【詩・小説集】うさぎ
ご飯のにこごり
うさぎ
白い部屋に一人ポツリ浮かんでいる。
手首から流れる痛みだけが私をこの部屋に結びつけている。物の少ない部屋にいる私は酷く小さく寂しく見えて、眠そうにうつらうつらとしている様子は何だか必死になって逃げだそうと頑張るカゴの中のウサギみたい。
フローリングの線を伝っていく一本の糸のような赤。だんだんと大元の水溜りも広くなって、私も浮力を増していく。私の体はハタと音をあまり立てず、本でも閉じるみたく倒れた。目は開いたまま、細かい瞬きを繰り返している。コンプレックスだった浅黒い肌も白くなって可愛らしい。死化粧ってこういうことなのかな?
私の体は私とは反対に鼓動を早めて涙を流している。私は死にたくて死んだのに、虫みたいに這いずり回って、部屋も汚れるしみっともない。このまま何も変わらない、先の見えない無味の毎日を過ごすならって大した理由も無く、覚悟だけ先走って死んだのに。今更後悔したって、私はもう、幽霊なのに。
私の体はもう動かなくなった。ドアノブは血でベットリと汚れてしまった。
私はどうにもできず強くなっていく浮力に身を任せていた。
久しぶりに楽しいと思ってしまった。高いところから見た街には行ったことのない場所が沢山あって、思い出深い場所も沢山あって、私はつい泣いてしまった。アルバム、死ぬ前にもう一度でも開けば良かったな。後腐れなんて、後悔なんて無いはずだったのに次から次に後悔が心を重くする。なのに反対に、体はどんどんどんどん浮かんでく。
もう戻れないのに、もがいてもがいて泳ぐみたいに手をバタバタさせて、でも何の抵抗も無くてすぐに諦める。これまでもそうやって諦め続けてきたから諦めだけは良かった。みんなからバイトを変わってと頼られた時も、休みにやりたいことを諦めて、迷惑かけちゃいけないからって頑張った。大して感謝もされず、逆に毎日いると気持ち悪がられて孤立した。疲れて喋る気力も、ずっとバイトで休みの日はずっと寝ているから話題もなくてどんどんつまらない、生きる意味のない人間になっていった。
こんな毎日だったのに、死んで後悔するなんて私、諦めなきゃ良かったなぁ。
雲に隠れて街はもう見えなくなった。空の青が夜みたいな藍色に変わっていく。
やがて完全に真っ暗になった。星も何も見えずにただ浮いている。死んだら星になるってこういうことなのかな?と考えていると大きな光る円、それは月だった。月は自分から光らないはずなのに、と思ったけどそんな驚きもすぐに消えた。白いもふもふとした影が月の上を包んでしまったから。
月は三日月の形になり、朧げに瞬く。私はそこに降り立ち、月を隠すウサギの一匹になった。みんな自殺した人なのかなぁ、とは思うものの迷惑かな、と思う気持ちが邪魔をして何も言えなかった。ウサギだから喋れないか、と諦めて月を隠す仕事に集中することにした。死んだら何もしなくていいと思っていたのに、という怒りが沸々と湧いてくる。私はどこまでも被害者面をして、そんな私が大嫌い、だから死んだのに、もう消えてしまえたらいいのに。そう思うとフッと意識が月の光の中に溶けた。
また諦めて、何も頑張れないで、ずっと不幸なフリばかりしていた。死んでも同じで、でも同じような人ばかり、誰も話しかけてこない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます