第2話 堕ちた
よく見れば、俺を貫いた槍は、見慣れた槍だった。
同じパーティーのメンバーで、友人の槍だった。
俺を殺したのは、友人で同じパーティーメンバーの、エレファスだったのだろうか?
「あなたは、今死にました。」
目の前にいた天使のような者が俺にそう言った。
「俺を殺したのは、エレファスだったのだろうか?」
「特別に教えて差し上げましょう。あなたの思っている通りです。」
嘘、だろ?
どうして、エレファスが?
「あのあとの映像を見れば、その答えがわかるでしょう。」
そう言って、天使はエレファスや国王、兵士たちのいたあの部屋を映した。
『おい、国王。これで、俺の命は助かるのか?』
『ああ、嘘に決まっているだろう。おい、他のメンバーも殺せ。』
国王はそう言って、エレファスや、俺以外の勇者パーティーのメンバーを次々に殺していった。
「うそ、だ。」
俺はそう言って、その場に膝をついた。
そんなわけ、ない。
だって、エレファスは俺の友達だ。
長い旅路を共にした仲間だ。
どうして_?
どうして、エレファスは俺を裏切って自分の命を優先した?
いや、まあ自らの命と友の命を比べられて、自らの命を優先してしまったのはまだ許したとしてだ、エレファスにどちらかを選ばせた国王が許せない。
それにしても、どうして、国王は世界を救った勇者パーティーメンバーを殺す_?
どうして、どうしてなんだ_?
わかっている。
強い力を持つものは、やがて弱い者に恐れられ、弱い者の集団に負けて、殺される定めなのだと。知ってはいた。
ただ、理解したくない。
人間は、俺を勇者だと崇めて、応援してくれた人々は、そんな醜い弱者と同じだったのか_?
いやだ、そんなわけがない。
わかってはいるが、わかりたくない。
嫌だ。
知りたくない。
「絶望しているところ、申しわけないのですが――」
天使が、こちらをみて穏やかな口調でそう話しかけてきた。
「なんだ_?」
「あなたの魂は今、絶望の’黒‘の色が強くなっているので、地獄行きです。」
なんだって_?
嘘だろう?
どうしてなんだよ_?
「俺は、世界を救ったじゃないか。」
「いいえ、貴方が救ったのは世界ではなく、人間です。」
「そんな_?」
確かに、言われてみればそうなのかもしれない。
「あなたは人間を救うために、多くの魔物を殺しました。多くの魔物たちの幸せな時を奪ったのです。正義の名のもとに。」
そこで、天使はいったん言葉を区切った。
「正義の名のもとに、あなたは魔物を大量虐殺しました。正義とは、とても便利な言葉ですね。この言葉さえあれば、何をしたって人間界では許されるのですから。」
そんな。
俺は、勇者だ。
俺は、正義の味方_?
果たして本当にそうなのか?
人々は、俺のことを勇者だと褒め称えた。
けれど、本当にそうだったのだろうか_?
突然、今まで俺のしてきたことに疑問が浮かんだ。
俺が、魔物を大量に殺したのは、人間のためだ。
でも、その人間にも裏切られた。
じゃあ、俺の今までしてきたことの意味は_?
あの裏切り者の人間どものために、俺は今までたくさんの魔物を殺したのか_?
魔物たちからしたら俺はどんな風に見えていたんだろう。
まるでその姿は――魔王のように見えていたのではないだろうか。
そして、魔王の方が魔物たちからしたら勇者のように見えていたのかもしれない。
俺は、どうするべきなのだろうか。
今まで俺のしてきたことは間違っていたのか_?
わからない。
「あのー、早く地獄の扉を通ってくれませんか_?」
天使が申し訳なさそうにそう言った。
「早く通ってくださらないと、『扉』は消えてしまいますよ_?」
嘘だろう?
俺は急いで地獄の扉を通った。
『扉』が消えてしまうと、永遠にこの世の狭間をさまよい、苦しむことになる、と確か聖書に書いてあった気がした。
そんなのは嫌だ。
俺が、地獄の扉、というものを通るとそこには、人間界と同じような世界が広がっていた。どこが地獄なのだろうか_?
そう思って歩いていると、商店街のようなものが見えた。
屋台を見てみると、そこには皮をはがれて血の滴っている人間が売られていた。
「嘘、だろう?」
「おお、君は人間かい_?」
牛の上半身の悪魔のような見た目の者がそう聞いた。
でも、正直に人間だと答えたら殺されるだろうか_?
「いいえ。」
「嘘をつけ。お前人間の匂いがするぞ。というか、安心しろ。殺したりはしない。」
「__本当ですか?」
本当じゃなかったとしても、いいか。
もうすでに死んでいるからな。
殺されるも何もない。
「わかりました。正直に言いましょう。人間ですよ。」
「やっぱりそうだよな。お前、
そう言って、その悪魔のようなものは手を差し出した。
「金。」
どうやら、情報量としてお金が欲しいようだ。
今、お金って持っているのだろうか。
俺は、着ていた服のポケットを探ってみた。
中から、三枚の銀貨がでてきた。
俺はそのうちの一枚をその手にのせた。
「まいどあり。もっと知りたい情報があったら聞くといいさ。」
その悪魔のような見た目のものはそう言った。
「ああ。」
二度と聞かないかもしれない。
たいした情報ではないものに金を払わなければならないのは嫌だからな。
まあ案内所とやらに行ってみるか。
俺は、その通りを歩いていると、様々な種族の者が歩いているのが分かった。
周りの者はみな、恐れるような目で俺の方を見ている。
どうしてなんだろうか。
そんな疑問を
とりあえず建物の中へ入ってみると、
「いらっしゃいませー。どのような情報が聞きたいのでしょうか?」
と、言って一人のスーツを着た女の人_職員が寄ってきた。
たくさん疑問に思うことはあるが、まずはこの二つの質問だろうか。
「ここには、どんな者が住んでいる?なぜ人間が家畜のように売られている?」
「はい。では、
そう言ってその職員は地界、別名地獄がどういう場所なのか説明を始めた。
その説明によるとこの地界には、悪魔や魔物といった魔の側に属する者が住んでいるのだそうだ。そして、その魔に属する者を勇者に倒された魔王が納めているのだそうだ。また、この世界ではすでに俺は死んでいるため、飲み食いはしなくても大丈夫なのだそうだ。そして、金銭的には人間界と同じで、銅貨一枚で飴が一個買えるくらい、銀貨一枚(銅貨十枚)で安い食事が買えるくらい。そして、金貨一枚(銀貨10枚)で本が一冊買えるくらいなのだそうだ。ここまでは予想通りだった。
しかし、この地界という場所では人間が二種類に分けられているのだそうだ。
一つは、『パスポート』を持つ、他の魔物と同じ扱いをしていい人間。
もう一つは、地上で大罪を犯したためにこちらへ来た『パスポート』を持たない家畜扱いされる人間。この人間が、先ほど屋台で売られていた人間肉なのだそうだ。
「あなたは、『パスポート』を持っていらっしゃいますか?」
ポケットの中にあるのだろうか_?
俺は、ポケットの中を探ってみたが、無かった。
洋服の上着のポケットも探ってみると、何やらカードのようなものが入っていた。
「これか?」
そう言って、俺はそのカードを見せた。
「ええ、それがパスポートです。それは無くしてしまうとかなり大変なことになりますので、無くさないように気を付けてくださいね。」
「ああ。」
「ほかに聞きたいことはありますか_?」
「地界で、人間が働く方法はあるのか_?」
働かないとお金が手に入らない。
何か欲しいものがあってもお金がないと困るのだ。
「ああ、そうですね。その説明を忘れていました。」
思い出した、と言った様子でその職員は説明しだした。
「どんなことが得意でしたか_?」
魔物討伐、とここで即答したら殺されるかもしれないな。
だってこの世界では魔物が主な住人なみたいだし。
そいつらを殺した俺はいわば天敵のようなものなのだろう。
ああ、だからここまでくる間に魔物たちは俺のことを怯えた目で見ていたのか。
「特に特技はない。」
「そうですか、なら、こちらにのっている職業の中から選ばれるといいかと。」
そう言って、冊子のようなものを差し出した。
その冊子をぺらり、と一ページめくってみると大きく『配信者』と、書いてあった。
「これは、なんだ?」
「ああ、配信者ですね。この職業は人気になれば効率よく大金を稼げるので、個性がある方にはおすすめですよ。」
個性、か。
確かに俺は個性があるかもしれない。
なんていっても勇者だし。
そこまで平凡ではないかもしれない。
やってみようかな。
大金を稼げるそうだし。
大金、稼げたら武器をもっと強いのを買って、復讐としてあの国王を殺しに行こう。
「地界から人間界に行く方法ってあるのか_?」
「人間界の誰かに憑依すれば可能ですよ。」
「なるほど。」
じゃあ、配信者になって大金稼いで、人間界の誰かに憑依すれば、国王を殺し返しに行けるということか。
待っていろ国王。
今すぐにでも殺しに行ってやる。
その勇者の顔を覗き込んだ職員がひそかに、何この禍々しい瞳、怖いんですけど、私、殺されないよね_?と、おびえていたのは誰も知らない。
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