つま先で恋を蹴る

はいそち

つま先問答

 紀元前二一一年、カルタゴの名将ハンニバル・バルカは、宿敵の首都ローマの巨大な城壁をじっと眺めていた。


 野戦決戦を求めて首都ローマを急襲したが、ローマは籠城戦を選んだ。こうなると、兵の数で劣るハンニバルは退却するほかない。


 そんなハンニバルの苦衷を見透かすかのように、伝令が不審な来訪者の到来をハンニバルへ告げた。


「ハンニバル将軍、怪しげな老人が面会を申し出ています。なんでも、あらゆる物を破壊できる“巨人”を手に入れる方法を知っていると申しております」


 天の配剤か、悪魔の罠か。ハンニバルは渋い顔をしながらも自身の陣幕にて面会に応じると伝令にそっけなく告げた。なおもしばらくの間ローマの城壁を見つめていたハンニバルだったが、邪気を払うかのように軽く首を横に振ると、陣幕へと馬首をめぐらせた。





「……という書き出しで始まる歴史ファンタジー物を書くつもりだ。タイトルは、『ローマVSカルタゴ 偉人召喚バトルになぜか修学旅行中の俺が巻き込まれたけど面倒だから南イタリア半島で最高のスローライフを謳歌します〜それなのに神話級の美女にストーカーされるんだが〜』だ。」


「ふむ、なかなか良い書き出しとタイトルだとオレは思うぞ。それで、今回のお題である“つま先”はどう関係してくるんだ?」


 正月早々、二年の成瀬文芸部部長がメガネをくいっと指上げながら目を爛々と輝かせて発表者の同じく二年の塩野英治えいじに問いかけた。


 高校の部室が正月休みで使えないため、今週の文芸部の集まりは部長である成瀬虎治郎の自宅で開催されていた。自宅にいるとは思えないきちんと整えられた髪にこれまたかっちりとした服装の成瀬部長と、ボサボサの髪に全身ジャージの寛ぎきった姿の塩野副部長。対称的な二人だが案外相性は良く、この二人が文芸部復活の発起人だったりする。


 成瀬の質問に、塩野は我が意を得たりと言わんばかりに身を乗り出しながら、身振り手振りを交えて解説していく。


「この時のハンニバルの本拠地は、イタリア半島の“つま先”と言われるカラブリア地方だったんよ。その地に眠る巨人の支配を巡ってローマとカルタゴが南イタリアゆかりの偉人を召喚してバトルするんだけど、なぜか巻き込まれた一般人の男子高校生は早々にバトルを離脱してスローライフと決め込む。あ、そうそう!この当時のカラブリア地方はギリシャ人が多く住んでたからギリシャ神話も絡めて書くつもりで……」


「いったんストッーープ!そんないきなり話されても、私歴史ニガテだしわかんないですー!」


 小麦色にキレイに焼けた肌に、いかにもスポーツやってますと言わんばかりの元気な声で待ったをかけるショートボブの美少女である一年生の佐藤ゆず。文芸部復活に必要な五人を集めるために成瀬が手当り次第声を掛けていたところ、「陸上部と兼部でいいなら入部します」と快く参加してくれた内面も美しい少女である。


「佐藤の言う通りだ。一気にまくし立てられても、みんな塩野ほど歴史に詳しくないのだからな。それは読者も同じだ。そこを意識して短編作品をきっちり仕上げてくれ。」


「……助言に感謝しておこう」


 せっかくの歴史の蘊蓄うんちくを語る機会を中断され、あからさまに不服そうな塩野副部長だったが、今回集まった目的は各々の短編のプロットを語り、みんなであーだこーだ言いながらより良いプロットに仕上げていくというものだ。なにより場違いな歴史語りのせいで、聴者が歴史嫌いになっては困る。そう自分をむりやり納得させて、塩野はなんとか自らの口を閉ざすことに成功した。

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