。あと少し頑張ろう」



 あと少しで村にたどり着けると思うと足取りは軽くなる。

 少し早歩きで、建物が実際に見えてくると半ば走るような勢いで村に駆け込んだ。


 そこは村というには規模が大きく町といった方が良さそうだ。

 町に入るなりダレンは既視感に襲われる。




(ゲームグラフィックの記憶じゃ確かじゃないけど、多分ここだ!聖女クレアがいる町だ!)





※※※

6/5 3/3

次回6/6 7:00更新予定

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