第2話 1月29日
ここは、帝一ホテルでございます。
この時代では珍しい10階建てのビルヂングでございます。
白い壁が印象的でところどころアールデコのレリーフで装飾されった豪奢な外観となっております。
本日1925年(大正14年)1月29日 帝一ホテル開業の日でございます。
この時代、日の本の中では有数の富豪である溝端財閥が経営する帝一ホテルの開業とあって、開業お披露目パーティは盛大でございます。
各界の有名人が挙って招待されております。
帝一ホテル自体は10階建てのビルでございまして、1階がエントランスホール、フロント階となっております。
2階から8階までは客室になっており、7階、8階は豪奢な貴賓室となっております。
9階はダンスフロアと展示室。そして10階が迎賓室となっております。
本日のお披露目パーティは10階の迎賓室で行われております。
エントランスも豪華でございます。
天井の真ん中には大きなシャンデリアが釣り下がっており、床は大理石をしきつめてございます。
入口に入ると右手に受付があり、正面には大きな階段がそびえております。
その階段はカエデの木でできておるようです。
2階から上へ行くためには、エレベーターが設置されており、近代的な建築様式を取り入れた豪華な建物でございます。
「犯行予告にあった胸飾は何処にあるんでしょうか?」
紫音が堀田という刑事に聞いております。
瑠璃堂、そして岸の3人は帝一ホテルのエントランスで堀田と落ち合っておりました。
堀田は、警察庁の刑事でございます。先般の銀行の事件の際、瑠璃堂とスネークアイズと共闘した同志でございます。
この時代の警察は割と威圧的な組織ではございましたが、この人物は温厚で瑠璃堂にもとても友好的な人柄でございました。
ただ、警察組織自体は排他的で威圧的でございましたので、他の捜査官には捜査に口出す瑠璃堂は煙たがられておりました。
「溝端は出席者を驚かせる演出を考えているようで、我々にも詳細をあかさないんだ。警備も煙たがられている状況でな。なかなか警備もさせてもらえない。どうやら、盗まれるわけがないという自信があるらしい。
まぁ、叩けばいくらでも埃が出てきそうだからな、警察に色々さぐられるのが嫌なのだろうよ。
柄の悪い用心棒の様な輩も出入りしているという噂もあるしな。」
「なるほど、その用心棒がいれば安心という事ですか。
とりあえず、俺たちも迎賓室へ向かいましょうか。」
「俺は、ここで警備を指揮する。上は任せたよ。俺たちの顔を見ると溝端のおっさん、怒鳴り散らしてくるんだわ。」
堀田がそういうと紫音は先先へと歩いて行きました。
迅と岸は慌てて追いかけます。
エントランスも豪華でございます。
天井の真ん中には大きなシャンデリアが釣り下がっており、床は大理石をしきつめてございます。
紫音たちはは階段で2階に上がり、そこからはエレベーターで10階まで上がっていきました。
エレベーターを降りると正面に迎賓室の入口の扉がございます。
この重厚な扉を開けますと、迎賓室でございます。
迎賓室ももちろん、贅を尽くしたつくりでございます。
綺麗なシャンデリアが3つ、室内の壁は一面、白で統一されております。東西の壁にはアーチ状の大きな窓が3つ並んでおり、その窓を出ると広いポーチに続いております。
すでに会場には、招待客が多くいらっしゃいました。
みなさん、素敵なお召し物でございます。
淑女の方たちは豪華なドレスや、華やかなお着物、殿方のみなさんは和装の方も燕尾服の方もいらっしゃいます。
3人が迎賓室に入ると淑女の方たちがざわざわしだしました。
どうやら、3人の容姿を見てざわついているようでございます。
「あんな素敵な殿方、どちらのお方なのでしょう…」
「社交界ではお見かけしない方々ですわね。とても洗練されてて、素敵な方…」
女性の方々はひそひそとお話しております。
そんな女性たちを横目に、殿方は嫉妬の嵐でございましょう。
「見たことない奴らだ。どこの馬の骨なんだか・・・」
やっかみ満載のそんな声も聞こえてまいります。
すると、また迎賓室の扉が開かれ、今度は1人の男性が入ってこられました。
そのしばらく後に、一組の男女も入ってこられてます。
すると、女性たちがさらに色めき立っております。
「まぁ、今夜は渋谷さまも招待されておられたのね。」
「渋谷さまの周りだけ、光り輝いているようですわ。」
「本日ご招待いただいたこと、本当に感謝ですわ。」
口々にそしてあちこちで、そのような言葉が行きかっております。
「その後ろからいらしたのは、歌川さまよね。あら、神田さまもご一緒なのね。やっぱり、ご婚約されたというのは本当だったんだわ。」
その様子を見ていた紫音がおもむろに口を開きました。
「急にざわざわしだしたな。レディ達が色めき立っているよ。
あの男は誰なんだい。」
「紫音、知らないの? 渋谷彗星さ。
今、とても人気の役者で新劇や最近では活動写真なんかにも出ているよ。
あの長身と切れ長の眼と甘い声が人気なんだそうだ。」
「迅、良く知ってるな。」
「探偵としては、世の中の流行を押さえるのは当たり前だろ。」
岸が何か紙を見ながら言いました。
「今回は、娘の杏子が大ファンなんだと。それで招待されてるらしいよ。
で、その後に入ってきたのが、神田 由美子と歌川 海老蔵だな。神田由美子も役者、歌川海老蔵は歌舞伎役者だ。たしか最近婚約を発表したはずだ。」
岸は今回の招待者のリストを持っているようです。
「今夜の招待客の中には各界の著名人なんかも招待されているようだよ。例えば…江戸川乱歩、永井荷風、古今亭志ん生…すごいな。
ほら、あの正面で着物を着ている一団がきっとそうだよ。」
「江戸川乱歩って、あの探偵小説家の?おれ、この前読んだよ。『D坂の殺人事件』すごくおもしろかったんだよ。明智小五郎が密室トリックを解いていくんだけどな、久しぶりに小説読んで興奮したよ。」
興奮した様子でそう話すのは紫音でございます。
この年の1月号の探偵小説雑誌『新青年』にて、江戸川乱歩が書いた短編小説『D坂の殺人事件』が発表されました。
センセーショナルでございました。このD坂の殺人事件で初めてかの有名な明智小五郎が登場いたします。
後に、少年探偵団や怪人二十面相なども登場するあの人気シリーズの始まりでございます。
すると、紫音が嬉々としてその着物の一団へ向かって行きます。
迅と岸はそんな紫音を見送りながら、周りの様子を観察しておりました。
今回の主催者である溝端財閥の溝端 喜三郎とその家族は、今は来客に挨拶をしながら会場を回っている様子でした。
歌川海老蔵と神田由美子の所では、溝端月子つまり溝端喜三郎の妻でございますが、少し硬い顔をしたのを迅は見逃しませんでした。
「ねぇ、歌川と溝端の奥方ってなにかあったのかな?」
「うん、少し噂はあったよ。歌川はかなりの浮名を流している歌舞伎役者だったんだ。神田由美子と婚約はしたが、かなりのプレイボーイだよ。
確か、溝端月子もそのうちの一人だよ。ここだけの話、溝端の家に入る際にかなりの火消しをしないといけなかったって話だよ。
しかも、月子の連れ子の杏子の父親は歌川ではないかとの話さ。」
そんな話をしておりましたら、会場が暗転いたしました。
迎賓室がざわざわといたします。
「紳士淑女の皆様、お待たせいたしました。
帝一ホテルの開業披露パーティーを開催いたします。」
そのアナウンスの後、会場の舞台をスポットライトが照らしました。
すると、正面の演壇に大きな酒樽が登場しております。
「溝端社長、この会の開会の宣言としまして鏡割りをお願いします。」
そのアナウンスがあった直後、
「キャー!!」
という、悲鳴が聞こえてきました。
「・・・奥様が…奥様が…」
その悲鳴の方に皆の視線が集中いたしました。
「どうした?何があった?」
皆が、ざわざわとしております。
「はやく!灯りを!灯りをつけて!」
会場の明かりがつきますと、そこには溝端月子の変わり果てた姿がございました。
床にうつぶせに倒れた月子の周りは赤い血で染まり、左の背中には、ナイフが深々と刺さっております。
「みなさん!動かないで!」
紫音が叫び、月子の頸動脈を確認いたします。
「・・・死んでる。」
「みなさん、このままこの会場から出ないでください。
岸くん、堀田さん呼んできて。」
迅が岸に指示を出し、岸は堀田を呼びに向かいました。
「月子…誰がこんな事…」
妻の変わり果てた姿を見て溝端喜三郎は放心状態です。
娘の杏子は母の姿を呆然と見つめております。
紫音が月子に縋り付いて泣いている女性の背中をさすりながら声をかけております。
「あなたが見つけたのですね。ところであなたは?」
「私は溝端にお仕えしております女中でたきと申します。
私は、月子さまが溝端に嫁がれる前から月子さまにお仕えしておりました。…月子さま、あぁおいたわしい。」
「たきさん。何か見ませんでしたか?」
「私、真っ暗で何も見えませんでした。…ただ、どなたか奥様に近づいた方がいらっしゃったような気配は感じたんですが、どなただったのか、真っ暗だったのでわかりません。
なにか、蜜柑のようなさわやかな香りがしたような気がしたんです。」
泣きながらたきは紫音に訴えました。
「奥様…あぁ、奥様…」
「警察が現場を確認した後、みなさんに事情を伺います。このまま、ここから動かないようにお願いします。」
迅が大きな声で会場にいる人に言いました。
紫音は、ご遺体のそばにしゃがみ込んでおります。
「迅、心臓を一突きにしている。たぶん即死だね。」
「となると、あの暗闇の中でどうやって奥方の胸を一突きでさせたのかってことだね。」
「ちょっと、見せてもらうよ。」
背後から声をかけてきた男がおります。
渋谷彗星でございます。
「ふん、ほー。なるほどね。」
そのようにおっしゃる渋谷に少しカチンときた紫音が話しかけます。
「なにか?見つけたとでもいうのかな。」
「あんたたち、最近もてはやされてる瑠璃堂とかいう探偵だろ?
探偵の名前がなくね。見落としてるじゃないか。決定的な証拠をさ。」
「何が言いたいんだ?お前・・・」
渋谷に突っかかっている紫音の横で、迅が何か見つけたようです。
「紫音、確かに見落としているようだよ。
ほら、背中のナイフが刺さっている所になにか塗料のような物がついているみたいだ。これは…」
「ふふん。それは、よく舞台とかでも使われてる蓄光塗料さ。暗いところでも短時間なら光ることができるから、犯人はその蓄光塗料をめがけてナイフを刺せばいい。」
「つまりはこういう事か。
奥方のドレスにあらかじめこの蓄光塗料が塗られており、パーティの始まる前の暗転の際に犯人が奥方の胸を一突きにした、という事か。
でも、いったい誰がそんなことをするというんだ。」
すると、迎賓室の扉が開いて堀田と数名の警官が入ってきた。
「堀田さん、見てくれ。この胸の所にある塗料。蛍光塗料だ。舞台で使うことがあるらしい。」
「なるほど。今回は、舞台の関係者が数人招待されてるな。
犯人はその中か?」
堀田の横にいる長身の男が鋭い眼光を放って言います。
この男、堀田の上司で戸張警部補でございます。
今回の脅迫状の一件で現場の指揮を任されたお人です。
横で聞いていた着物姿の御仁が吹き出しました。
「ほほほう。日本の警察は簡単に決めつけすぎですぞ。そんな塗料など舞台で使うとはいえ、誰でも手に入れることができるような物。」
「あんたは誰だ。」
戸張警部補がすごみます。
「私は江戸川乱歩と申すもの。安易な捜査では冤罪を生むことになる。」
「警察を罵倒するとはいい度胸じゃないか。」
この時代の警察は国家権力を笠に着てかなり横柄な組織だったそうです。
「だから、真犯人を取り逃がしたりするんですよ。捜査は緻密に、事実をしっかり精査していただかないと。」
乱歩は動じません。飄々と言い返しております。
「なにをぉ!俺たちに楯突くとはいい度胸だ!!お縄にしてくれる!」
顔を真っ赤にした戸張が乱歩の胸倉をつかもうとしているのを堀田が慌てて止めに入ります。
「戸張さん、落ち着いてください。皆さん見てる前ですよ。」
どうやらこの戸張という刑事は、権威を笠に着て威張り散らすタイプの警官のようでございます。
「いったい警察はきちんと捜査をする気あるのか!!そもそも、お前たちが警備していたのにこんな事件が起こるなんておかしいじゃないか」
怒りの声を上げたのは、被害者の夫である溝端善三郎でした。
その横では娘の杏子が泣き崩れております。
溝端にそう言われた戸張は苦虫をつぶしたような顔をしてそっぽを向いてしまいました。
「とりあえず、ご遺体を運ばせましょう。そして、この会場にいる方は順番に話を聞きます。」
堀田は控えていた警察官に次々と指示を出しました。
月子さんのご遺体も運ばれて、現場に残っている証拠なども回収されて行きました。
「とりあえず、事件の経緯はさっき岸君から話を聞いた。この後事情聴取をしていくが、お前たちも同席するか?」
堀田が、紫音たちに聞きました。
「俺は、もう少しこの会場の中を調べてみようと思う。迅はどうする?」
「じゃぁ俺は事情聴取に同席するとしよう。」
さて、賢明な読者の皆様、推理するにはまだまだ情報が少なすぎますね。
そして、スネークアイズはこの殺人事件で大人しく引き下がるでしょうか。筆者はそうは思いません。きっとまた胸飾りを狙いに来るでしょう。
瑠璃堂と一緒に皆様も是非推理を働かせて、この事件を解決に導いていただきたい。
証拠と情報が揃いましたらまた皆様にお尋ねすることにいたしましょう。
では、またお会いしましょう。
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