実家に帰った

温故知新

前編

 ピンポーン



「はーい……って、あんた! 一体どうしたの!?」



 夕飯時に実家に帰った私に、驚く母。


 いつもなら、帰る前に事前に連絡していたから尚の事。



「ううっ、お母さん、あのね、もう私、あの会社で働けない!」

「えっ?」



 困惑する母は、涙が止まらない私を見て、何も聞かず黙って家に入れてくれた。


 その優しさに甘えた私は、実家に帰ってきた経緯を両親に話した。




 ◇◇◇◇◇◇





「ということで、君はこの日からこの店に働いてもらうからよろしくね」

「はい、分かりました!」



 短大を卒業してすぐ、携帯ショップの代理店をいくつか経営する会社に入社した私は、人事から『君と同じ短大を卒業している人が店長にいるから』という理由で、実家からかなり離れた携帯ショップで働くことになった。


 正直、実家近くの店で働きたかったのだけど、当時の私は何も知らなかったので素直に『はい』と了承した。


 その店は、会社が経営している代理店の中でも1番の売上を誇る店で、人事からも『素晴らしい店員になるにはうってつけの場所だよ』とお墨付きの店だった。


 店長からも『うちの店は新人さんにとっては最高の場所だから、たくさん勉強して1人前になるんだよ!』と言われた。


 確かに、新人の私にとってその店は最高の場所だった。


 素晴らしい教育係の先輩もいらっしゃったし、分からなければ他の先輩方が教えてくれる。


 これ以上ない環境だったので、私も先輩達のようになれると思っていたし、そのために必死に勉強した。

 けれど、入社して1ヶ月後、それがただの幻想だったと思い知らされた。




 ◇◇◇◇◇




「あんた、入社してもうすぐで2ヶ月経つよね?」

「えっ、あっ、はぁ、そうですが......」



 それは、もうすぐで入社して2ヶ月が経とうとしたある日の朝礼。


 そこで突然、私は店長から冷たい目を向けられた。


 それだけじゃない。教育係の先輩からは哀れみの目を向けられ、他の先輩方も店長と同じように私に冷たい目を向けていた。


 えっ、私、何かした!? 確かに、先輩方に比べてミスも多いし、分からないこともたくさんあるけど......


 店長から突然質問されて困惑する私に、店長が深い溜息をついた。



「だったらさぁ、そろそろ一通り仕事を覚えても良いよね? 知ってる? あんたと同期入社の人達はもうカウンターで接客して、中にはノルマを達成している子もいるんだよ? それなのに、あんたは基本的な仕事すら覚えられず、カウンターにも立たせてもらえない。悔しくないの? 私だったら物凄く悔しいよ!」

「えっ、あっ、まぁ.....」



 そう言われたら、悔しいは悔しい。

 けれど、まともに仕事が覚えられていない私がそんなことを言えるはずがない。


 この頃、店長や先輩達からカウンターでの接客時に知っておくべきことや、注意すべきことなどをたくさん教えられ、それらを1つ1つ頭に叩き込むにいっぱいいっぱいだった。


 加えて、代理店の中で1番の売上を誇るこの店は毎日が多忙で、新人だろうとメモをとる時間すら与えられず、店長や先輩達に言われるがまま、必死に目の前の仕事に注力した。


『それから、家に帰ってからでも......』と思われそうだが、家に帰る頃には疲労困憊で、その日に教えられたことを整理する気力が無かった。


 その結果、まともに仕事が覚えられず、いつしか店長や先輩達に怒られる事が日常になっていた。


 そんな私の曖昧な返事をしたのが気に入らなかったのか、店長は呆れ顔の先輩達深をみるとため息をついて呆れたような目を向けた。


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