瑠璃堂事件帖

KPenguin5 (筆吟🐧)

第1話 瑠璃堂

今から100年程前のお話でございます。

1925年(大正14年)

関東大震災が大正12年ですから、2年後の東京でございます。

復興は進んでおりましたが、まだまだ街中には震災の爪痕が残っておりました。


東京のある下町に、瑠璃堂というBARがございました。

薄暗い店内には、所々に間接照明が灯っております。

15メートルほどの細長い店内のお席は、カウンターのみでございます。

カウンターの内側には様々な種類の酒が並んでおります。

ここには平井紫音と境田迅という二人の男がおりました。

二人は探偵でございます。


今日はお正月も明けまして、お客様も少ないし静かな夜でございます。

外はしんしんと雪が降ってきております。

今夜は積もるでしょうか?

「事件、最近起こらないなぁ。つまんないよ。」

カウンターに突っ伏しているのが平井紫音でございます。

筋肉質な体の持ち主で、とてもきらきらした瞳で見つめられた女性をすぐに虜にしてしまう、そんな愛嬌のある表情をする男です。

でも、正義感が強く曲がったことが嫌いな筋の一本と負った性格をしております。

事件がなくて手持ち無沙汰なのでしょう。カウンターの向こうで本を読んでいる境田迅に愚痴っておるようです。

「事件がないのは平和な証拠。いいことじゃないか。

そう言えば、この前のあの銀行の事件の後から、スネークアイズも静かだしね。」

境田迅は、長身で細身の好青年でございます。

優しい表情をいつもたたえておりますが、割と鋭い目を持っております。

人の心の機微を敏感に感じ取って、事件を解決に導くこともございます。

そして、スネークアイズというのは、ここ最近の東京を震撼させている怪盗団でございます。

なにやら、悪徳大富豪からばかり盗みを働いてその盗んだ金品の一部は貧民街でばら撒いているというまるで鼠小僧の様だともっぱらの話でございます。

先月、ある大銀行の金庫から大量の金塊を盗み出すという犯行予告が届きましたが、犯人逮捕は逃したものの瑠璃堂の2人がそれを阻止したということがございました。2人がスネークアイズと相対したのは、この銀行の事件が初めてでございました。


「世間では奴らの事を義賊だとか鼠小僧だとか言っているようだけどな。

盗みは盗みだ。」

平井は吐き捨てるように言いました。境田は頷きながら静かに申します。

「奴らがあの事件で懲りたとも思えないんだけどね。静かなのが気味が悪いな。」

2人がそんな話をしておりますと、店のドアが開きました。

「紫音、迅!!事件だ!」

そう言って飛び込んできたのは、岸悠馬。新聞記者でございます。

彼はいつも事件を探して駆けずり回っておりますが、岸の愛嬌のある表情や巧みな話術で、特ダネなんかもしっかりつかむなかなか凄腕の新聞記者でございます。

ただ、情に流されやすく優しすぎるのが玉に瑕でございます。

ころころ変わる表情が紫音も迅も楽しくていつも一緒につるんでいるようでございます。

「岸くん。いらっしゃい。なにか飲むかい?」

迅がのんびりと腰を上げてグラスを取りました。

「あ、水を一杯くれ。」

グラスに一杯の水を手渡しますと、岸はそれを一気に飲み干して、

「グホッ。」

っと目をくるくるさせてむせた降ります。

「ほら、岸くん。落ち着いて。で、そんなに慌ててどうしたの?」

紫音が岸の背中をさすり、肩の雪を払いながら優しく聞きます。

「あ、紫音。ありがとう。

え?あ、あっと。そうだそうだ!そうだった。

また、スネークアイズから犯行予告が届いたんだ。

それで、お前たちに知らせなきゃと思って飛んできたんだよ。」

岸は一枚の紙をひらひらとさせながら言いました。

「迅、噂をすればなんとやらだな。早速のお出ましときた。」

「で、次は何も盗むというのです?」

紫音も迅も前のめりでございます。よほど、事件に飢えておったのでしょうか。

岸の手からその紙を奪い取って、二人は覗き込んでみております。


『   犯行予告

1月29日 帝一ホテルの真珠の胸飾は私がいただく

瑠璃堂 借りは返させてもらう

                 🐍スネークアイズ🐍』

「紫音、これは俺たちに名指しでの挑戦状じゃないか」

紫音はにやにやが止まりません。

「紫音、ニヤニヤしすぎだよ。そりゃ暇だったけども。」

迅が紫音を窘めております。

「お前たちも、来週の1月29日木曜日に帝一ホテルが開業するのは知ってるだろ?

その開業パーティーの時に、あの皇太子妃殿下が婚礼の際にお召しになられていた胸飾を作った「ミキモト」っていう宝石屋の新作をこの開業のために作らせたらしいんだ。その胸飾のお披露目もあるそうなんだが、その新作の胸飾をいただくとの予告なんだよ。」

「ほう、でその胸飾はどんなもんなんだ?」

紫音が聞きました。

「まだ、全貌を見たものはいないんだ。噂ではダイヤモンドと真珠、あとサファイヤなんかをあしらった豪奢なつくりらしくて、総額では1万円とも2万円とも言われているという話だ。」

1万円。

この当時では相当な金額になります。今では1000万ぐらいでしょうか。なにせ、この年の初任給が大体50円から60円という時代ですから。

「この犯行予告状は何処に届いたの?」

迅が岸に聞きました。

「これは、新聞記者倶楽部に届いたんだよ。きっと先般の銀行の件でお前たちに一杯食わされたから、センセーショナルを狙っているんだろうな。

この予告状は警察と溝端にも届いているようなんだ。」

「ほぅ、なる程ね。俺たちに対する挑戦状ということだな。

これは、受けないわけにはいかないよな。迅。」

「そうだね。岸くんは今回も俺たちと一緒に特ダネってことか。」

「いやらしい話、そういう事かな。」


岸と、瑠璃堂は先般の銀行の事件から懇意にしているようです。

岸は表現するなれば、猪突猛進、正義感の塊のような新聞記者で、勧善懲悪をモットーとしておるような人物であります。

義賊を騙るスネークアイズには複雑な思いがあるようですが、犯罪を許すような風潮はどうも肌に合わないと思っているような人物でございます。

そんな人柄が、瑠璃堂の2人にも共感したのでしょう。

事ある毎に、この瑠璃堂に出入りしているようでございます。


さて、この事件。いかなる結末を迎えますでしょうか?

これからの展開をしかと見届けたいと思います。



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