DIEARY COVER

湾野薄暗

2024/1

1月になり、世間はお正月らしかった。

お正月の賑やかな人達とすれ違う自分はいつもと何ら変わらない仕事帰りで煌々とライトアップされるお寺と賑やかな参道の屋台を横目に暗い路地をとぼとぼと歩いていた。

ベビーカステラの屋台があったので甘さと安心感を含んだ良い匂いをさせていたのだと思うが数年前から鼻が効かないので何も分からなかった。

屋台からぼんやりとした温かさだけを感じつつ通り過ぎた。


オートロックを開けて頑丈な階段を軽やかに登る。エレベーターの密室で誰かと乗るのが苦手だ。

そうなると、どうしても階段で登ることになるのだが自分みたいな人間が健康に気をつけることに少し笑ってしまった。

何だかんだ死にたいのだけど生きていたいのだろう。


室内に入るとぬるい暖房を入れっぱなしにしているので仄かな暖かさが迎えてくれた。

昼間に買ってきたミネラルウォーターを口に含みながら、ふと気がついた。

唯一ある本棚の上に置いていた日記帳のカバーがしっとりとまた汗をかき始めていた。


少し前からカバーの表面には水分が滲むようになり、それと一緒に中の本文から「水分」や「汗」になど水分にまつわる言葉が消えていっていた。

すぐ表紙の異常には気づいたが中の本文に関してはページが完全ランダムで消えていたので何も気づかなかった。

手にしっとりと馴染む表紙を捲り、中の本文を確認する。

179ページの一行目に最後の「水」は存在していた。

『2023年6月28日(水)』の(水)が、それこそ水を含んだように滲んでいた。

これで本文からは『水分』や『汗』にまつわる言葉は消えてしまった。

汗をかかないカバーに戻るのだろうとそう思っていた。

水分とは少し違うぬるりとした液体が手に付着するまでは。


滲んでしまった『2024年6月26日(水)』を見つめていると自分の手を液体が伝った感じがして手を見た。

手のひらは血に染まっていた。

水分が無くなったから次は『血液』になったんだと思ったが『血液』があるページは本文の最後のページしかないはずだとページに血が付くのも無視してページを捲った。

案の定、最後のページからは『血』や『血液』の文字がぼんやり滲んでいた。

黒いボールペンで書かれているはずのそれは赤黒く滲み消えかかっていた。


本当に血なのか確かめるために自分の鼻先へ手を持っていくと、匂いは血で、ただ呆然と眺めていた。

その間も表紙から血が溢れては自分の手を伝って床を汚していく。


ゆっくりと赤く濡れた指を自分の口へ含むと鉄臭い味がした。それはやはり紛れもなく血だった。


そう呆然としてる間に表紙からは少しずつ出血量が減っていった。指の間から滴るほどの出血から表紙を触るとベタつくぐらいになり、小一時間もすると完全に止まった。

表紙に残っていた血が乾き始めて、あれだけしっとりと手に馴染んでいた表紙は血がこびりついてカサカサとした。


そして次の日になると異臭を放ち始めた。

まるで死んだみたいだった。


その死んだ日記帳のカバーを丁寧にそっと取った後、まるで自分の行動は最初から決まっていたかのように自分の皮膚にスッと刃を差し込んだ。

なめすのには時間がかかるが大丈夫だ…。

その間にパッチワークのカバーは完成するだろうと作ったこともないのに日記帳のカバーを作ることに取り憑かれていた。

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