ロクブサマ
平中なごん
一 箱
これから話すのは、俺がまだ高校生だった頃、正月に両親と三人で祖父母の家へ行った時に体験した出来事だ。
父方の祖父母──つまり俺の父親の両親は、関東のとある地方にある山深い寒村に住んでいた。
産業といえば農業と林業ぐらいしかなく、まさに絵に描いたようなド田舎である。
世間のご多分に漏れず過疎化の傾向にあり、今は人口もかなり減少してるらしい。
まあ、そんな何もない田舎なので、野山を駆けずり回って遊んでいた小学生の頃ならまだしも、高校生になっていた俺としては祖父母の家へ行くのに正直、乗り気ではなかった。
スーパーとコンビニが一軒づつあるのと、奇跡的にスマホの電波が繋がるのが唯一の救いである……。
ともかくも、元日の早朝から狭くて険しい山道を長いこと車に揺られ、なんとか祖父母の家へ到り着くと、この年はいつもと家の中の様子が少し違っていた。
神棚や仏壇、お座敷の床間なんかに松や鏡餅といった正月飾りのあるのは毎年のことなのだが、床間の前にもう一つ、仮設の祭壇のようなものが設えられると、その四方に注連縄が張られ、黒ずんだ木箱が一つ、ぽつんと置かれているのだ。
大きさは子犬くらいの長方形をしたもので、見た目、ずいぶんと古いもののように感じる。
蓋が開かないよう、その中央部を細い紐で縛っており、掛け軸を入れる木の箱をもっと寸胴にしたような、そんな形状だ。
だが、黒くなっていたので最初はただの木箱かと思ったが、よくよく見てみれば上下左右すべての面に、奇妙な文字の書かれた古いお札が貼られている。
たぶん、お寺のお守りとかでたまに見かける文字だ。確か梵字とか言ったか……。
「爺ちゃん、これなに?」
ちょっと気になったので、なんとなく祖父に訊いてみると……。
「ああ、それはロクブサマだ。おまえは見るの初めてじゃったかな?」
という聞き慣れない単語が返ってきた。
「ロクブサマ?」
「ああ、この村のもんは年毎にロクブサマを持ち回りで祀ってるんだ。大晦日に次の当番の家へ引き継がれてな。で、今年はうちの番というわけだ」
俺が小首を傾げながらオウム返しに聞き返すと、祖父は簡潔にそう説明してくれる。
そう言われてみれば、確か小さい頃にもこの木箱が家にあるのを見たような気がする……。
祖父の話を聞いているうちになんとなく思い出してきたが、どうやらこの村では〝ロクブサマ〟と呼ばれる木の箱を、はるか昔の頃より村人全員でお祀りしているらしい。
ただし、どこか祠とかお堂のような場所に安置しているのではなく、祖父も言っていた通りに当番制で、毎年、その年の〝当屋〟と呼ばれる家へ前年の当屋から引き継がれ、持ち回りでお祀りするという、ちょっと変わった祭祀の仕方をしている。
だが、そのロクブサマというのがなんの神様なのか? 箱の中に何が入っているのかはまったくわからない……そこで、祖父にまた尋ねてみたのだが。
「ロクブサマはロクブサマだ。わしも中身を見たことはない……」
と、祖父自身もよく知らないのか? そう答えになっていない答えを返すだけだった。
「わかってるとは思うが、ぜったいに触れてはならんぞ? 箱を開けるなどもってのほかだ。そんなことをしたら、どんな恐ろしいバチが当たることか……」
その代わり、木箱に興味を示した俺に対して祖父は一応、そう念押しをしてくる。
なんだか知らないが、ロクブサマはそんな怖い神様でもあるらしい……。
「ああ、わかってるって」
祖父と揉めるのも面倒だし、バチが当たるのはもちろん嫌だ。皆まで言うなとばかりに俺は答えると、それ以上、木箱の話題には触れないことにした。
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