第10話 野営と2人の夜

 空は昼の澄んだ青から一転、濃い青のグラデーションを魅せる。所謂ブルーアワーの時間帯に差し掛かっていた。


 昼の日差しが身体に残した温度を心地良い川風が少しずつ奪っていく。



「思っていたよりも暑くはないですね。もう少し薪を焚べますね」


 リアは立ち上がってそう言うと、少し離れたところに組んだ焚き火に薪を追加する。

 乾き切ってはいない薪からはパチパチという音とともに白い煙が上がる。

 手元には野外には似つかわしくない陶器のカップがあり、今日の茶葉はベルガモットの香りが漂う。


 共用の野営地には薪も置いてあった。明日出発前には補充しておかなきゃな、とダレンが思っていると、ふわっと風を感じる。

 リアが自然と隣に座ってきた。香ばしい煙の匂いに紛れて、数瞬遅れてベルガモットとは違うほのかに甘い匂いが鼻に届いた。


「こうして誰かと一緒に夜を過ごすのは初めてかもしれません……」

 

 リアのは呟くように言う。それは返事を求めているようなものではなかった。

 戦闘が嘘のように、静かな空気が二人を包んでいた。



(なんで同じように身体を拭いただけなのに違うんだろ。今までより仲良くなれたのは良いけど……)


 焚き火のオレンジ色の炎に優しく照らされるリア。前世では見たこともないような整った顔と、だからこそ似合う非現実的な艶のある白い髪の毛が、まるで作り物のようで、もう見慣れているはずのダレンもドギマギしてしまう。


 今までの上下関係では一線を引いた距離感であったが、同じ冒険者パーティとしての活動を始めたことで、明らかに昨日よりも距離が近づいている。

 



 幻想的にも感じた濃い青にも夜の帳が下りる下りてくる。

 暗くなってしまえば、出来ることもないので薪が燃え尽きるのを紅茶を飲みながら待ち、その後はテントに入ることにした。

 

 テント自体にも魔除けの術式が組み込まれており、仮に魔物避けの魔石が設置されていない野営地でもテント内だけは安全となるらしい。ゲームでよくある不思議なテントはすでに商品化されて流通しているようだ。


 冒険でパーティ全員が同時に寝られることは大きな意義がある。全ての荷物をテント内に入れてしまえば魔物に対しては夜間の見張りがいらないのは体力面を考慮するととても有難い。



 2人で横並びになり、それぞれがシュラフ様の寝具にくるまる。

 ぴたりと並ぶシュラフの隣からはまだ寝息は聞こえないが確かには人の気配がする。それはむず痒くも心地良い空気だった。

 寝てないことを確信してダレンは話しかける。


「リア、本当にありがとね」


「いえ、こちらこそ、ありがとうございました。ダレン様が怪我をしても魔物を倒してくださらなかったら最初の戦闘で私は命を落としていました」


「や、あれは運が良かっただけだよ。正直、甘くみていたよ。最初の戦闘だけでなく、その後も無様な姿を見せたね……(ダレン君は)昔から剣術はやってたのに」


「鍛錬をされていたからこそ、最初の戦闘以外は大きな怪我なく戦えたんですよ。しかも、私を気にかけながら。素晴らしいですし……嬉しかったです」


「はは。そう言ってくれてありがとう。……最初の感謝は戦闘のことだけじゃないんだ」


「…………。」


 ガサゴソと寝返りをうつ音がする。ダレンの方を向いて続きを待つ気配がする。

 ダレンは気恥ずかしくて天井を見つめながら続ける。


「一緒に来るって決断してくれたこと。まだ冒険の練習も練習なのに……一人でなら初日にして心が折れてたよ。リアがいて、美味しご飯が食べれて、最高の紅茶も飲めて、空の変化も焚き火の温度も心地よくて……やっぱり常にリアがいて……恐かった戦闘も昨日のことだと思えるほどに落ち着いたよ」


 事実、野営地に着いてからのリアは本当によく動いた。

 ダレンが身体を拭く際には隠れた傷がないかを確認し、領地の料理人に教えてもらったというレシピをたくさん書き込まれたメモを見ながら作れば保存食を使ったとは思えないほど美味しく、心が安らぐようにと選んだ紅茶は回復魔法では癒せない心までも治療したようだった。


「……ダレン様のような方は、人を導く『宝』のような存在です」


「……宝?」


「はい……個々人の特性のはなしです。富を築く『斎』、名を築く『天』……ダレン様は『宝』……『人を築く』ことに長けたお方です」


「人を築く……」


「そんなダレン様だからこそ周りは……私は、ついて行きたいのです。頼られるようになるので、これからもっともっと頼ってください」


 王都ではゲーム知識も活かせず、ならばと冒険に出てみれば最弱とされた魔物にすら苦戦をして、目的であるゲームで確定している悲劇を防ぐ、その小さな小さな一歩目で躓いてしまう……その情けなさが胸中に渦巻くダレンをリアは優しく肯定する。


 リアの方を向いてみれば、暗いテントの中でも透き通った瞳に見つめられいることが分かり、顔が赤くなる。



「……ありがとう。目的までまだ全く前進してないけど、一歩一歩進んでみるよ」


「はい。常にお側で、お供します」


「それでも……次からはテントを2つ持ってこようか。常に側にいるって言ってもテントまで同じだと……何か緊張しちゃわない?」


「ふふ。荷物が増えてしまうのでテントは一つにしましょう」


「あーリアのお父さんが研究してる魔道具が流通したら荷物の問題も解決できるのになぁ」


「っ!魔法鞄マジックバッグが流通してもテントは一つにしましょう!多分、容量の問題もあるので……」


「まぁその辺りは流通してから考えれば良いか。リアと話せたから落ち着けて眠くなってきたよ。明日も日の出と共に活動したいし、そろそろ寝ようか」


 

 お互いに就寝の挨拶を交わし、テントの中では時折、ガサゴソと寝返りを打つ音のみが生じる。

 テントの外では川沿いの野営地のため、常に水の流れる音があり、動物たちの鳴き声もする。


 王都の貴族街よりも耳に入る音は多いが、不思議と煩くは感じない。

 互いに気を遣い、会話を切り上げたが二人ともまだ寝付くことは出来ないようだった。




⭐︎⭐︎


 ダレン様が時折寝返りをする音が妙に近く感じてドキドキとしてしまう。


 ダレン様を近くに感じると幸せとともに、今日の後悔も押し寄せる。


 前日のギリギリまではしっかりと準備をして、背嚢にも訓練のために適度な重さを出すための僅かな錘を余分にいれているだけだった。


 出発前の深夜に再度、何度目かになる、持ち物の確認をしていると気持ちが舞い上がってしまった。


 あれもいるのでは?もっと重くした方がより早く慣れるのでは?

 ダレン様のお召し物が破れてしまったら?冒険の間もダレン様が心安らぐ時間を作るには紅茶があった方が良いのでは?


 考え出すと、あれもこれも欲しくなる。

 気がつけば私の背嚢は物で溢れてしまった。


 それでも自分が頑張れば良いだけだと思っていた。


 なのに……歩き出して大して時間も経っていない内にダレン様に見つかって、迷惑をかけてしまった。



 ダレン様に愛想を尽かされてしまうんじゃないかと不安になっていた矢先にあのゴブリンの襲撃だ。

 

 ダレン様を失ってしまう怖さが二重になって襲ってきて、情けなくも動くことが出来なかった。


 でも、必死に私を守ってくれて、落ち着かせてくれた。



 今日のダレン様は気落ちされていたけど、私はやはり素晴らしい方だと改めて感じた。

 

 自分も命の危険にあったというのに、ダレン様は私の危機や目的(詳しくは分からないがダレン様のことだから誰か他者のための目的なのでしょう)に関しての反省をされていた。自分の危機なんて小さなことだというように——なかったかのように。

 

 自分よりも他者を大切にするダレン様を、私は一番大切にしたい。


 ダレン様の目的も、それがどのようなものであれ、ダレン様を支えたいと思う。


 ダレン様は必ず『人を築き』、どのようなことも正しい方向へ導いて下さると確信しているから。



 暗闇に目が慣れてくるとダレン様のシルエットがより鮮明に見えてくる。


 我儘を言ってテントを一つにして本当に良かった。

 この至福の時間のためなら、明日からももっと頑張れる。






 ただ、思わぬことが起こり、この日以外はダレン様と同じテントで二人きりで寝られることは暫くなくなった。

 

 ひっそりと静まった夜半、遠くの茂みの向こうから声が聞こえた。子供のようにも聞こえるが……


「野営地だ!危なかったー。今日はここで野宿しよ。森で迷っちゃって……明日は母ちゃんに怒られちゃうな」




※※※

6/4 3/4










 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る