天国の羽

茅花

第一話 前置き


 小学生の頃、自転車で川に落ちて流されたことがある。


 

 そう言うと大袈裟に聞こえるかもしれない。気絶している間の行方がわからなくなり軽く捜索されたのは嘘ではなかった。有名アニメで妹のサンダルが池に落ちていたからと村人総出でさらうシーンは未だに見られる心境ではない。



「いいエピソード持ってんなあ」



 何処で話しても大抵はそう言ってもらえて、気付けば鉄板ネタとなった。



「皆さんもご自分の持ちネタにして、どうぞ」


 

 大人になったから笑える話だ。自分の自転車なんて持っていなかった。持ち物なんて全てお下がりで、自分の為に用意された物なんてこの世に一つもない。姉とはとおも離れていたからデザインは全部型落ちだった。どんなに欲しがっても何も手に入らない。そんなこと就学前には諦めがついて、何かをほっすることも無くなった。欲しがれば虚しい思いをする。おかげで無欲で物持ちが良い人間にはなった。



 砂利道から投げ出された時、川に落ちながら考えたのは「やばい、怒られるな」というたぐいのことだった。



 子供の頃の自分を逃がしてあげたくなる。あの時、何処かへ流されてしまえば。あれはチャンスだったのでは。漂流した先には希望があったかもしれない。そんなことを思いながら生きている途中で君と出会った。




 かっこいい声の人だなと思ったのが第一印象だった。これは重要だ。本当はヒゲが好きなんだけど仕方ない。でも肩幅が広い。色白で黒髪はい。



 君は同じオフィスビルの一つ上のフロアにいた。その職場にいる友人とのランチで、君が私と同い年なのだと知った。社会人になってから同い年の人に出会うことは少ない。私は君に興味を持った。


 同じ会社だからあいさつ程度はするけれど、接点が無かった頃は嫌われているんだと思ってたよ。避けられてるんだなって、そんな態度だった。






 君とは三年半お付き合いをした。













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