第5話 昼食


 

 ソレはこの世の終わりだったのだと思う。

 


 魔王の出現


 外神格の降臨


 超越者の覚醒


 古代兵器の再起動


 それらに匹敵するような圧倒的な個による理不尽な終焉。



 あの「転生者」はそういう存在だった。



 たった一人によって引き起こされた、世界を巻き込む戦い。

 科学と魔術の区別なく、一騎当千の英雄達が戦場を駆け、そして倒された異常極まる未曾有の大事件。


 当時、世界連盟の状況は絶望的だった。


 無理もない。


 世界を守護する最高戦力がことごとく撃破。

 だというのに、敵対する相手は一向に倒れる気配がない。


 もはや英雄達だけに縋れる状況ではなく、世界各国が保有する部隊が戦場へと投入された。


 言ってしまえば捨て駒だ。

 英雄が戦うような相手に、ただの人間達が叶う筈もない。

 

 死んで当然、足止めができれば儲けもの。

 雑兵が時間を稼ぎ、英雄が敵諸共に転生者を殲滅する。


 そういう手筈で、世界連盟からの戦力「黒影小隊」である私たちも戦場に立った。


「黒影小隊No.1 ユイ これより交戦を開始します」


 別段、戦うことに不満はない。 

 世界連盟には、身寄りのない私たちを育ててくれた恩がある。



 だから今日、私たちは世界の為にここで死ぬのだ。



「バッッッッッッッカじゃねぇの!?」



 部隊諸共に消し去る、異能の獄焔、酸毒の雨、悪霊の呪い。


 それら全てを、放った術者諸共に叩き潰しながら転生者レンジロウは叫んだ。


 彼の怒号が大気を震わせる。

 感情的な圧力を受け、放棄しかけていた感覚を取り戻す。


「なんだ今の攻撃?」

『捨て石による足止めと、英雄級の火力による殲滅攻撃ですね。非常に合理的な戦術かと』

「今の、俺以外死んでたぞ」

『なりふり構っていられない、といったところでしょうか。も想像以上に追い詰められているようです』

「ばかバカ馬鹿!! どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ!!」


 一通り叫んだあと少年が溜息を吐く。


 でも人間ってそういうもんだよな、と諦め気味に呟く。


「イデア、次からは索敵範囲を拡大、人命救助と保護優先、敵同士の被弾も防ぐぞ」

『正気ですか? どれほどの演算が必要になると?』

「出来ないか、ごめんね無茶言って」

『は? できますが? 超性能スマホAIをナメないでもらえます? 転生原典の第一から第七を駆使すれば楽勝です』


 レンジロウの手にある携帯機器から幾何学的な紋様が展開される。

 それは際限なく拡大し戦場となった都市を覆っていき、範囲内の人間の傷が癒されていく。簡易的な治癒の魔術、ただし規模が異常だ。


 光の展開を見届けたあと、彼の瞳がこちらを向く


「.........少女兵士か、マジで追い詰められてるんだな」

「あの、この、状況は?」

「ここにいたら怪我は治る、動けるようになったら仲間を連れてさっさと帰れよな。あとは皆で転職を勧める」


 宇宙から放たれる衛星砲弾を拳で逸らしながら彼が話す。


 衝撃は展開される方陣が阻んでいる。


「どうして、助けてくれたんですか?」

『東より聖剣の波動を確認、戦場離脱を推奨』

「答える義理も暇もねぇっ!」


 瞬間、魔力を巡らせて転生者が跳躍する。


 莫大な魔力量による超身体だ。


 彼は高層ビルを乱反射するように移動し、都市の上空に飛び出したと思われたところで______空を照らす極光に呑まれて消えた。


 そうして、私たち黒影部隊の戦いはここで終わった。

 継続して戦うことになると思われていたが、その後すぐに「転生者レンジロウ」の死亡の連絡がきたために、出撃する機会はないままに終わったのだ。


 あの少年と言葉を交わす機会はもうない。


「どうして、助けてくれたの」


 ぽつりと呟くが返事はない。

 後日、彼の存在については調べてみたが、機密情報に該当するようで存在の痕跡すらないままだ。


 彼は、何を思って敵を助けたのだろうか。


 なぜ私たちを助けたのだろうか。


 結局、彼についてわかるのは一つだけ。

 

 


 きっと、彼は誰よりも優しかったのだ。




 あの日以来、胸に残り続ける違和感。

 あの不思議な転生者に関する指令が、連盟から来たのは一年もあとの事だった。




□□□□



 

「やっと終わった.........」


 ため息を吐いて、ベンチに腰掛ける。


 メテオラ F ドラゴニアとの戦いは引き分けでの決着となった。


 あらかじめ制限時間が決まっている『多人数演習バトルロイヤル』形式だったお陰だ。タイムアップまで脱落さえしなければ生存点を貰えるので成績も落とさないで済む。


 とは言え、相手は暴力においては最高峰の竜人種だ。


 加減をしたとはいえ、ボコボコに殴られるような内容だ。


 戦法も相まって嫌われている俺だが、メテオラにやりたい放題される姿を見られてからの視線は憐みに近いモノになっていた。


 試合では真っ二つにされようが、全身炎で消し飛ばされようが、どんな傷を負っても死なないというご都合結界が張られているとはいえ痛いものは痛い。


 普通に疲れた。


 ちなみにメテオラ本人はご満悦の表情で出ていった。


 たぶんまた来るだろう。


「なんか対策がいるなぁ」


 魔力が多いだけでどうにかなる相手じゃない。

 盾を補強とか、全身フルプレート鎧とか、いっそのこと転生能力で竜殺しの武器でも作ろうか。


 そういう転生特典も持っているし。

 

 まあ、バイオレンスドラゴン女のことはいったん忘れよう。


 なにせ待ちに待った昼休みだ。


 ここは俺が発見したお気に入りの昼食スポットだ。

 校舎裏やら人気のない別棟やら、いくつか目ぼしい場所はあるのだが、今回は天気もいいので校舎裏にある小さな庭でひっそりと食事を摂ることにする。


 新たな学年を迎えて間もない4月の下旬。


 季節が春という事もあって、春の陽気がまだまだ心地がいい。


 ここは用務員のおっちゃんくらいで、人が来ることは滅多にないのがいい。

 他人を気にせず腹を満たして、昼時間をダラダラと過ごせるのはなかなかに悪くない。


「______あの」


 軒下のベンチに腰掛け、スマホを片手にいじりながら、適当に買った菓子パンを頬張っていると、誰かに声を掛けられる。


「んぐ」

詠坂よみさかレンジ先輩、ですよね?」


 見れば学園の女生徒が立っていた。


 卸したての制服を見たところ今年入学した一年生だろう。

 髪は後ろに纏めて清涼感があるし、ぴっちりと着こなした様子から几帳面な性格が伺える。


「そうだけど」

「少し、お時間よろしいですか?」

「いいけど.........」


 なんだろう。


 学園内の多種多様な生徒でも、俺に相談に来るような事柄は限られてくる。

 

 思い当たるのは3つ。


「決闘の申し込みか、新入生にまで嫌われてるのか.........」

「違います」


 なんだ違うのか。


 動きやすく髪も後ろに纏めているし、剣袋を背負っているみたいなのでコレだと思ったんだけどな。


 俺に会いに来る大抵はこれなのだが。

 プレイスタイルを嫌ってボコボコにしてやると息巻く奴か、俺の防御力をいいことに新技の火力実験にしてくるのだが。


「じゃあ戦闘スタイルのアドバイスか。参考程度でいいなら話しできるよ」

「それも、違います」


 これも違うのか。


 転生能力の『ステータス』で個人の能力値をがん見するので、わりと評判がいいのだ。

 足りない能力値の補強とか、持ってる潜在スキル構成から何が向いてるのかとかをそれと無く話すくらいだが。


 ちなみに自分を見るとこんな感じ。


詠坂レンジロウ

レベル1

攻撃:E

耐久:E

技量:E

敏捷:E

魔力:S

スキル:盾術D 製作E


 基本A~Eの五段階評価のざっくり評価だ。

 Eで人並みかそれ以下、Sは英雄、EXは測定不能。

 

 なので俺は魔力以外は基本人並み、妄想強めの読書オタクという事がわかる。実際は魔力の身体強化で全ステータスが跳ね上がるわけだが。

 その気になれば、もっと見れる情報もあるのだが、普段はステータスを見ないようにしている。視界の情報量が多いし、本音を言うと結構邪魔になるのだ。


 しかし困った。


 戦闘スタイルのアドバイスでもないとすると、あれしかない。


「じゃあ恋愛相談か.........」

「!?」

「で、誰が好きなん? どこが好き?」

「れ、恋愛相談でもないです!!」


 違うのか。


 じゃあもうわからないな。


 完全にお手上げだ。

 

 諦めて焼きそばパンを頬張る。

 甘じょっぱい麺がふかふかのパンと合う、美味い。


「ごめん、わかんないわ」

「大丈夫です。一つだけ聞きたいことがあるだけなので」

「へー、何が知りたいの?」

 

 俺のガン盾戦法の事だろうか。


 あれは真似しない方がいいと思うけど。

 そう思いながらメロンパンを頬ばる。サクサクの表面、もっちりとした内面、美味い。



「世界連盟 黒影小隊隊員 御影ユイと言います。貴方は「転生者レンジロウ」ですか?」

 


 メロンパンを吹き出した。



  


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る