第6話 リアの神授式
リアは15歳の誕生日の前に休みをとり、生まれ育った北部最大の都市ホワイトレイクに行くことになった。
北方都市ホワイトレイクは低山が連なる山間にある都市であり、精霊の住む湖と言われるほどの湖のある風光明媚で有名な都市だ。
ホワイトレイクからさらに山を越え北へ進むと、マートル王国唯一の海――北部海が広がっている。
この北部海はマートル王国唯一の海だが、陸よりも魔素が濃いためか一定程度離れると急激に波が荒れ海の魔物も多くなり、魔物避けの魔石を活用しても現段階では船にて渡ることは出来ていない。
王国独自での他大陸との交易はマートル王国の悲願であり、魔素や魔導船の王立の研究機関もある。
北方都市ホワイトレイクは自然を活かした観光業に加えて、政府機関もある北部随一の都市である。
特にこの夏場のホワイトレイクには王都よりも涼しく、冬の白一色とは違う色鮮やかな景色が見れるため観光客も多く活気が溢れている。
リアの父はその王立研究機関にて働いており、その地で母と出会ったため、リアはホワイトレイクで生まれ育った。
(この綺麗な景色をご主人様と見に来れたら良かったのになぁ。最近は良く笑うようになって……あの恥ずかしそうに笑う様が……失礼ながら可愛いと思ってしまいます)
ダレンが用意した馬車に揺られているせいか、ダレンのことばかりを考えてしまう。
場所の周りには心配性のダレンが必要以上につけた護衛が旅を共にしている。
(私なんかのためにこんなに大勢の護衛まで依頼して下さって……)
ダレンは同行していないが、敬愛する主のことを考えるだけで顔は赤くなる。
リアとしては王都の教会にて神授式を受けたかったのだが、せっかくの誕生日でもあるとダレンの厚意によって休みをとっている。
しかしリアは、正直なところ休みよりも今はダレンと一日でも長く過ごしたいと思って、あまり乗り気ではなかった。
(授かるジョブやスキルはランダムだから、私にも冒険者として役立つジョブやスキルが手に入る可能性はあるわ……そうすればダレン様にどこまでもついて行きたい……危険を伴う冒険に行くダレン様を屋敷で待つだけは辛すぎます……)
何度目かのダレンの妄想を繰り広げていたことに気づいたリアは深呼吸をして気持ちを引き締める。
リアを溺愛している両親は屋敷で今か今かと待ち構えているはずだ。
久しぶりに会えた娘が、王都に居たかったと残念そうに帰ってきたら目も当てられない。
(はぁ、それにしても最近はご主人様と王立図書館や火神教会へ行ったり、王都を見て回ったり楽しかったなぁ)
最近のダレンは熱心にジョブやスキルの勉強をし直している。ダレンの授かった『聖騎士』も『盾術』もとても分かりやすく戦闘に向いているにも関わらず、だ。
(きっとスキル・ジョブを伯爵家にどう還元するかを考えていらっしゃるのでしょう)
真剣にスキルの本を読み漁り、毎回「やっぱりないか……」と難しい顔で呟くダレンをリアは不思議に思いながらも、伯爵家のため、ひいては他者のためだと信頼をしている。
(以前聞いた『教育』に関することも何を模索されているかは分かりませんが、今のご主人様なら何でも成せるように思ってしまいます)
やはり、気がつけばダレンのことを考えてしまう。
馬車の窓から入ってくる涼しく風が頬を撫でる。それすら気に留めずにダレンを思う。
(それにヘンリー様への教え方も……今まで出会ったどの家庭教師よりも上手で、身体の構造や栄養学など聞いたこともない知識も話されてて……どのくらい学べばあのような知識が得られるのか……ダレン様の今までの努力が窺い知れるわ)
ダレンは冒険者の活動に向けて剣術の時間も増やしていた。その際にはリアに筋肉痛や疲労のメカニズムや食事の重要性などを雑談として話していた。その知識はゲーム内のこの世界にはまだないものとも気にせずに。
どうやら屋敷についたことにも気付かずにダレンのことを考えてしまって頬を緩めていた。
馬車の窓から笑顔で手を振る両親と弟が見える。
(気は引き締められなかったけど、綻んでいた顔は向こうからは笑顔に見えたようなので良しですね)
リアは扉が開くと家族の元に駆け寄る。
「おかえり、リア。お転婆なところは変わってないようだな」
父が笑顔で屈みながら馬車から飛び降りたことを指摘する。その屈んだ父の頬に頬を当てて答える。
「そんなことないわ。ダレン様の素晴らしいご指導で私も侍女として優秀と言われるまでになれたのよ」
「おかえりなさい、リアちゃん。あら、素敵なイヤリングをつけてるわね」
母と笑顔で抱き合いながら会話をする。母はリアによく似た整った顔をしている。
「そうなのよ!これはダレン様が誕生日に、と下さったの!これを目立たせたくて仕事でもないのに髪の毛をお団子にしちゃったわ」
「うふふ、シトリンを使ったイヤリングね。『希望の耳飾り』と言われていて、とても良いものよ。リアの淡いヘーゼルの瞳と良く合ってるわ。付けるリアのことをしっかり考えて下さったのね」
「おかえりなさい、姉さん」
弟と頬を合わせて挨拶をした後に笑顔で会話をする。
「ただいま。お父さんの跡を継ぐ勉強は出来てる?」
「うん。今も魔素について勉強してたよ。他の貴族の子からダレン様は他者に厳しいって聞いたから心配してたんだ」
「あら、その子はお勉強が足りないみたいね。ダレン様ほど他者を思いやれる素晴らしい方はいないわ。もちろん厳しい接し方が相手のためになるなら、ダレン様は厳しくもなれる真の優しさがあるのよ」
その後は旅を共にした護衛たちへ丁寧な挨拶を済ませて、屋敷の中でゆったりする。屋敷と言っても伯爵家であるウォーカー邸とは広さも使用人の数も大きく違う。
リアはひと息つくとキッチンへと向かう。一人の料理人が所狭しと動いている。
「あ、お嬢、おかえりなさい」
「ただいま。ねぇ邪魔はしないから料理するところ見ていていい?」
「そりゃもちろんですぜ。いくら見ても構いませんよ!今はちょうど忙しいタイミングですが、また幼い時みたいにいつでも料理教えますよ」
「ふふっ、ありがとう!できたら旅の途中でも出来るようなシンプルな料理を習いたいわ」
リアはまる10日間にも及ぶ馬車旅の疲れも忘れて楽しそうに料理人の動きを見ている。
(もし冒険者に有利なジョブやスキルが出たら私も連れてってもらおう。そのためには料理だって出来なきゃね)
その後、家族で夕食を食べて、穏やかな数日を過ごした。
2人の姉はすでに家を出ており、今回は帰って来れなかったが、誕生日には
「私、明日の神授式で冒険者に役立つものを授かることができたらダレン様と一緒に活動をするわ」
「リア、ちょっと待て。冒険者は危険がつきものだ。危ないことは辞めておくれ」
「お父さん、危険がつきものだからこそ一緒に行きたいの。ダレン様の危険が少しでも減るようにしたいの」
「とはいえリア……冒険に共に行くのなら四六時中ずっと一緒にいることになるんだぞ」
だから良いんじゃない、と瞬間的に言いそうになったが、すんでのところで言葉を止める。
その様子を、四六時中ずっと一緒にいることが嫌だから言葉が出ないと勘違いした父は続ける。
「ほらみなさい。しっかり考えるんだぞ。寝る時だって同じテントで寝ないといけいことだってあるぞ……そしたら男なんてオオカ「パパ、それ以上は少し黙りましょうか」
顔を赤くするリアを見て、母が父にストップをかける。ストップをかけられた父は母の顔を見て顔を青くする。
「リアちゃん、ダレン様は伯爵家だから無茶な冒険はしないと思うけど……それでも危険はあるのよ。それで良いの?」
母の問いに力強く頷くリア。
「それだからこそお役に立ちたいの」
「それとパパの言いかけたこと……もう15になったから意味は分かるわよね。伯爵家、それも勢いのあるウォーカー家のダレン様と男爵家の3女のリア……はっきりと言うけどリアちゃんの望む結末にはならない可能性が高いわ。それでも良いのね?」
「……将来、ダレン様が違う誰かと結婚なさることがあるのは分かってるわ。その時までで良いからお近くでサポートをしたいの」
「あなた自身の婚期を逃す可能性もあるのよ?」
「それでも…………お慕いしているの」
「そう……そうしたら全ては明日の神授式次第ね。あなたのそのイヤリングに希望を込めるといいわ。その『希望の耳飾り』は願いを叶えると言われてるの」
「……はい!」
そうして迎えた神授式、リアが授かったジョブとスキルは『聖魔導師』と『回復魔法』であった。
それは冒険者としても、そしてダレンを支えたいリアとしても、特別な意味を持つ能力だった。
※※※
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