お米を炊こう!8
ご飯が炊けてから蒸らし、土鍋を開けると湯気が顔面を直撃する。
「いいにおい」
桜子さんが鼻をくんくんさせる。さすが化け犬だ。歩はしゃもじで鍋を底からかき回す。
「この、『ご飯をほぐす』って作業も重要みたい」
しゃもじでほかほかのご飯をほぐすと、底のほうにはおこげがあった。これはきっとおいしいだろうと、空腹の歩はごくりと喉を鳴らす。
「お茶碗、これでいいですか?」
用意しておいた茶碗にご飯をよそう。これでようやく『おいしい炊き方をしたご飯』の完成だ。
「じゃあ、食べようか?」
「いつものご飯と味は変わるんでしょうか?」
どきどきしながら箸でご飯を口に運ぶふたり。よく咀嚼すると、でん粉の甘みが広がる。
「……これがいつもより手間をかけて炊いたご飯……おいしい?」
「はい! お腹が空いていたので、余計においしいです! おこげのところもカリカリで」
「……というか私、お腹が減りすぎていてどのくらいいつもとおいしさの差があるのかわからないや」
「ふふっ、歩さんったら」
「いやぁ、これじゃあただ『ご飯は相変わらずおいしい』しか感想が出ないよ。お腹空いてたらおいしさ倍増すぎちゃって……」
せっかく手間をかけて炊いたにも関わらず、『空腹』というスパイスが効きすぎたことが問題である。だが、炊きたてほかほかの温かいご飯は絶品だ。歩はじっと桜子さんを見た。
「ん? どうかしましたか?」
「いやあ、自分の作ったものを人と一緒に食べるの、おいしいなって。誰かと食べるの、久しぶりで……うち、親が働いていて、いつもひとりだったからさ」
しんみりとする歩に、桜子さんはとびきりの笑顔で答える。
「私も誰かと一緒に食べるの、おいしいです!」
桜子さんは明るい。歩もその笑顔を見て暗い雰囲気など一気に吹き飛んだ。だが、その分真面目な意見が頭に浮かんだ。
「これが『食育』か……なるほど」
自分で書いた試験時の論文のことはすっかり忘れていたが、タイトルは先ほど聞いた。『学生の食育と食による親善』。つまりはこうやって一緒に料理を作って食べることも大事ということか。そもそも桜子さんは化け犬。人という存在を超えたものである。そんな化け犬とも食を通じてこうやって笑顔になれる。食育も、現代は親の仕事の関係などで孤食になる子どもが多いと聞く。さすがに大学生ともなると、ひとり暮らしをしたりして孤食になりがちではあるけども……。
「桜子さんは、普段食事ってひとりでしてるの?」
「まちまちですね。矢田教授と一緒に食べることもありますし、ひとりのときもありますよ」
「ふむ……。ところで、学生ひとり暮らしの孤食ってどう思う?」
「へ!?」
突然の学術的な質問に桜子さんは驚くが、少し考えてから意見を述べてくれた。
「うーん……そうならないために、学生食堂とかあるんじゃないですか? それに今は『すまほ』でテレビ通話とかできますよ」
「ああ、昔大学生のリモート飲みとかテレビで特集してたね」
「なんだかんだ言って、今の世の中だと孤食にはなりにくいのでは? SNSを見ながら食べるとかあるでしょうし」
「言われてみれば……」
自分も夕飯のとき、SNSを見ながら食べたりしたっけ。これもある意味コミュニケーションなのだろうか。でも、文章やカメラ越しもいいが、「人と同じ釜の飯を食う」という言葉もある。それを今日は体感しているのだ。
「だけど、こうして一緒に作って食べながら感想を言い合うって、なんかいいね」
「私も楽しいです。ご飯を炊くのにこんな手間がかかるなんて、知りませんでしたし。歩さん、普段もこんなことを考えているんですか?」
「普段はなーんも考えてないかな……」
ご飯を食べながらぼーっと答える歩を見て、桜子さんは微笑んだ。
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