四本針金に喰われたい
ましまろのきもち
Song #1
「マイクチェック。マイクチェック。どうも。"sound's flood"です。今夜はどうぞよろしく。」
ボーカルのナギはそう言ってドラマーのタクマに合図をした。
ドラムスティックから鳴る1・2・3・4のカウント。
それに合わせて演奏は始まった。
リズムよく力強いバスやタムの鼓動。
ファズを踏み、歪みに歪んだギターサウンド。
触発されたように絶叫するボーカル。
それに負けじと大音量でベースを弾く俺。
まさに sound's flood "音の洪水"である。
観客の暴れっぷりも最高潮になり、ライブハウスは破裂寸前だ。
メンバーもテンションが上がり、プレイも序盤より過激になった。
ドラムは無茶苦茶に叩き始め、ギターは更にファズを踏み、音量を上げ、アンプからキンキンした鋭い音が鳴り響いていた。
アンプのノブを全開にし、俺はベースをかき鳴らした。
コードなんか関係ない。音程なんか関係ない。
無我夢中にギターのようにかき鳴らした。
そして、この曲が終わり、今日最後の曲に差し掛かる前、ボーカルのナギがMCを始めた。
「今日は、皆様に大切な話があります。僕たち sound's flood はメジャーデビューが決まりました。ここまで来れたのは皆様ファンのおかげさまです。ありがとうございました。しかし、進化をすることで何かを失うこともあります。今日を持って、ベースのケンジは sound's flood を脱退します。メンバーで長い間話し合って決めたことです。とても残念ですが、今日でケンジのステージは最後です。これからは、ドラムのタクマと、ギターのシュン、僕に加えて新メンバーのハヤトの4人で活動をします。これからも応援よろしくお願いします。それでは最後の曲です。聴いてください。」
俺は耳を疑った。
俺がバンドを脱退、?
メンバーと脱退の話など全くしていない。
ナギが酔っているのかと思った。
そうしてスタートした最後の曲はしんみりとした曲だった。
もちろん真剣に演奏をしたが、なぜ脱退なのか不思議でたまらなかった。
そして今日のステージが終わり、真っ先にメンバーに脱退のことを聞いた。
「脱退!?なんで脱退なんだよ!何も聞いてねぇよ!!」
そうするとボーカルのナギはこう口にした。
「あのな、ケンジ、今まで5年間共に活動しててさ、少しづつだけど、感じてたんだ。お前のベースプレイと、俺らとは方向性が違うんだよ。俺らは、ベースをどの曲も黙って静かにコードを弾いてほしいんだ。ギターやドラムみたいに激しくベースを弾く必要はないんだ。しかも、俺らはメジャーデビューが決まったんだ。ここでメジャーを離れるような失敗はしたくない。お前にはずっと黙ってたが、お前以外のメンバーで辞めさせる話をしてたんだ。すまない。悪く思わないでくれ。今日はお前は控え室に寄らず、まっすぐ家に帰れ。」
そう言って俺に背を向け、コツコツと履いていたブーツの踵を鳴らしながら控え室へと帰っていった。
「おい!何が脱退だよこの野郎!!今までやってきたってのに、文句ひとつも言ってこなかったじゃねぇか!!何が今更黙って弾いてほしいだこの野郎!!メジャーデビューしか目がねぇのかよてめぇ!!」
俺はそう叫んだが、誰の返事もない。
俺は通路にかけてあった脚立を控え室の方にぶん投げ、そこに置いてあった椅子を蹴飛ばしてライブハウスの外に出た。
「なんだよあの野郎!今から脱退とか舐めてるのかよ!!」
街で叫んでいると酔っ払いの中年野郎が話しかけてきた。
「おい!うるせぇんだよぅ!!若造はさっさと家帰れぇ!」
ムカついた俺はそいつを路地裏に連れ込みボコボコにした。
そいつのポケットに入っていた2万円を抜き、そこからベースを抱えて走って逃げた。
「何してんだ俺、、」
普段から俺はそうそうキレるタイプではなかった。
こんなにキレたのは中坊の時以来だ。
初めてベースを手にしたのは高2の夏、17歳の時だった。
友達よりも音楽が大好きだった俺は、なけなしの貯金を全て使って、中古の安い真っ白のジャズベースを買った。
そのベースは今でも俺の相棒として愛用している。
もちろん買って真っ先に家に帰り、練習を始めた。
楽譜や教習本を買う金すらなかった俺は適当に弦を押さえ、それっぽい音を出しては満足していた。
そして2ヶ月ほど経ってお小遣いが貯まり、教習本を買うことができた。
それを熟読し、ベースの練習に励んでいたところ、ある感情が芽生えた。
「バンドを組みたい。組んでめちゃくちゃなロックをやりたい。」
そう強く思った。
早速俺はバンドメンバーを募集した。
家から30分ほど歩いたところに小さいライブハウスがあった。
そこのオーナーに頼んでメンバー募集の紙を貼ってもらった。
「バンドメンバー募集中!条件:ロックが好きな人!!
電話番号:080-○○○○-○○○○」
他にも書いてあったが忘れてしまった。
しかしなかなか電話がかかってこない。
それから1ヶ月ほど経った頃、1本の電話がかかってきた。
「あ、もしもし?バンドに加入したいんですけど、、」
そう言って電話してきたのが ナギ だった。
俺たちは翌日、近くのカラオケに集合した。
ナギは至って目立っているわけでもなく、ごくごく普通の高校生だった。
カラオケの中に入り、俺たちは会議をした。
どのパートを演るか、立ち位置はどうするか、そしてバンド名をどうするかなど色々な話をした。
「バンド名かぁ、、」
バンドをすると決まっていたが、バンド名は決めていなかった。
「やっぱり英語の名前がいいんじゃない?」
そう ナギ が言った。
「英語かぁ、でかい音でバンドを演りたいんだよなぁ、、でかい音か、、洪水みたいな、、音の洪水、、、"sound's flood"、ってどう、?」
そう言うと ナギ は目を輝かせた。
そして、ナギの友達だった、タクマ、シュンを誘ってバンドが完成した。
これから俺のバンド生活が始まるのか!
そんな期待が俺にはあった。
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